第34話 祭りの準備
「……旅のものか?」
看板の前で足を止め、食い入るように文字を眺めていた四人の男女に、不意に声がかけられた。
声をかけたのは、第一四天王・ガルバの側近を務める魔族の男だ。
相手が身に纏う上質な武具、醸し出される尋常ならざる魔力。
一目で人間界の「勇者パーティー」だと悟った側近だったが、顔にはおくびにも出さず、気さくな町医者のような笑みを浮かべた。
「明後日からの『大収穫祭』に参加しに来たのかい?」
不意を突かれた勇者は、身構えつつも平然を装って問い返す。
「……いや、通りすがりだ。だが、気にはなるな。この祭りは一体どういった内容なんだ?」
「なに、簡単な話さ! これは南の領地、さらに南へ行った先にある『誠街』という港町の町長が考案した催し物でね」
側近は楽しそうに身振り手振りを交えて説明を続けた。
「時間内に指定の野菜を数人毎で一番多く収穫した者に、金貨や銀貨の『つかみ取り』ができる特権が与えられる。しかもだ……なんと領民になれば、掴んだ金銀の価値が二倍になるんだよ!」
「に、二倍……!?」
勇者パーティーの魔法使いが、思わず素の声を漏らした。
「そうさ! だから今じゃ、山の民や遥か北のシベール地方の民まで押し寄せていてね。家も土地付きで無料提供中だから、みんなこぞって住民登録をしているのさ。お前さんたちと同じ人間も、すでに大勢やってきて定住してるぜ?」
「採掘場の仕事は特に手厚いサポートまで合って、作業後の温泉付で今では人気の仕事さ!」
側近の言葉に、勇者たちは顔を見合わせた。
敵地への潜入調査のはずが、あまりにも魅惑的かつ怪しい情報が多すぎる。
「……なるほど、興味深いな。俺たちは近くの宿を取って、少しこの街を視察していくとしよう」
勇者は平静を装ってそう告げると、側近に軽く手を振って歩き去った。
宿へ向かう道中、勇者は背後の気配を気にしながら密偵(斥候)に囁いた。
「……聞いたな? すぐに国境の砦へ戻り、将軍閣下とカナデール伯爵へ報告せよ。俺たちはこのまま『収穫祭』に潜入し、実態を探る」
「はっ! お気をつけて!」
影のように一人の斥候が走り去っていった。
※ ※ ※
その頃、人間界——魔国と隣接する領地を治めるカナデール伯爵の執務室。
「報告します!」
余りにも道が整備され魔獣の被害もほぼ皆無、ここまで一日で着きました。
ゼーゼーと息を切らせて駆け込んできた斥候が、膝をついて頭を下げた。
「魔国国境の噂、すべて真実でございます! そして、その裏で糸を引いている人物の名が判明いたしました」
「ほう……言ってみよ」
豪華な椅子に深々と腰掛けたカナデール伯爵が、興味深そうに目を細める。
「男の名は、山田誠。魔国を裏から牛耳ると噂される人物です。あまりにも発展のスピードが凄まじく……街の舗装、鉄路、果ては港町の開拓まで、すべてその男の采配によるものとのこと!」
「山田……誠、とな」
伯爵はワイングラスを揺らしながら、不敵な笑みを浮かべた。
「敵国の凄腕技師か、あるいは異界の知識を持つ者か……。実に興味のそそる男ではないか。斥候よ、その誠という男に一度接触することはできんか? 会って直接話がしてみたいものだ」
「は、ハッ! 機会を窺ってみます!」
※ ※ ※
一方、当の誠はというと——。
「よーし、ここまで積み上げれば十分だな!」
誠は汗を拭いながら、魔国と魔界の森の境界線を見上げた。
国境付近の魔獣が棲む危険な森の木々を伐採し、安全な通路を確保し終えた誠が次に着手したのは、巨大な「コンクリートの防御壁」の建設だった。
型枠にコンクリートを流し込み、固める。
従来の石組みでは考えられないスピードと堅牢さで、真っ白で重厚な壁がみるみるうちに出来上がっていく。
「誠、これは一体何の壁だ?」
現場監督として手伝っていたイリスが、不思議そうに尋ねる。
「ああ、これか? 収穫祭が始まったら、遠方から人間も魔族も大勢やってくるだろ? 盛り上がりすぎて危険な森に迷い込んだり、野良の魔獣が祭りの会場に飛び込んできたら大変だからな。安全第一のための『防護柵』だよ」
誠は笑顔でそう答えた。
そう——誠にとっては、単なる「祭りの来場者のための安全対策(防護壁)」に過ぎなかった。
しかし、遠くからその壁の建設風景を双眼鏡で覗き込んでいた人間界の監視兵は、恐怖で顔を引きつらせていたのだった。
(な、なんだあの白い巨大な要塞壁は……!? わずか数日で国境沿いに要塞を築くだと!? やはり魔族どもは、人間界への大侵攻を企んでいるのでは……!!)
「よし、イリス! 壁の施工が終わったら、次は祭りの屋台の仕込みだぞ!」
「ふふ、忙しくなるな、誠!」
誠の「おもてなし精神」と「インフラ工事」が、知らず知らずのうちに人間界の危機感を極限まで煽り立てているとは、誠自身、夢にも思っていないのだった。
その頃——北方領地の宿に宿泊していた勇者パーティーの面々は、完全に「任務」のことを忘れていた。
「あぁ〜……なんだこれは……。心地よすぎて、全身の力が抜けていく……」
湯船の縁に頭をのせ、首まで心地よい温湯に浸かりながら、勇者は幸せそうな溜め息をついた。
この世界(人間界)では、湯につかる文化など存在しない。たらいの水で体を拭く程度だった彼らにとって、この「温泉」という文明はあまりにも刺激的で、あまりにも魅惑的すぎた。
「おい見ろよ! これから食べる晩飯の献立なんだが……食堂の前に『見本』として料理がお盆に載せて飾ってあったぞ!」
「一人前の実物を見本で見せる宿なんて、聞いたことがないぞ!? どんなサービス精神なんだよ!」
「しかも、なんだこのお湯は……。あかん、もーわしは人間界には戻らんぞ。ここで一生、金の採掘をして暮らす!」
「おいおい、魔王討伐の任務はどうするんだよ!」
「こんな天国みたいな場所を作った奴を討伐するなんて、人道に反するだろ!」
浴場の中に、パーティーメンバーの呆れ交じりの笑い声が響き渡る。
さらにその夜、夕食の宴席でのことだった。
料理とともに運ばれてきた黄金色の泡立つ飲み物——「ビール」を一口飲んだ瞬間、彼らの運命は決した。
誠がステータス画面から取り出したビール樽からビールジョッキーに、氷結魔法を施す。
「「「くうー、うまぁぁいっ!!!」」」
喉を駆け抜ける爽快な喉越しと、麦の豊かな風味。
あまりの美味さに全員が目を見開き、一滴残らず飲み干すと、互いに顔を見合わせて力強く頷き合ったのだった。
「「明日の朝イチで、住民登録しよう」」
こうして、人間界が送り込んだ最精鋭の勇者パーティーは、魔国との戦いが始まる前に「快適な温泉とビール」によってあっけなく完敗したのだった。




