第3話 異世界の便利屋、魔王城へ行く
「お前……私の国へ来ないか?」
イリスからの突然の誘いに、誠は拍子抜けしたように頷いた。
「ついて行くよ。元より行くあても、居場所すら無いんだからな」
「そうか……助かる。私はイリスだ。命の恩人でもあるし、呼び捨てで構わない」
「俺の名は誠だ。よろしくな、イリス」
そうして自己紹介を交わしたところで、彼女はさらりと衝撃的な事実を口にした。
「ちなみに私は、魔王の側近である四天王の一人だ。……と言っても、私の治める魔界には人間もかなり住んでいる。心配はいらないぞ」
「四天王……マジか」
予期せぬ大物の登場に苦笑いする誠をよそに、イリスは足元に光る魔法陣を描き始めた。
「ここからなら、すぐだ」
「遠くはないのか?」
「転移陣を使うからな。昨夜の場所は『魔素溜まり』になっていて、転移陣の構築に時間がかかるから使えなかったんだ」
そう説明しながら、イリスは誠の目の前に浮かぶ半透明の画面へ視線を向けた。
「それにしても……人間でありながら『ステータスウィンドウ』を扱える奴など、滅多にいないぞ。一体何者なんだ?」
「そうなのか? そういえば、『七星の牙』でも使えていたのはリーダー一人だけだったな。チラッと見えた中身も、大したことなかったし……」
そう言われてみれば、自分は何もない空間からレトルト食品やコンロを取り出し、怪我を一瞬で治す栄養ドリンクまで持っている。
(……あれ? もしかして俺、地味にチートなんじゃないか……?)
足元の転移陣が眩い光を放つ。
次の瞬間、二人の姿はその光に包み込まれていった。
※ ※ ※
転移陣の光が収まった瞬間、視界が開けた。
そこは、城門の防衛障壁に隣接する、直径三メートルほどの円形の台座の上だった。台座には、精巧な転移陣の紋様が刻まれている。
周囲には、隊長であるイリスの無事を心配していた部下たちが待ち構えていた。彼女の姿を認めると、一斉に安堵の表情を浮かべる。
「誠、私は魔王様に無事の報告をしてくる。執務室で少し待っていてくれ。後で迎えに来る」
「分かった」
そう言ってイリスが部屋を出ていくと、残された兵士の一人が誠に凄んで顔を近づけてきた。
「おい、お前……なんだか臭うな。イリス様と一緒に来たからって、デカい顔してんじゃねえぞ」
「いやいや……ただの言いがかりはやめてほしいんだが」
余計な揉め事は避けたい。
誠は事を構えず、大人しくやり過ごそうと心の中で祈った。
(早く戻ってきてくれ、イリス……)
「そもそもな、俺は人間――『ツノナシ』を見るだけで虫唾が走るんだよ!」
激昂した兵士は、誠の着ている柔道着の襟を力任せに掴んできた。
――その瞬間だった。
「ぐああっ!?」
次の瞬間、なぜか兵士の手首は逆に捻り上げられ、完璧な関節技が決まっていた。
技を掛けた本人である誠も、何が起きたのか理解できない。
(あ、これ……どう収拾をつければいいんだ……?)
内心パニックになっている誠の周囲でも、兵士たちが事態を理解できず動揺している。
そこへ、タイミングよくイリスが戻ってきた。
誠は慌てて、スッと手を離す。
「い、いや! この人がいきなり襟を掴んできたものだから、手首を押さえただけで……!」
イリスが冷ややかな視線で兵士を睨みつける。
「……そうなのか?」
「ひっ……! 申し訳ございません!」
イリスの圧に耐えかねた兵士は、脱兎のごとくその場から姿を消した。
「すまなかったな、誠。どこにでも人間嫌いはいるものだ。……まあ、人間界でも似たようなものだろう?」
「たしかに……どこへ行っても同じか」
苦笑する誠に、イリスは淡々と本題を告げた。
「それと、お前のことを魔王様に報告したら、『すぐに連れてまいれ』とのことだ。少し付き合ってもらうぞ」
「えぇ……っ! マジで!?」
魔王といえば、この魔界の頂点に立つ王だ。
「当たり前だろ。行くぞ」
平然と歩き出すイリス。
その後ろで、誠の心臓は破裂しそうなほど激しく鐘を打ち鳴らしていた。
「イリス、待ってくれ! 魔王に会うなんて、心の準備がまるでできてないんだ!」
「何をそんなに慌てている?」
「俺の心臓には毛が生えてないんだよ!」
「……? 心臓に毛が生えている生き物など、私は見たことがないぞ」
誠がこの場をどうにか取り繕おうと言い訳を考えている間にも、あっという間に魔王の居室の前へとたどり着いてしまった。
「イリスです。お連れいたしました」
「入れ」
重厚な声が響くと同時に、巨大な両開きの扉が静かに開いた。
立ち並ぶ守衛の横を抜け、二人が部屋の中へ足を踏み入れる。
背後で、バタンと扉が閉まった。
イリスが膝をついて一礼する。
一方の誠は、緊張のあまりガチガチになりながら、その場に立ち尽くしていた。
おそるおそる顔を上げる。
その視線の先にいた魔王の姿は、誠が想像していた「威圧的で恐ろしい怪物」とは、まるで違っていた。
頭の両脇からは立派な角が伸び、鋭い眼光をたたえてはいるものの、口元にはどこか穏やかな笑みを浮かべている。
「……面を上げよ。イリスを救ってくれた恩人に、心からの感謝を」
物腰の柔らかな言葉遣いで語りかける魔王。
感謝の言葉を述べられ、謁見はあっさりと終了した。
誠は内心、盛大に拍子抜けしていた。
さらには――。
「今夜の晩餐にも招待しよう」
温かく歓迎される始末だった。
謁見を終えて廊下へ出た誠は、ホッと胸を撫で下ろしながら尋ねた。
「ところでイリス、俺がここで暮らす場所って、あったりするのか?」
「ああ、もちろん用意してある。私の屋敷の離れを使えばいい」
「それならよかった……!」
雨風をしのげるねぐらと食べ物――ステータス画面のレトルト食品さえあれば、レベルは一でも、どこでだって生きていける。
誠は密かに安堵の息を漏らすのだった。




