第5話 重いソリで深まるキズナとレベル2
学校での初授業を終えて家に帰ったものの、イリスはまだ帰ってきていなかった。
屋敷の執事によると、両親であるヴァルザックとエレノアも、まだ戦術部隊の演習から戻っていないとのことだった。
イリスの帰りを待たずに一人で夕食をとる気にもなれず、俺はリビングのソファに腰を下ろした。
(学校終わりの部活動か……)
今日の授業後、校長から「放課後に一時間程度、よければ部活動として生徒を指導してもらえないか」と頼まれていた。
個人的には引き受けてもよかったのだが、イリスに相談してから決めようと考えていた。
仕事の疲れもあったのだろう。
イリスの帰りを待っているうちに、俺はそのままソファで深い眠りに落ちてしまった。
※ ※ ※
「……誠、誠」
名前を呼ばれて目を覚ますと、すっかり深夜になっていた。
目の前には、鎧姿のイリスが立っている。
「やぁ、おかえり、イリス。遅かったな」
「ああ、用事でな。待たせてしまってすまない」
「いやいや、いいんだ。それより、ちょっと相談があってさ」
魔導士のローブではなく、鎧姿のイリスを少し不思議に思いながら、俺はソファから身体を起こした。
そして、昼間に校長から受けた提案について話す。
生徒たちが放課後にも柔道を習いたがっていること。
そして、イリスに確認してから決めようと思っていたことを伝えた。
するとイリスは、呆れたような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「なんだ、そんなことか! 私は仕事でこんな時間になることもあるんだぞ。誠の帰りが数時間遅くなるくらい、どうということはない。それに、柔道を学びたがっている生徒がいるなら、ぜひ教えてやってくれ」
「そう言ってもらえると安心したよ。なら、明日にでも校長先生に伝えておく」
それから俺たちは、少し遅い夕食を囲みながら、会話に花を咲かせた。
話によると、イリスは近いうちに遠征を控えており、しばらく屋敷を留守にするらしい。
行き先までは軍事機密ということで聞けなかった。あえて詳しく尋ねることもしなかったが、やはり少し心配ではあった。
(まあ、今までも遠征先から転移陣で一瞬だけ戻ってきて、俺の飯を食べて、栄養ドリンクを補充して戻っていく……なんてこともあったしな)
イリスが以前言っていたのだが、俺の料理を食べると凄まじい勢いで体力が回復し、さらには魔法の威力も普段の倍近くまで跳ね上がるらしい。
本人曰く、俺は「イリス専属の隠れたヒーラー」なのだそうだ。
頼られるのは純粋に嬉しい限りだが……。
(これって俺の能力というより、絶対にステータス画面の『レトルトパワー』のおかげだよな)
そんなことを心の中でこっそりと思うのだった。
ふと気になって、俺は久しぶりにステータスウィンドウのレベルを確認してみた。
すると、レベルは、いつの間にか『2』に上がっている。
「道理で、栄養ドリンクがあるわけだ」と、俺は頷いた。
画面を左へスライドさせ、詳細を確認してみる。
すると、選択できる食品の枠が、以前の二十枠から三十枠へと増えていた。
さらに驚いたことに、新たに『特殊装具』という枠まで二つ追加されている。
「特殊装具……?」
今はまだ中身は空っぽだ。
一体、ここには何が入るのだろうか。
レベルがさらに上がっていけば、新しいアイテムや武具などが解禁されるのだろうか。
そして、もう一つ嬉しい変化があった。
以前は一度使ってしまうと、次の補充までに『十二時間』かかっていたレトルト食品や栄養ドリンク。
それに加えて、新たに「ビタミン剤」や「抗生物質」と表示された錠剤の枠まで増えていたのだ。
しかも、レベル2の恩恵なのか、補充時間はわずか『六時間』に短縮されていた。
(補充時間が半分になるのは助かる……! イリスの遠征前には最高のタイミングだ)
画面を操作しながら、俺は心の底から神様に感謝するのだった。
※ ※ ※
翌日。
学校へ着いた俺は、真っ先に校長室へ向かい、放課後の部活動の顧問を引き受ける旨を伝えた。
「受けてくれましたか!」
校長は、心底嬉しそうに頷いてくれた。
こうして、正式に放課後の柔道部が始まることになった。
朝のジョギングに始まり、基礎訓練の最後には、全員が楽しみにしている『馬車引きリレー』を行うことが日課になりつつあった。
まずカードを引いてAチームとBチームに班分けし、互いに競い合わせる。
『馬車』と言っても、車輪のない木箱に石を詰めた、重いソリのような代物だ。
それを太いロープで引っ張りながら、グラウンドの外周を全力で走る。
ルールはいたってシンプルだった。
遊び感覚のレースではあったが、足腰や体幹を鍛えるトレーニングとしては抜群の効果があった。
「おい、足を止めるな! 次へ繋げろ!」
「負けるかーっ!」
最初は、日々の単純なメニューの一つに過ぎなかった。
だが、回数を重ねるごとにチーム対抗戦は大いに盛り上がるようになっていった。
そんなトレーニングを数週間も続けた頃には、あれほど不器用で、会話すら少なかった生徒たちが、すっかり打ち解けて笑顔で言葉を交わすようになっていた。
落ちこぼれと言われていた彼らの表情には、確かな自信が宿り始めている。
その頃には、柔道科の生徒全員が当然のように放課後の柔道部にも参加し、さらには、その中の何人かは俺の指導を手伝うまでになっていた。
こうして、最初は誰も口を開こうとしなかった生徒たちが、少しずつ仲間との絆を深めながら、確かな成長を見せ始めていたのだった。




