第3話 はい? 合格でいいんだよね? なんでひざまずいているの?
受験会場はまだざわついていた。
姫騎士の広域殲滅魔法。
魔導王バインドの大名行列。
有名で個性的な受験生達。
常識外れの受験生が続いたせいで、見物人達はすっかり祭り気分だった。
「次!」
教授が面倒そうに叫ぶ。
そのとき――
人垣の向こうから一人の少年が現れた。
拍子抜けするほど普通の少年だった。
服も平凡。
武器も無し。
付き従う者もいない。
「なんだあれ」
「さっきまでの奴らと比べて地味すぎだろ」
「ただのモブじゃねぇか」
しかし、彼は少し変だ。
歩く方向が水晶から外れている。
教授は何をしているのかと苛立ちを見せた。
「どうした。水晶はこっちだ。さっさと触れ」
教授がアッシュに向かって怒鳴った。
一瞬、アッシュは水晶とその横に視線を走らせる。
しかし彼が視線を向ける方向には特に何も無い。
アッシュは周りを見回して仕方ないなぁと言う感じで水晶に手を伸ばした。
すると透明な水晶の中に水のような何かが微かにゆらめいた。
しかしアッシュの視線は既に水晶の横に向けられていた。
試験よりもよほど気にかかるらしいと会場の観衆は不思議に感じる。
その水晶に触れば、魔力が測定される。
そして――
落第者にはあの音が鳴る。
奈落プーー。
さっきから何十回も鳴っている音だ。
見物人達は既に結末を予想していた。
「……魔力表示」
誰かが水晶の横の魔導盤を見て呟いた。
「え?」
「魔力……ほとんどゼロじゃねぇか……ぷっ」
ざわり。
空気が変わる。
「魔なし?」
「なんであんな奴が受験してんだ」
「あーあ、すごいのが続いたあとにこれかよ」
「本物のモブだな」
「さっさと落ちろ」
誰かが口笛を吹く。
そして誰かが叫んだ。
「奈落プーー!」
すると別の誰かも真似した。
「奈落プーー!」
気付けば会場中で奈落プーの大合唱になっていた。
しかしアッシュにはその合唱など耳に入っていなかった。
アッシュが最初から気にしていたのは水晶の横に立つ少女だ。
誰も視線を向けない。
彼女はまだ幼い。
ガラスのような白い髪の小さな少女。
少女は黙ってアッシュを見つめていた。
そして。
アッシュがじっと見ているとニッコリと微笑んだ。
アッシュは一瞬戸惑う。
だがそのまま少女に歩き出した。
少女の前に立つ。
少女は深くお辞儀をした。
その仕草があまりに可愛らしくてアッシュは思わず少女の頭を撫でてしまった。
「おい」
誰かが言う。
「あいつ何してんだ?」
「それより奈落プーが鳴らないな」
会場は奈落プーコールをやめてざわめきが次第に大きくなっていく。
その瞬間。
りん。
鈴の音が鳴った。
澄んだ音だった。
本来なら合格者にしか聞こえないはずの音が会場の全ての人に聞こえた。
りん。
更にその音は音量を増して会場中に響いた。
りん。
りん。
涼やかな鈴の音が広がっていく。
「聞いた?」
「ああ、鈴の音だな。合格者にしか聞こえないんじゃ?」
観衆となった受験生達が騒ぎ出した。
その瞬間、アッシュだけに見えていた少女の姿が全ての人に見えるようになった。
会場のざわめきが一瞬で止み、静寂が会場を支配した。
「やあ、呼んでた?」
アッシュは笑顔で言う。
アッシュが少女に向ける視線はなぜか旧知の者に向けられるような親しみがある。
少女は僅かに頷くと、ゆっくりと跪いた。
会場中の視線が中央の二人に集中する。
少女は額を地につけた。
「王よ」
その声は小さい。
だが――
全員の頭の中に響いた。
「……お待ちしておりました」
そよ風さえも聞こえそうなほどに静かだった。
「そっか」
アッシュの笑顔が深まる。
少女は静かに立ち上がる。
「私の呼びかけに答えてくださって、ありがとうございます」
少女はもう一度優雅な仕草で頭を下げた。
顔を上げるとアッシュに近付き、躊躇いもなく彼の手を取った。
そのまま学園の方向に向けて歩き出す。
「ちょっと待て!」
教授が叫んだ。
彼の顔は理解できない物を見たショックで真っ赤だ。
「何が何か分からんが、学園には正式に合格した者しか入っちゃならん!」
教授の声を聞いた少女が振り向いて教授を睨んだ。
怒りの目。
言葉はない。
だがその視線だけで教授の声は止まった。
赤かった顔が青ざめる。
少女は何事も無かったかのようにアッシュを伴って歩き出した。
教授が目を見開いて呟いた。
「……何が起こってるんだ」
恐怖に歪んだ顔の教授の前に、今度は、追い出されたはずの救国の英雄アルデバランが走り寄った。
「なんであんな魔なしの無名が合格で、この私が落ちる?
私は上級魔法を操り、魔力量も国でもトップの一員なんだぞ。
納得いかん!」
彼は必死に言うが、声が緊張のためか、それとも今見た異常に対する恐怖からか、微かに震えていた。
そんなアルデバランに教授は、心底嫌そうな顔になる。
「この学園の合否は全てあの水晶が取り仕切っている。
如何なる者もその決定を覆すことはできない。これは学園の伝統だ」
教授は自分自身を説得するように殊更強く言うのだった。
「とにかく、こんな事は初めてだ。
俺にも何が何か分からん」
しまいには手のひらを天に向けて投げやりに言い放った。
教授の剣幕に、さしもの救国の英雄アルデバランも引き下がらざるを得ない。
グッと歯を噛み締め、英雄の矜持からか、彼の体は目に見えて震えていた。
会場は今やアッシュのことでもちきりになっていた。
「一体、あの男は何なんだ?」
「魔なしなのに合格?」
「水晶と少女の関係って?」
「何が起きてる?」
静かだった会場にざわめきが次第に大きくなる。
想像を絶する場面に、寒気を覚え震える者さえいた。




