第6話 誠の新たなる指導方針
しばらくして、学校に綿と麻布で織り上げられた白い柔道着が届いた。
あらかじめサイズ合わせをしていたため、全員少し大きめではあるが、洗濯を重ねて生地が馴染めば、ちょうどいい着こなしになるはずだ。
初めて柔道着を身につけた生徒たちは、実に嬉しそうな顔をしていた。もちろん、放課後の部活動に参加しているメンバーにも、同じ柔道着が配られた。
明日はいよいよ、この柔道着を着て、柔道科の生徒十人とエリート部活動生十人による「対抗ソリ引きリレー」を行うことになっている。
俺が見る限り、両者の実力はほぼ互角だった。
柔道科の生徒たちは毎日のトレーニングでソリ引きに慣れている。
だが、相手は魔法科や剣術科のエリートたちだ。基礎体力や身体能力は決して侮れない。
それでも、生徒たちは「勝ちたい」とワクワクしている様子だった。
俺の受け持つ生徒十人のうち、なんと八人が「自分たちが勝てる」と確信していたのだ。
これは実に凄いことだった。
かつて落ちこぼれと呼ばれていた彼らに、確かな自信と誇りが身につき始めている。
日々の努力が、彼らの表情に決意となって表れていた。
だが、残る二人はどこか不安げだった。
小柄で体力の乏しい人間のジョリーンと、鳥人族のベイラルだ。
リレーという形式上、「自分が足を引っ張ってしまうのではないか」と恐れているのだろう。
(ここで俺が、自分の生徒にちょっとした工夫をして何が悪い。勝ち負けのためじゃない。あいつら二人に自信を持たせるための、大事な場面なんだからな)
そして、対決当日。
俺は魔法瓶に、ステータス画面から取り出した『栄養剤』を溶かしたお茶を用意し、グラウンドへ向かった。
本番前、不安そうにしている二人をこっそり呼び出し、
「勝てるおまじないだ」
そう言って、そのお茶を一杯ずつ飲ませた。
――その結果がどうなったかは、言うまでもない。
対抗レースがスタートし、二人は五番手と七番手で出走した。
その走る姿を見て、俺にはすぐに分かった。
イリスが言っていた「隠れたヒーラー」の効果が、劇的に表れていたのだ。
二人は驚異的な粘りを見せ、エリートたちを相手に一歩も引かない走りを見せた。
そして、結果は――。
ほんの身体半分差で、我が柔道科チームの勝利!
グラウンドは大歓声に包まれ、大いに盛り上がった。
その後、魔法科の生徒たちも、それぞれの魔法や身体強化を駆使していたことを聞いた。
それでも、最後まで柔道科チームを上回ることはできなかったらしい。
なにしろ、これまで落ちこぼれ扱いされていた柔道科チームが、あのエリートたちを相手に勝利してしまったのだ。
その噂は、あっという間に学校中へと広まっていった。
そして、その日の放課後。
部活動の時間になると、柔道科にはさらに二十人もの入部希望者が押し寄せた。
部員は一気に三十人へと膨れ上がった。
「柔道着はいらない」
「受け身と体力作りだけやりたい」
など、要望はさまざまだった。
しかし、安全に目が行き届かなくなるのを防ぐため、部員募集はここで一旦打ち切ることにした。
これで柔道科の生徒十人と合わせ、部活動は合計四十人の大所帯となった。
さすがに、俺一人ですべての生徒を見るのは難しい。
そこで、柔道科の生徒たちには後輩の指導役も務めてもらうことにした。
まず教えたのは、柔道の基本となる礼法と姿勢だ。
立礼・座礼、道場への入退場、相手への礼。
そして、自然本体や自護体といった、背筋を伸ばした安定した構え。
これらを四十人全員に一から教えるのは大変だ。
そこで、すでに基本を身につけている柔道科の生徒数名と新人を組ませ、指導を担当させる方法をとった。
これくらいなら生徒たちも難なく教えられるし、教える側にとっても良い復習になる。
礼法と構えを学んだ後は、念入りな受け身の練習だ。
前受け身、後ろ受け身、横受け身、そして前回り受け身。
何度も何度も繰り返し、身体に染み込ませていく。
その後も訓練は順調に進んだ。
組み方――右組み、左組み。
相手の襟と袖の持ち方。
引き手と釣り手の使い方。
そして足さばき。
一つひとつ段階を踏みながら、着実に柔道の基礎を身につけていった。
そうして三ヶ月、半年と月日が流れる頃には、いよいよ技の練習へと入っていった。
まずは打ち込み。
そして、投げ込みへ。
朝から晩まで鍛錬を重ねてきた柔道科の生徒たちは、この段階になると、部活動から始めた生徒たちとはまるで違う、凄まじい風格と強さを漂わせるようになっていた。
そして、このあたりまで教え進める頃には、誠自身も、自分がすらすらと技や理論を教えられていることを不思議に思わなくなっていた。
(まあ、前世の俺はきっと、それなりに本格的に柔道をやっていたんだろうな)
そんなふうに、どこか納得していた。
※ ※ ※
一方で、他の魔法科や剣術科の生徒たちの稽古を観察してみると、実戦には程遠い状態であることが見えてきた。
剣術科は、真剣を使った稽古になると途端に及び腰になる。
魔法科の実戦訓練にしても、ファイアーボールの有効射程は三メートル程度が限界。
しかも、放たれた炎の塊は狙った方向へ真っ直ぐ飛ぶことすらなく、足元から上へと浮かび上がってしまう有り様だった。
直径十センチから、せいぜい二十センチ程度の火球を出すだけで精一杯。
魔法の型すら、まともに維持できていなかった。
誠は腕を組みながら、深く思案した。
(この世界で生き抜くためには、ただの「対柔道」の技だけじゃダメだ。これからは対魔法、対剣術に特化した『実戦的な柔道』の指導が必要になる)
そう考えた誠は、遠征を目前に控えたイリスに頼み込み、屋敷の広い庭で特訓に協力してもらうことにした。
「イリス、俺に向かってファイアーボールを放ってみてくれ」
「な……正気か、誠!?」
驚くイリスをどうにか説得し、まずは対魔法の訓練を開始した。
飛んでくる魔法を俊敏にかわしながら一気に間合いを詰める。
そして、相手が次の呪文を唱える前に素早く技を決める。
その一連の動作を、身体に叩き込んでいく。
さらに剣術に対しては、相手の間合いを見極める。
大振りの一撃を放ちきった瞬間に生まれる「隙」を突いて懐へ飛び込み、そのまま投げへと繋げる。
そんな実戦的な技術を、何度も繰り返しながら研ぎ澄ませていった。
四天王であるイリスほどの凄腕が相手をしてくれたからこそ、この無茶とも言える実戦指導法を確立することができたのだ。
そしてイリスもまた、誠の真剣な眼差しに応えるように、文句ひとつ言わず最後までその特訓に付き合ってくれたのだった




