第30話 国旗の紋章
「この船に旗を付けよう」
「そういえば……私にも領主としてのトレードマーク(紋章)は無かったな」
それ以前に魔国では、四天王をはじめとする各領主の紋章も、国旗すらも存在していなかったのだ。
誠の思いつきはイリスへ、イリスから各四天王へ、そして最終的には魔王のもとへと届けられた。
「で、その旗とやらを掲げるメリットは何なんだ、誠?」
面白がりつつも首をかしげる魔王に、誠は解説を始める。
「これから領地同士の物流が盛んになれば、馬車や蒸気自動車、そして今回できたこの船が各地を行き交うようになります。それは海のある西の領域でも同じことです。どこにどこの旗が掲げられているかで、ひと目で所属を把握できる仕組みなんですよ」
「ふむ……なるほど。検問や管理が格段にやりやすくなるな」
魔王が感心したように深く頷くと、イリスも身を乗り出してきた。
「それに誠、海上での防衛にも役立つのでは? 旗のない船は即座に『正体不明の不審船』と判別できますし、我が領の旗を掲げた船なら、それだけで無法者への威嚇になります」
「その通りです。ただの布切れに見えて、組織の存在を示す強力な印になるんです」
魔王とイリスは顔を見合わせると、またしても満足そうに笑みを浮かべた。
規格外の男が持ち込む新しい概念に、魔国はまた一つ、大きな変化を迎えようとしていた。
魔王とイリスが納得したのを見届け、誠はさらに畳みかけるように懐から一つの筒を取り出した。
「旗を有効に使うなら、もう一つ欠かせない道具があります。——これです」
金属の筒を伸ばして、誠がそれを覗き込んだ。
「それは何だ?」
「『望遠鏡』です。レンズを組み合わせて、遠くの景色や船を大きく見せる道具ですよ。これがあれば、沖合を進む船の旗も、遠方の砦に掲げられた旗も、ひと目で判別できるようになります」
「何だと……!?」
魔王が思わず筒を奪い取り、半信半疑で西の海へと向けた。
「……ぬオッ!? 遠くの波頭が……まるで目の前にあるように見えるの!? イリス、見てみろ!」
「まさか、こんな小さな筒で……! 本当に遠方の船がはっきりと見えますね!」
遠くからでも識別できる。それが『旗』と『望遠鏡』の真の価値だった。
「だからこそ、旗には厳密なルールが必要なんです」と誠は語った。
「まずは『大きさの統一』と『シンプルなデザイン』です。どんなに素晴らしい紋章でも、遠くから見たり小さく見えたりしたときに判別できなければ意味がありません。そしてもう一つ——」
誠は小さな革張りの冊子を取り出した。
「これが『旗の基本台帳』です。各領主の紋章や国旗を一元管理し、いつでも確認できるようにします。ですが……この小さな冊子に描いた紋章を、どうやって巨大な旗に正確に写すのか疑問ですよね?」
誠は室内に自家製の『拡大描画機』を取り出した。台帳の小さな見本の紋章に針をあてがい、フレームで連結された反対側のペン先を壁際の大きな布へと向けた。
「な、なんだこれは……! 小さな絵をなぞっているだけなのに、壁の巨大な布のペン先が連動して、何倍もの大きさで描かれていく!?」
「これは『てこ』の原理を応用した道具です。支点から手元の針までの距離に対し、先端のペンまでの距離を何倍にも伸ばしてあります。手元で小さく動かせば、先端はその比率の分だけ大きく動く……つまり、正確な倍率で拡大描画できる仕組みです」
「これなら、どんなに不器用な職人でも、台帳の紋章をなぞるだけで、寸分違わぬ巨大な旗を作り出せます」
小さくシンプルなデザイン、統一された規格、そして支点と作用点の長さを変えるだけで正確に倍率を制御する道具。
圧倒的な合理性を目の当たりにした魔王とイリスは、ただただ感嘆の息を漏らすばかりだった。
「誠……お前は船だけでなく、魔国の『制度』そのものを変えてしまう気か」
魔王の呟きに、誠はただ不敵に笑ってみせるのだった。
「して、誠よ! 魔王城に掲げる旗の印だが――」
魔王が言いかけたその瞬間、誠は待ってましたとばかりに二枚のサンプルを取り出し、テーブルの上に並べてみせた。
一つは、魔王の角をモチーフにした意匠。
もう一つは、イリスの反重力魔法で上空へ昇り、魔国領を俯瞰して描き起こした領地そのもののシルエットだった。
「ほほーっ!」
身を乗り出す魔王に、誠が胸を張って説明する。
「このような印をご提案いたします。もちろん、魔王様のご意見や良い案がございましたら、後ほどお知らせください」
説明を終え、二人がお辞儀をして立ち去ろうとした時、魔王の声が響いた。
「待て! ならば――この両方を合わせた印を考えてくれぬか!」
そして出来上がった印は魔王領地が太いバツ印だったため手斧をクロスした上に立派な顎髭をモチーフに魔王様の顔のデフォルメしたものにした。
バッファローの様な角は立派で目を引く印象だった。
この旗はあのバイキングの船の中央にも掲げられた。
バイキングのガンダルフもめっぽうお気に入りだった。
その旗が出来たことで各領地、四天王も各々作り、それは領主旗基本台帳に記された。
イリスの旗は誠とイリスが三日三晩二人で考えたものだった。
下に波をモチーフに蛇行線、その上に誠がイリスの横顔をシルエットで描いたものだった。
※ ※ ※
この間も休憩を、はさみ誠は指先に、光!水!火!色々とイリスからも助言をもらいイメージするも、何一つとして出る気配はなかった。
イリスの様に言葉を詠唱することもあった。
誠は少し恥ずかしさすら覚えた。
詠唱しても、何も起きないのだから、人前では流石に出来なかった。
イリスもステータス画面を無詠唱で出せるのに意味がわからないと言っていた。
やはり、以前イリスが言っていた、身体全身から発動するのだろうか、とも考えていた。
それら、何ヶ月やっても同じだった。
それに、誠は多忙すぎて、魔法の練習に費やす時間など日に数分程度だった。
蒸気機関を、使った自動車の開発や魔王城の再建に着手はまだまだ続いていた。




