第73話 名付け
龍人の里は狭く暗い洞窟だった。
虐げられた種族の里そのものである。
「こんなお恥ずかしいところへ連れてきたのはあなたたちに忠告するためです」
リア女王が真剣な眼差しで言う。
クラスメイトたちは黙ってリア女王に勧められた椅子に座りながらリア女王に視線を向けた。
「シア殿を助けようとアケマドーレ様に懇願してもあの方々は一切聞き入れてくれないでしょう。無事なうちに帰りなさい」
リア女王が言う。
「シアを放って帰るわけにいかない」
精霊王子が言う。
彼の言葉から揺るがない意志が感じられたのだろう、リア女王はうなずいた。
「いいでしょう。ならば囚人に餌を与える役をあなたたちがすれば良い。
もしかしたらシア殿に会えるかもしれない」
リア女王が言う。
「いや。それでは君達が迷惑するんじゃないか?」
リア女王の言葉をアッシュが遮った。
その言葉を聞いたリア女王はニタリと笑ってみせた。
「アッシュ様は優しいのですね。でも心配いりません。あの方々は我々のことなど虫ケラのように思ってらっしゃるので、我々が何かをするとは想像もしないのです」
リア女王は寂しそうに言う。
宗主者から完璧な侮蔑の気持ちを向けられるってどんな気持ちなのだろう?
アッシュはしばし何も言えない。
そして、ふと思いつきでソフィアを見る。
「ソフィア。君の魔眼には普通には見えない能力なども見えんだろ。龍人達を鑑定してあげてよ。もしかしたら彼らも知らない能力があったりして」
ソフィアが首を左右に振る。
「そんな都合の良く……え? 龍人さんって真名が無いの?」
ソフィアが驚いて尋ねた。
「真名とはなんでしょう?」
不思議そうにリア女王が尋ねた。
「ええ。私たち人族は親、君主、神官などに名前を付けてもらいます。その名前が真名です。通称は自由に名乗れますが真名は生涯に一度きりしかつけられません」
ソフィアが説明した。
「そう言えば、我々は幼少期には番号で呼ばれます。成人すれば通称が付けられます。
真名はどのような意義があるのでしょう。もし無ければどのような支障があるのでしょう?」
リア女王が顔を顰めて尋ねた。
少し考えてからソフィアが答える。
「そうですね。真名は魔法を使う時にとても重要なワードになります。
それと言い難いんだけど真名を剥奪された人は短命な上に病弱だと聞きます」
その説明にリア女王は絶句する。
「そんな、我々は真名を奪われていたの……」
リアは空中を見つめるようにして小さく呟いた。
「名前が欲しいの?」
無頓着アッシュが尋ねる。
「はい。名付けて頂けるのでしょうか?」
リア女王が尋ねた。
ソフィアがハッとしてアッシュを止めようとするが遅くアッシュは軽く了承している。
「いいよ。どんな名前が良い?」
ソフィアが頭を抑えて天を仰ぐ。
「アッシュ様。お待ちください。名付けはソフィア様の仰っておられたようにとても重要なことです。
何が起こるかどのような影響があるのか分かりません」
必死になって聖女マリアが止める。
「え? 名前が無いなんて可哀想じゃない。大丈夫だよ」
アッシュはどんな根拠があるのか、能天気に答えた。
「「「「「「まあ、アッシュだし……」」」」」」
クラスメイトが異口同音に呟いた。
そんなクラスメイトの心配を他所にアッシュはリア女王ともうどんな名前にするか相談していた。
「リアじゃダメなの?」
「はい。リアは担当の古代龍の一部から通称として付けられたものです。考えてみれば小さく弱いとは言え一族の女王になるわたくしにそんな名付け方をされたことに憤りを覚えます」
「そう。じゃあリアから離れた方がいいね。
アリスはどう?」
アッシュが尋ねた。
「その名前にはどんな意味があるのでしょう?」
「アリスは元気で利発な女の子の名前だよ。リアを逆さまにしているのもいいでしょ」
「あ、確かに響きも綺麗ですし。それが良いです」
「よし、じゃあ君は今日からリア改めてアリスだ」
その一言を述べた瞬間、アリスとなった少女の体が薄く光る。そして細く弱々しかった体がどんどん大きくなり均整の整った美しい姿になる。
ドス黒かった表皮も真っ白に変化した。
「おお、真名がアリスになったよ。それだけじゃない。種族が龍人からハイドラコニアンになったよ」
ソフィアが伝えた。
「「「「「「おお」」」」」」
感嘆の声を上げるクラスメイトたち。
「どう?」
いつもの調子でアッシュが尋ねた。
「はい。力が湧きます。頭がスッキリと考えがまとまります。あ……魔法を扱えるようになりました」
驚きの報告をするアリス女王だった。
「「「「「「はあ?」」」」」」
クラスメイトたちは驚きの声を上げる。
「アッシュ様。他の者たちにも名前を付けてはくださいませぬか?」
とんでもないお願いをし出すアリスだ。
「いいよ」
そしてまたもや軽く受けるアッシュだ。
「「「「「「おい!」」」」」」
クラスメイトの全力の突っ込みが入るがもう遅い。
こうしてアッシュは龍人族に名付けをすることになる。
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「もう、名前が思い浮かばないよ」
泣き事を言うアッシュを誰も助けようとはしなかったのもやむを得ないだろう。
いつもよんで頂きありがとうございます。この物語は78話で終了します。長い間ありがとうございます。




