第27話 魔法科卒業生
白い布を被せられた無骨な蒸気機関車が、街を貫くレールの上に鎮座していた。
直後には客車が一両、さらにその後ろには三両の貨物車が連結され、合わせて五両編成という圧巻の姿を見せている。魔王様は特設された台座の上から、物珍しそうにその巨体を眺めていた。
やがて、火入れ式が執り行われる。
機関車からシュッと白い湯気が立ち上り始めた。
「いよいよですね、先生!」
万感の思いを込め、誠は三人の弟子と固く肩を抱き合った。
客車には魔王様をはじめ、イリスや四天王といった重鎮たちが次々と乗り込んでいく。予定では、ここから凱旋門をくぐり中央都市を目指して走り、そこで折り返して戻ってくる手はずだ。今回はまだ港の「誠街」までは足を延ばさない。
――シュッ、シュッ、シュッ!
重厚な効果音を響かせ、巨大な鉄の塊が滑らかに動き出した。
瞬間、周囲から割れんばかりの歓声が巻き起こる! 見学に集まった誰もが興奮を隠せず、体に力を込めて列車の走りを固唾をのんで見守っていた。
列車はぐんぐんと加速していく。
運転台の中では、誠が指導に当たっていた。火魔法で釜を熱する運転手のモッズとキャサリンに指示を出しつつ、バルブの調整を手際よく教えていく。
この機関車の運転台は、魔力切れに備えた交代要員を乗せるため、従来のSLと異なり五人が座れるゆったりとした構造になっていた。
客室では、西方領地を治める四天王・バドリック王が目を丸くさせていた。
「魔王様、我が領の難所におけます線路工事、急ぎ完成させてみせますぞ!」
段違いの速度にすっかり魅了された様子で、力強く魔王様に意気込みを語っている。馬車とは比べるのも愚かなほどの革新的なスピードなのだから当然だった。
かつて馬車で丸一日を要していたイリス駅から中央都市までの道のりが、わずか二時間半。
(これなら、港の誠街からでも一時間とかからない。新鮮な海の幸を死なせずに都市まで届けることができる――!)
流れていく車窓の風景を眺めながら、誠は新しい時代の幕開けを確かに確信していた。
試運転が無事に終わり、イリスの屋敷では魔王様と四天王を迎えての祝賀会兼懇親会が催された。
誠はまず、特製の入浴剤を入れた湯船で一同を労う。
そして待ちに待った晩餐の席――テーブルに運ばれてきたのは、ジューシーなジンギスカンと、冷気立つビールだった。
「なんじゃこれは……! 骨身に染み渡る美味さじゃぞ! 誠、これは何という飲み物だ!?」
「はは、ビールにございます」
興奮していた魔王だったが、ふと声を潜めると誠の耳元へ顔を寄せてきた。秘密の商談でも持ちかける気だろう。
だが、そこに目ざとくイリスが割り込んだ。
「魔王様! こちらは我が領地の目玉商品です! 誠と密室で直接交渉なさるのはお控えください!」
「ぬう、イリスよ、そう固いことを言うな。お前と誠の間に子が生まれた暁には、ワシが『おじいちゃん』となってその子を育て、将来の魔王に据えようと考えておるのじゃからな!」
一瞬の沈黙。イリスの表情が氷のように固まった。
誠も(え、あの時の話、本気だったのか……!?)と戦慄する。四天王たちに至っては絶句し、目が飛び出さんばかりの驚愕を浮かべている。
「マジか!!」
イリスが思わず叫び声を上げた。
「うむ! だから、その祝いのビールじゃ!」
悪びれもせずグラスを掲げる魔王を見ながら、誠はふと思う。
(……なんだろう。今、まだ生まれてもない我が子とビールが物々交換されそうになっていなかったか……?)
※ ※ ※
一方その頃、運転手を務めたモッズとキャサリンの二人は風呂を借りて汗を流していた。
「すごいお湯だな……! 初めて入ったが、いい匂いがするうえに体の疲れがみるみる吹き飛んでいくのが分かるぞ」
「ああ! 機関車の運転手に選ばれただけでも最高だと思ってたのに、仕事終わりに毎回こんな風呂に入れるなんてな!」
二人は楽しげに話しつつ、ぬるくなってきたお風呂の湯にひょいと火魔法を込め、好みの温度に温め直す。
「しかもだ、シャンプーとボディソープも使い放題なんだとよ!」
「おいおい、最高かよ! もう他の仕事なんて出来ねぇな!」
「そうだ、誠先生が『誰か適任がいたら紹介してほしい』って言ってたぞ。まだまだ運転手を増員するみたいだ」
「へぇ! 給与だって破格だし、応募が殺到しそうだな。本当に蒸気機関車様々だぜ」
お風呂から上がった二人は脱衣所のベンチに腰掛け、冷えた牛乳を美味そうに飲み干しながら、今後の仕事に胸を躍らせるのだった。
「でだ! 誠先生が『懇親会とかの後でいいなら、何か美味いもん食わせてやる』とか言ってたから、少し待ってみるか?」
「マジか? 何食わせてくれるんだろ?」
そんな会話をしているところへ、イリス邸のメイドがやって来て手招きし、二人を勝手口から調理場へと呼んだ。
「誠さまから、お二人にとジンギスカンでございます」
「へー! 肉だ!」
二人がそのまま生で食べそうになるのを制し、メイドは「少しお待ちください」と肉を鍋へと一切れずつ載せていく。
そこへ、冷えたビールが運ばれてきた。
「一杯ずつお出しするようにと言われておりますので、こちらをどうぞ!」
目の前に出されたビールを、二人は一口あおった。
「グっ……パー!」
「な、何じゃこれは!? こんな美味い飲み物がこの世にあったのか!」
二人は目を丸くして驚いている。
ジンギスカンがちょうど焼き上がった頃、メイドはフォークを指さしながら言った。
「こちらのタレに肉を軽くつけてお召し上がりください」
言われた通りに肉をフォークで刺し、茶色のソースとやらに少しつけて口に運ぶ。
その様子を見ながら、メイドはモッズとキャサリンに話しかけた。
「先ほど魔王様や四天王様方が同じものをお召し上がりになって、まったく同じ反応を示しておられましたよ」
それを聞いた二人は、「火魔法使いでよかった……!」と感極まって涙ぐみながら、ジンギスカンを頬張っていた。
実は、このモッズとキャサリンという二人は今年の魔法科の卒業生なのだが、同時に柔道部員でもあり、学校対抗戦にも魔法科代表として出場した猛者たちであった。




