第26話 おいっ……、山田 誠!
周囲の音も次第に聞こえなくなっていく、その時だった。
『おい、山田誠!』
「……誰だ?」
暗闇の中で、誰かが自分を呼んでいる。
『俺だ。山田、誠だ!』
「……俺?」
『そうだ。俺が、柔道二段の山田誠だ!』
何を言っているのか分からない。
だが、その声には妙な力があった。
『もういい。身体を代われ!』
「身体を……?」
『俺が助けてやる!』
次の瞬間――。
誠の意識は、深い闇の中へと引き込まれていった。
そして――。
「……うっ」
誠は目を開けた。
「……あれ?」
身体を起こす。
斬られたはずだった。
確かに背中から斬りつけられ、地面に倒れた。
なのに――。
「……何で?」
誠の周囲には、八人の襲撃者が倒れていた。
誰も動かない。
何が起きたのか。
誠本人にも、まったく分からなかった。
「俺……何をしたんだ?」
「誰かが確かに話しかけていた」
その時、騒ぎを聞きつけた警備兵たちが駆けつけてきた。
「何事だ!」
「誠先生、大丈夫ですか!」
警備兵たちは倒れている八人を確認すると、一斉に身柄を拘束していく。
「こいつら、ツノナシですぜ!」
その言葉に、一人の騎兵が誠へ視線を向けた。
そして、顔を見た瞬間――青ざめる。
「……いや、違う!」
「え?」
「人間です、ぜ!」
慌てて言い直した騎兵に、誠は思わず苦笑した。
「すみません、誠先生! つい……」
「いや、いいんだ」
誠はそう答えた。
呼ばれ方など、今はどうでもよかった。
それよりも――。
頭の中に残っている、あの声。
『俺が、柔道二段の山田誠だ!』
そして、自分の周囲に倒れている八人。
「……一体、何が起きたんだ?」
誠には、それだけがどうしても分からなかった。
その夜、家に戻った誠は、イリスに起きたことをすべて説明した。
「明日でもいい。イリス、警備兵たちに尋問を頼めるか?」
「もちろんだ。私も一緒に行こう」
「俺も行きたいんだけど、魔王様にも会いに行かなきゃならないし、時間がないんだ。頼む」
「分かった。任せておけ」
イリスの返事を聞いた誠は、ようやく少しだけ安心した。
だが、緊張が解けた途端、身体に疲労が一気に押し寄せてきた。
「……今日は、もう限界だな」
そう呟くと、誠はそのままイリスの脇に横になった。
そして――。
「おやすみ……」
それだけ言い残すと、誠はあっという間に眠りへ落ちていった。
イリスはそんな誠の寝顔をしばらく見つめていた。
「……本当に、何があったのだ?」
昨夜の襲撃。
倒れていた八人の刺客。
誠の斬りつけられ避けた衣服。
そして、誠自身も知らないという、あの不可解な出来事。
イリスの胸には、いくつもの疑問が残っていた
誠は、夢の中にいた。
まるで雲の上にでもいるような、不思議な感覚だった。
そして――あの時の光景が、脳裏に浮かんでくる。
『おい、山田誠!』
そう呼ばれた。
そして俺が返事をした時、そこにはもう一人、自分と同じ名前を持つ人物がいた。
「柔道二段の山田……ま、こ、と……か」
夢の中で、誠はその名前を呟いた。
一体、どんな人物なのだろう。
だが――自分が襲われた時、助けてもらったことだけは覚えている。
「他にも何か言ってたよな……?」
必死に記憶をたどる。
「そうだ……巴投げは、両足で蹴り飛ばす技じゃないとか……何とか?」
あの時、自分の意識がなくなっている間に、あいつが戦ったのだろうか。
「……たぶん、そうなんだろうな」
そう呟き、誠は心の中でそっと言った。
――ありがとう。
※ ※ ※
一方その頃。
昨夜の誠と勇者パーティーの死闘を、少し離れた場所から見ていた男がいた。
斥候部隊のフランプルである。
彼は、あの戦いを目撃した瞬間から、完全に冷静さを失っていた。
勇者パーティーが誠を背後から斬りつけた。
確かに倒れた。
誰が見ても、致命傷だった。
ところが――。
次の瞬間、誠は立ち上がった。
そして、その直後。
八人の勇者パーティーが、まるで何事もなかったかのようにバタバタと地面へ倒れていった。
あれを見た瞬間、フランプルの頭の中から、これまでの計画がすべて吹き飛んだ。
「……化け物だ」
震える声が漏れる。
「あれは……怪物だ……」
もう、そう信じるしかなかった。
フランプルの心の奥底には、あの光景が深く刻み込まれていた。
「やばい……やばい……」
家に戻ることもできなかった。
勇者パーティーを見捨て、身を隠していた家も捨てる。
ただ一刻も早く、人間界へ戻らなければならない。
そう思い、夜の魔国をひたすら走った。
だが――。
その逃走の途中、フランプルは魔獣と遭遇する。
「な、なんだ……!」
逃げる暇などなかった。
一瞬にして襲いかかってきた魔獣の顎が、咄嗟にかばった腕を噛みちぎる。
後にフランプルが人間界へ這うようにして戻った時、その身体は片腕を失いボロボロで、既に片目も潰れていた。
そして――。
魔国へ侵入した勇者パーティーが、再び人間界の土を踏むことはなかった。
魔王討伐のために送り込まれた勇者八名は全員「死亡」と処理される。
そして、命がけでその凄惨な事実を報告したはずの斥候部隊員フランプルすらも、公式には「行方不明」として闇に葬られたのだった。
彼らは二度と、人間界へ戻ることはなかったのである。
※ ※ ※
魔王様が、誠の借りた研究施設へ足を運んだ。
そこではグーズ、ジョンソン、レイピウスの三人作業を手伝っていた。周囲にはレールが敷かれ、車輪から外された蒸気機関が頑丈な作業台の上に鎮座していた。
「誠よ、これが例のレールの上を走るという乗り物か?」
魔王は不思議そうに首をかしげる。
「して、実物はまだ完成せんのか?」
作業台の上に置かれているのは、誠が前世で知るSL(蒸気機関車)とは似ても似つかない、武骨な四角い箱のような物体だった。
誠がその独特な構造や仕組みを事細かく説明すると、魔王は興味津々といった様子で耳を傾けた。
「ふむ、お前はやはり天才じゃな! ……ところで、早くイリスとの間に子は出来んのか? 次の発情期(交配時期)が実に楽しみじゃのぅ!」
聞けば、魔人には年にたった一度、一週間ほどの「発情期」が存在するらしい。
そのためか、子供が生まれる時期も決まっている。
あちらこちらで誕生する子は、なぜかいつも決まって春の満月の日付近に集中するのが魔人たちの慣わしなのだそうだ。
「お前とイリスの子が生まれたら、ワシが引き取って育ててやろう。将来の魔王としてな!」
「魔王様、何を仰いますか! ご冗談を!」
慌てる誠の反応を見て、魔王は満足そうに高笑いを響かせた。




