第2話 理不尽な追放と、無意識の巴投げ
最初は良かった。
だが、連日のカレーに飽きてくると、彼らは次第に無理な要求をするようになった。
俺は、特別料理が得意なわけではない。
それでも、ステータス画面から取り出せるシチューやハヤシライス、麻婆茄子にスパゲッティなどを駆使し、必死に食事を繋いでいた。
しかし、攻撃魔法も使えず、武器も握れず、治癒魔法すら使えない俺は、次第にパーティ内で「無能」と見下されるようになっていった。
当時、俺たちが所属していたのはBランクパーティだった。
だが、最近は調子に乗り、身の丈に合わないAランク相当のダンジョンにまで足を踏み入れるようになっていた。
「今の俺たちは調子が良いからな! Aランクなんて余裕だ!」
リーダーたちはそう言って笑っていた。
だが、その慢心による破綻は、すぐに訪れた。
俺がこの森へ放り出される最大の決定打となったのは、あるダンジョンの最深部で起きた出来事だった。
ボスとの激闘の末、メンバー三人が倒れ、残る四人も手負いの状態となった。
俺たちは、命からがら撤退を余儀なくされた。
そして――その敗北と無様な撤退の全責任を、リーダーはすべて俺に押し付けてきたのだった。
「お前が少しでも戦えていれば、あいつらは死なずに済んだんだ!」
理不尽な言いがかりだった。
だが、反論する隙すら与えられず、俺はダンジョンを出た後の森の中に、一人置き去りにされてしまった。
暗い森の中で、俺は途方に暮れていた。
異世界に来て、右も左も分からなかった俺に、いろいろと教えてくれたのが彼らだったのは事実だ。
だが、よく考えてみれば、『七星の牙』という名のパーティに八人目の俺がいること自体、どこか歪んでいたのかもしれない。
俺は夜空に浮かぶ不思議な月を見上げながら、大木の幹に背中を預け、静かに目を閉じた。
※ ※ ※
「きゃああああっ!」
甲高い女性の悲鳴で、俺は跳ね起きた。
周囲を見渡すと、一人のローブを纏った女性魔導士が、数体の魔狼に囲まれて死闘を繰り広げていた。
魔法を駆使して必死に応戦している。かなりの腕前らしい。
だが、限界が近いのは明らかだった。
残る二体の魔狼が前後に分かれ、同時に飛びかかろうと牙を剥く。
女性は前方からの攻撃に気を取られ、背後から迫る急襲に気づいていない!
「――っ!」
武器など何一つ持っていないというのに、俺の身体が勝手に動き出していた。
背後から飛びかかった魔狼の懐へ滑り込み、両前足をしっかりと掴む。
そのまま腰を支点にして相手の腹へ両足を当て、思い切り蹴り上げた。
記憶にはないはずの技――『巴投げ』だった。
きれいな放物線を描いて投げ飛ばされた魔狼は、背中から地面へ勢いよく叩きつけられる。
そのままピクピクと痙攣し、気を失った。
命拾いしたと悟った女性だったが、緊張の糸が切れたのか、その場に崩れ落ち、意識を失ってしまった。
その夜、誠は彼女を介抱していた。
ステータスウィンドウから取り出した傷薬を、すり傷に塗ってやる。
すると薬は絶大な効果を発揮し、彼女の傷口はみるみるうちに塞がっていった。
※ ※ ※
朝方。
俺の膝を枕にして眠っていた女魔導士が、ゆっくりと目を覚ました。
俺も大木に背を預けたまま、浅い眠りから意識を浮上させる。
「……あ……っ!?」
目を覚ました彼女は、慌てて飛び起きようとした。
「痛たたっ……!」
だが、すぐに腰を押さえて顔をしかめる。
「おいおい、無理するな。まだ完治してないんだ。横になってなさい」
「……昨夜は助けてくれて感謝する。だが、長居はできない」
彼女は身体の痛みに耐えながら立ち去ろうとしたが、足元がおぼつかない。
「待て待て。その身体じゃ、ろくに動けないだろ。家まで送るよ。それに、腹も減ってるはずだ。何か作るから、とりあえずこれを飲んで待っててくれ」
俺がステータスウィンドウから取り出して差し出したのは、一本の栄養ドリンクだった。
彼女はそれを手に取り、不思議そうに瓶を眺めている。
「まあ、飲んでみろって。毒なんて入っちゃいないから」
命の恩人が嘘をつく理由もないと思ったのか、それとも喉が渇いていたのか。
彼女は意を決して、それを一気に飲み干した。
「……ッ、美味い……!」
その瞬間だった。
彼女の身体に、劇的な変化が起きた。
全身に残っていた筋肉痛や節々の痛みが、一瞬にして消え去る。
さらに、残っていたすり傷までもがみるみるうちに塞がり、傷跡すら残らず消えていった。
「な……痛みが、消えた……!?」
驚愕する彼女をよそに、俺は温めたレトルトハンバーグを皿に盛り付けた。
「出来合いだけどな」
そう言って、彼女の前に差し出す。
一口食べた彼女は、その濃厚な肉汁と旨味に、再び目を見張った。
「何だ、この肉は……!? こんな美味い料理、食べたことがないぞ!」
そのリアクションに、俺はなんだか救われたような気がした。
きっと、一人でいる寂しさもあったのだろう。
俺は、この世界に飛ばされてから『七星の牙』に追放されるまでの経緯を、ぽつりぽつりと話し始めた。
彼女は黙って俺の話を聞いていたが、やがて呆れたように小さく息を吐いた。
「なるほどな……。まあ、人間なんてそんなものさ。お前みたいな都合のいいお人好しもいれば、利用するだけ利用して捨てる奴もいる。特に冒険者なんてのは、大半がロクでもないヤカラの集まりだからな」
そう言って食事を終えた彼女は、深々とかぶっていたフードをさらりと外した。
そこから現れたのは、普通の人間とは明らかに異なる、幻想的でミステリアスな容姿だった。
そして――頭の両側から伸びた二本の角が、髪の中から姿を現し、頭上を越えて後ろへと伸びている。
異世界の部族か何かだろうか――。
誠はそう思った。
だが、この時の俺は、彼女が人間と敵対する『魔族』であることなど、知る由もなかった。
「お前……私を見て、驚かないのか?」
彼女は、少し探るような視線を向けてきた。
俺は首を横に振る。
俺にとって、他人の容姿などどうでもよかった。
今の俺にとっては、この見知らぬ世界で、どうにか生き延びることこそがすべてだったからだ。




