豪腕の悩みと、ガラスの箱の欲望
イリス領が急速な発展を遂げる陰で、密かに頭を抱えている男がいた。
第一四天王——北方領地を治める「豪腕のガルバ」である。
その日、イリスの屋敷で開かれた四天王の会合の席。
豪勢な大理石のテーブルを前に、ガルバは太い腕を組み、深いため息を吐き出していた。
「……何がそんなに気に入らんのだ、ガルバ?」
向かいに座るイリスが、お茶を一口すすりながら尋ねる。
「いや、イリスよ……。お前の領地が発展するのはめでたいことなんだがな。うちの領地から、どんどん住人が減っているんだよ」
「住人が……減っている?」
「ああ。うちには豊かな金鉱脈もあるし、広大な農地もある。だが、みんな口を揃えて『南のほうが暮らしやすい』『あっちには天国のような湯屋がある』と言って、ぞろぞろと引っ越していっちまうんだ。このままじゃ採掘も野菜の栽培も、人手が足りなくて干上がっちまう……」
ガルバの悩みは深刻だった。
誠がこの世界にやってきて以来、イリス領は道路が整備され、線路が敷かれ、大浴場や温水洗浄トイレまで完備された「魔国第一の快適都市」へと変貌していた。
生活環境にあまりの差がついてしまった結果、北方領地からの人口流出が止まらなくなっていたのだ。
「なるほどな……」
二人のやり取りを黙って聞いていた誠が、顎に手を当ててつぶやいた。
「誠、何か良い知恵はないか? お前さんの作る『温泉の素』や『ジンギスカンのタレ』も凄いが、うちに必要なのは何より『働く人間(人手)』なんだ」
縋るような目で見つめてくるガルバに対し、誠はふっと不敵な笑みを浮かべた。
「ガルバ。俺に良い考えがあるぜ」
「本当か!? で、どんな案だ!?」
ガルバが思わず身を乗り出す。
「今ある温泉施設や鉄路を真似するだけじゃ、追いつかない。インフラ全てを一気には変えられないから、まずは徐々に変えていくとして……一番の問題である『鉱脈掘り』や『野菜栽培』をする人材だ。これはさ、人間界から呼び込めばいいんだよ」
「なっ……!? に、人間界からだと!?」
ガルバだけでなく、イリスも驚きに目を見開いた。
「誠、本気か? 魔族と人間は長年争ってきたのだぞ。そんな簡単にやって来るはずが——」
「いや、来るね。現にイリス領地には既に生活してる連中も沢山いるだろう?人間ってのは『金』と『快適な暮らし』には目が無い生き物なんだ」
誠は自信満々に人差し指を立てた。
「今度、ガルバの領地で大々的な『収穫祭』を開催するんだ。それを人間界の国境付近まで宣伝しに行く」
イリスが小首をかしげると、誠は地図を広げてトントンと指差した。
「ああ。北から東にかけて、そして東領地と人間界の間には、面倒な魔獣のいる密林なんて今ではほとんど無いに等しいだろ? あそこを経由すれば、人間界からも商いや観光の人間がめちゃくちゃ入りやすいし、交流の足がかりにするには絶好の場所なんだよ」
「収穫祭……?」
「ただの祭りじゃないぞ。『制限時間内に、芋や野菜をたくさん収穫した順に特賞を授与する』ってルールにする。そしてその賞品が……これだ」
誠は紙とペンを取り出すと、ササッと簡単な図面を描いて二人に見せた。
「透明な『硝子の箱』を作り、その中に金貨や銀貨をパンパンに詰めておく。で、見事に収穫レースで勝った奴には……『硝子の箱の中身、片手でつかみ取り放題!』にするのさ」
「ぐぬっ……! つ、つかみ取りだと!?」
「しかも、北領地の樹民はその二倍を与える!」
「硝子のケースなら、ここで作れる。中身がキラキラ透けて見えれば、人間の欲は嫌でも刺激されるだろ? 採掘の労働条件や生活環境も、ここと大差ないレベルまで整えてやると約束すれば、一度イリス領地へと抜けた連中や、出稼ぎしたい奴らがドッと押し寄せてくるはずだ」
誠の突飛でありながら恐ろしいほど理にかなった提案に、ガルバは呆気にとられた後、ハッと膝を叩いた。
