第25話 潤滑油と闇討ち
軌道馬車の線路は、どこまでも続いていく。
イリス領主邸宅の前を通り、誠街へと伸び始めていた。
さらにその先は、イリス領の凱旋門をくぐり、魔王城の前を通って中央都市へ。
そして中央都市から、今度は西へ――。
魔国を東西に結ぶ大動脈へと、少しずつ姿を変え始めていた。
そんな中、誠の構想もまた、一つ先へと進もうとしていた。
――馬から、蒸気機関へ。
誠は鍛冶屋へ入り浸るようになっていた。
そこでは、柔道の指導者として頻繁に顔を合わせるようになった三人――グーズ、ジョンソン、レイピウスの姿もあった。
「ここに水を入れて、火で熱する」
誠は蒸気が発生する仕組みを説明しながら、図面を指差していく。
「そして発生した水蒸気の圧力を利用して、ここを動かすんだ」
「これが……蒸気の力で動くのか?」
グーズが半信半疑で尋ねる。
「ああ。まだ試作品だけどな」
鍛冶屋では、すでにプロトタイプの製作が始まっていた。
まだ、それほど大きなものではない。
とはいえ、模型としてはかなり大きく、初めて見る者には、まるで鉄でできた化け物のように見えたかもしれない。
「これが……勝手に走るのか?」
ジョンソンが目を丸くする。
「うまくいけばな」
誠は苦笑しながら答えた。
魔界には、イリスのように火魔法を使える者や水を出せる者が数多くいる。
蒸気機関を動かすための水源、熱源として考えれば、これほど適した人材もいない。
「そう考えると、運転手にはもってこいだな」
誠は、そんなことまで考え始めていた。
「ところで、この辺りに油の取れる植物はないか?」
誠が尋ねると、グーズは少し考えるように首を傾げた。
「油の取れる植物ですか? それなら、家の畑の向こうに『ツバキ山』と呼ばれている場所があります。そこには椿の木がたくさん生えていて、実もたくさんつけるんです。ただ……実はあまり美味くありません」
「椿か!」
誠は思わず声を上げた。
「ええ。食べるには向きませんが、あの実はめっぽう油が取れるんですよ。ですが、誠先生はその油を何に使うんです?」
グーズが不思議そうに尋ねる。
誠は蒸気機関のほうへ歩いていくと、動力を伝えるピストン部分を指差した。
「ここ!そしてここと、ここもだよ!」
「ここ……ですか?」
「そう。このピストンは筒の中を上下に動くだろ?」
「車軸のベアリングもだ!
」
誠はピストンが動く仕組みを説明しながら、その周囲を指で示した。
「このままだと金属同士が擦れて、摩擦で動きが悪くなる。だから、この周りに油を塗って滑りを良くするんだ。つまり、潤滑剤として使う」
「なるほど……」
グーズは頷いたものの、その表情を見る限り、半分ほどしか理解できていないようだった。
それでも、油が必要だということだけは分かったらしい。
「それなら、今度たくさん取ってきますよ!」
「本当か? 助かるよ」
「任せてください!」
グーズは嬉しそうに胸を張った。
どうやら、蒸気機関の仕組みよりも、「先生の役に立てる」ということのほうが重要らしい。
こうして誠は、思わぬところから蒸気機関に必要な潤滑油を手に入れる目途を立てることができた。
やがて夜になり、作業を終えた誠と三人は酒場へ向かった。
酒を飲み終え、三人と別れる。
「じゃあ、また明日な!」
「ああ。また明日!」
そうして誠は、店主にも挨拶を交わし、一人で帰路についた。
――その時だった。
※ ※ ※
人間界から魔国へ潜入していたフランプルは、すでに勇者パーティーを魔国へ送り込むための準備を進めていた。
幸いなことに、その時期は魔獣の活動が少なく、密林を抜ければ比較的凶暴な魔獣に遭遇することも少なかった。
とはいえ、魔国へ入る以上、油断はできない。
周囲が完全に暗くなった深夜。
フランプルは、あらかじめ決めておいた場所で勇者パーティーと合流し、互いに決められた合図を交わした。
「今です」
フランプルの短い言葉を合図に、ローブをまとった八人が一斉に走り出した。
顔を隠し、武器も目立たないように隠している。
誰が見ても冒険者だとは分からないよう、できる限り身元を悟られない格好にしていた。
フランプルは先頭に立ち、周囲を警戒しながら彼らを街へと導いていく。
途中で魔族の見回りに出くわす可能性もあったが、事前に調べておいたルートを使うことで、どうにか人目を避けて街へ入り込むことができた。
そして、フランプルがあらかじめ手配しておいた家へと急いだ。
「ここなら、しばらく身を隠せます」
家の中へ入ると、フランプルは静かに扉を閉めた。
こうして勇者パーティーは、身元を隠したまま魔国へ潜入することに成功した。
あとは、この家を拠点にして、次の行動を開始するだけだった。
そして、その夜がきた。
勇者パーティー八人は、ついに動き出した。
最近の誠には、十日に一度ほどの楽しみがあった。
居酒屋で酒を飲み、魚料理をつまんで帰る。
それが、ちょっとした習慣になっていたのだ。
時には鍛冶屋の親父、時には酒場で知り合った飲み友達、
街が発展したとはいえ、夜道にはまだ街灯も少なく、暗い場所も多い。
酒を飲んだ誠は、少し酔ってはいた。
だが、足取りがおぼつかないほどではない。
いつもと変わらない帰り道だった。
――そのはずだった。
「……ん?」
突然、前方から人影が現れた。
それだけではない。
気づけば、誠は八人の男たちに囲まれていた。
「何だ、お前たちは?」
全員が深くフードを被っている。
顔は見えない。
明らかに普通の者たちではなかった。
誠が前方の男たちに向き直った、その瞬間――。
「ぐっ……!」
誠の背後から、鋭い衝撃が走った。
何者かに斬りつけられたのだと理解した時には、彼の身体はすでに地面へと崩れ落ちていた。
凶刃を振るったのは、元パーティーリーダーのコペルキースだった。
「お前に生きて居られては不味いんでな!」
「……くっ……」
吐き出す息とともに、誠の意識は深く遠のいていった。
視界がぼやけ、周囲の音も次第に聞こえなくなっていった。




