第29話 海賊船
噂が尾ひれをつけて歪められていく恐怖や、誠の悪名が一人歩きしていく不気味さを強調した文章。
その頃、人間界の各地では恐ろしい噂が急速に広まっていた。
王国が誇る勇者パーティーが、瞬殺されたという――。
パーティーを率いていたガンダルフが、片腕と片目を失う惨状で命からがら生還し、その凄惨な報告を遺して息を引き取ったとされていた。
噂によれば、犯人はかつてBランクパーティー『七星の牙』に所属し、仲間三人を殺害して魔国へ亡命した指名手配犯・山田誠。
「背後から斬りつけられても死なず、平然と起き上がると全員を一瞬でなぎ倒した」
事実とは大きくかけ離れた尾ひれがつき、誠はもはや化物として語り継がれている。
討伐隊が全滅した今、有効な策すら立てられない。
危機感を募らせる司令部は、魔国軍と狂気の元人間・山田誠に対抗するための武器開発に、なりふり構わず明け暮れるのだった。
※ ※ ※
港町「誠街」において、誠はバイキングたちに漁師の手伝いをさせるのと引き換えに、彼らの船を建造してやる約束を交わしていた。
どうやら、ガンダルフの本当の目的はそこにあったらしい。
「なぁ……誠よ。あの船をさらに大型化して、もっと多くの乗組員を乗せられるようにできないか?」
探るように尋ねてくるガンダルフに対し、誠は一枚の設計図をテーブルの上に広げて見せた。
「お前が本当に欲しているのは、こういう船なんじゃないか?」
「なっ……!? バカな、こんな船が現実で作れるというのか!?」
「あぁ。あの試運転の列車を見ただろ? あの蒸気機関の動力を使えば、鉄の船だって作れる」
「正気か誠! 鉄は木と違って重いんだぞ! 水に浮かぶはずがねぇ、沈んじまう!」
頭を抱えるガンダルフを前に、誠はニヤリと笑う。
「まぁ、その時が来れば分かるさ」
それだけ言い捨てると、誠は呆然とするガンダルフを残して部屋をあとにした。
※ ※ ※
「なぁ、親父」
「また何か頼み事か?」
バルメッソは誠から受け取ったコーヒー豆をガリガリと挽きながら、億劫そうに、けれどどこか嬉しそうに口を開く。
「俺の港に来てくれないか? いや、支店でも出張所でも構わない。場所は既に確保してあってさ」
誠の言葉に、バルメッソはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「また何か悪巧みでも思いついたな……!」
「人聞きが悪いな。俺がいつ悪巧みを――」
「おいおい、忘れたとは言わせんぞ。あの列車だ!」
言いかけの誠を指差し、バルメッソは思い出し笑いを漏らす。
「最初は『馬車を作る』なんて言ってたはずが、気づけばあのデカい蒸気機関に化けてただろ! まぁ、俺もあの時は面白半分で協力しちまったがな」
そう言って小さく肩をすくめると、豆を挽く手を止めて誠を真っ直ぐ見据えた。
「で! 今度は一体なにごとだ?」
誠は言葉の代わりに、一枚の大きな設計図をテーブルの上に広げてみせた。
設計図を覗き込んだバルメッソの目が、みるみる見開かれていく。
「ん……? なんじゃあ、これは……っ!?」
驚愕の声を上げたバルメッソは、思わず設計図を二度見した。
「こんなバカデカい船、船大工が何人揃ったって作れるわけねぇだろ!」
「それに蒸気機関を載せるのか? 焼け焦げて転覆するぞ!」
「だから親父に頼んでんだよ!」
「俺に? 何が?」
「船を鉄で作る!」
「おい、マジか? マジで言ってるのか?」
「お前の話はいつも斜め上を行ってるよな。……おもしれー、その話乗った!」
この後、誠街の西にある建設中の桟橋付近に鍛冶屋ができた。この辺りでは一番の大型建築物だった。
総勢三十名の乗組員を要する、大型漁船ならぬ100トン級の海賊船だった。
これを魔王が見逃すはずもなく、イリスを連れてやって来た。
魔王様はこの船を見るやいなや、よろけて腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「デカい! 我が城に匹敵する……いや、それほどではないにしても、船がここまで大きいと圧巻だな、誠よ。これも蒸気機関で動くのか?」
「スクリューで走るんです」
誠がまた珍妙なことを言いだし、魔王はついていけない様子だった。イリスも同様に目を見開いている。
「私のことを規格外だと言うけど、誠の方が絶対に規格外だぞ!」
イリスはそう呆れ顔で言っていた。
桟橋もその船が停泊できるように、作り直されていた。
「中央の桟橋より遥かにデカい」と、見物客たちが口々に噂しながら集まりはじめる。
いよいよ、船が海へと進水する。ギャラリーからは大きな歓声が上がっていた。
それは誠が見ていても、息をのむほど圧巻の光景だった。
鉄の船が海に浮いた瞬間、そう。この日から魔国の常識が変わった――。