「なるほど……! 奪い合うのではなく、祭りの賞金として目の前にぶら下げるのか! それなら人間どもも喜んで働きに来るかもしれん!」
「だろ? 人間界で貧しい生活をしている奴らにとっちゃ、ちゃんと食えて、しっかり稼げて、綺麗な風呂に入れるなら、それが魔国だろうが人間界だろうが関係なくなるのさ」
それに、今こうして人間界から来ている連中が手伝ってくれるなら、今後の移住や受け入れもぐっと簡単になるというものさ。
「ふふ……相変わらず、お前の発想には恐れ入るな、誠」
イリスも感心したように微笑んだ。
「よし! 決まりだな。ガルバ、さっそくガラスの箱の試作と、祭りの準備に取りかかろう!」
「おお! 頼むぞ、誠!」
ガルバは重苦しい表情から一転、希望に満ちた笑顔を見せて、力強く誠の肩を叩くのだった。
数日後。
魔国と人間界の国境付近——かつては荒れ果てた魔獣の巣窟だったエリア。
誠の発案により、新しく綺麗に舗装された街道が延び、線路と交差する場所には安全なアンダーパス(地下道)まで施工されていた。街道周辺の魔獣は、誠たちのインフラ工事と巡回によって綺麗に遠ざけられ、すっかり安全な地帯と化していた。
その街道のすぐ近く、人間界側の小さな砦。
「——将軍閣下! 斥候より、新たな報告が届きました!」
部下が慌ただしく執務室へ駆け込んでくる。
「どうした? 魔国側で何か動きがあったか?」
将軍と呼ばれた厳めしい顔つきの男が、重々しく問いかけた。
「はっ……! 国境沿いの街道に、なにやら巨大な立て札(看板)が設置された模様です!」
「立て札だと? 敵の威嚇か?」
「いえ、それが……『金銀財宝つかみ取り! 大収穫祭開催!』と書かれておりまして……」
「……は?」
将軍は耳を疑った。
「さらには、魔国領内へと続く街道が異様に美しく整備されており、魔獣の姿が一切確認できません! やはり魔族どもは防衛を怠り、浮かれているご様子……! 攻め込むなら今しかありません!」
将軍は深く思案するように顎を擦った。
(魔獣が減り、街道が整備され、さらには『金銀財宝』の文字……。ふむ、これは魔国側が内部から衰退し、警戒を緩めている証拠に違いない)
「良し……! Aランク冒険者パーティーを集めろ。
護衛の兵をつけ、この『祭り』に乗じて魔国内部へ潜入させる! 魔王の首を取る絶好の好機だ!」
「ハッ!」
人間界の将軍が、完全な勘違いから「冒険者派遣」の決断を下していたとは、この時の誠は知る由もなかった。
硝子の箱の試作に励む誠の元へ、イリスがひょっこりと顔を出す。
「おう、イリス。完璧なのができたぞ」
誠は試作品の箱を指さした。
外枠は頑丈な鉄柵で補強され、周囲からは中の金銀、銅が丸見えという、なんとも人間の欲望を刺激するデザインだ。
「手を入れる穴の周りは上から覗き込めるが、いざ手を差し入れると影になって手元が見えなくなる構造にしてある。それに、穴のサイズも絶妙なんだ。
5枚や10枚ならスッと手が抜けるが……欲張ってごっそり掴もうとすると、拳が引っかかって抜けなくなる」
「ほう……欲をかけばかけるほど、取れなくなるというわけか」
「そう! 手を入れたら感触だけで枚数を探らなきゃいけない。もちろん箱自体も鉄で頑丈に作ってあるから、力任せに壊すこともできないぜ」
「ふふ、楽しみだな。……ところで誠、先ほど北方からの使者が届いたのだが」
「ん? ガルバからか?」
「いや……北の国境近くで『怪しい人間の集団』が目撃されたらしい。どうやら、例の看板を食い入るように見ていたそうだぞ」
「へえ、もう食いついてきたか」
誠は試作した硝子箱を磨きながら、ニヤリと笑った。
「歓迎してやろうじゃないか。勇者だろうが出稼ぎだろうが、魔界の祭りに来るなら……しっかり働いてもらうからな」
人間界の思惑と、誠の思惑。
噛み合わないまま引き寄せられていく両者の運命が、大きな騒動を巻き起こそうとしていた。




