第4話 落ちこぼれクラスの10人と、小さな道場
大勢の貴族や将兵が集う、豪華な晩餐会の席で、俺は壇上へと引きずり出された。
「皆のもの、静粛に! 紹介しよう、山田誠だ! 我が愛するイリスの命の恩人であり、今後はこの国の発展のために尽力してくれる!」
魔王様の堂々たる宣言に続き、
「一言、挨拶を!」
と、いきなり振られてしまった。
心臓は破裂しそうなほど早鐘を打ち、額からは滝のように汗が噴き出す。
パニックになった俺が、一体何を喋ったのか、自分でもまったく覚えていなかった。
(……やばい。完全に頭が真っ白だった……)
挨拶を終えて席に戻ると、イリスが上機嫌で俺を褒めたたえた。
「素晴らしい挨拶だったぞ、誠」
「え……そうか? 俺、何か変なこと言わなかったか?」
後から聞いた話によると、俺は壇上で、
「イリスと共に、この国を命がけで支えていくことを誓います!」
と、高らかに宣言していたらしい。
さらにイリスは、赤い顔で俺の耳元にそっと顔を寄せ、熱っぽい吐息とともに囁いてきた。
「……あれほど美味い料理を作れる『夫』を持てて、私は実に誇らしいぞ」
(……嘘だろ。やっちまった……!?)
俺が呆然とするのをよそに、話はトントン拍子に進んでいく。
挙げ句の果てには、
「明日から魔界の武道学校で、教師として指導してもらう」
と、仕事まで勝手に決められていたのだ。
「おいおい、勘弁してくれ! 俺は柔道なんて習ったこともない素人なんだぞ……!?」
頭を抱えたくなる俺をよそに、街の噂話というのは恐ろしいスピードで尾ひれをつけて広がっていた。
なぜか俺は、「あの最強と謳われる四天王イリス様を危険から救い出した謎の英傑」として、その名を知られるようになっていたのだ。
さらには、城門前で絡んできたイリスの部下を「呆気なく手首一つでねじ伏せた」という尾ひれまで、ガッツリついて伝わっている。
(ただの受け身と関節技なんだが……!?)
「四天王を従え、精鋭兵を指一本で制する恐ろしい体術の使い手」
――魔族たちの間では、そんな過大評価とともに、「英雄」の二文字がすっかり定着してしまっていた。
※ ※ ※
数日後。
俺はイリスの屋敷の離れではなく、なぜか彼女の部屋の目と鼻の先にある隣室で暮らしていた。
大した荷物もないのに、勝手に引っ越しまで完了している。
クローゼットには、俺用の衣服や室内着が几帳面に並べられていた。
ちなみに、屋敷から学校までは徒歩でたったの五分。ジョギングなら三分もかからない好立地だった。
そうして迎えた、初授業の日。
俺が任されたのは、魔法が使えず、剣術のセンスも皆無だという「落ちこぼれ生徒」ばかりが集められたクラスだった。
呆然と佇む生徒たちを前にして、俺の口がなぜか勝手に動き始める。
「――柔道の基本は、まず『受け身』からだ」
(えっ、何で俺、当然のように喋れてるんだ……!?)
自分でも驚くほど、すらすらと知識が溢れ出てくる。
そんな不思議さを覚えながらも、俺はまず環境を整えることにした。
魔界の職人に頼み込み、藁を編んだ簡単な「畳」を試作してもらう。
さらに、その上に頑丈な絨毯を隙間なく敷き詰め、特設の道場を作り上げたのだ。
知識も経験もないはずの俺による、異世界での怪しい柔道レッスンが、こうして幕を開けた。
「――というわけで、どうだ、みんな?」
目の前に並ぶ生徒は、全部で十人。
小柄な者もいれば、大柄な巨漢もいる。尻尾が生えている者や猫耳の生えた者、さらには人間(角なし)も二人混ざっていた。
まさに、種族も体格もバラバラな集団だ。
「いいか、まずは受け身からだ。こんなふうに床に転がるだけでも、最初は痛いだろ? もし街中で石畳に身体を強く打ちつけたら、どうなると思う?」
俺が問いかけても、返ってくるのは静寂だけだった。
みんな黙りこくり、誰も口を開こうとしない。
答えたくないのではなく、単にシャイで不器用な性格の奴らが集まっているようだった。
(まあ、最初はこんなもんだろ。お互い打ち解けてくれば、そのうち話せるようになるさ)
俺は気を取り直し、一人ひとりの顔を見つめながら告げた。
「覚えておいてほしい。これから教えるのは、誰かを打ち負かすための技じゃない。自分や大切な人の命を守るための、最後の護身術だ。剣を振るう相手に正面から立ち向かうものではないが、いざというときには必ずお前たちを助けてくれる」
こうして、怪しさ満点の柔道レッスンが、本格的にスタートすることになった。
※ ※ ※
事の発端は、放課後だった。
職員室――というより、特別待遇で与えられた個室でくつろいでいた俺のもとに、魔法科と剣術科の生徒を十人ほど連れて事務員がやってきた。
何の用かと思えば、なんと放課後の部活動で柔道を教えてほしいというのだ。
しかも集まったメンバーは、魔法や剣術が劣っているどころか、学園でも指折りのエリートたち。
親の推薦状まで持参してくるという、気合の入りようである。
理由は間違いなく、一人歩きした噂のせいだろう。
気づけば俺は、「四天王を救った英雄」という尾ひれつきの肩書きを背負わされていたのだから。




