第24話 路線経路
『誠街』の整備と並行して、凱旋門から中央都市へと続く道の整備も進められていた。
芝の生えた緩やかな丘陵を縫うように、幅八メートルはあろうかという石畳の道が、まっすぐ二キロほど伸びている。
馬車が走れば、まるで流れるように進んでいく。
その先では、魔王都市の象徴となる魔王城の城壁部分が、いよいよ完成を迎えようとしていた。
だが、ここで一つ問題が起きていた。
――魔王城をどうするのか。
現在の城をそのまま移築するのか。
それとも、この場所に新しい城を建てるのか。
その二つの案で、関係者の間では意見が真っ二つに分かれていた。
もっとも、魔王本人の希望は意外なところにあった。
以前、イリスの領主邸宅が完成した際、その建物を見た魔王はいたく気に入ってしまった。
「余の城も、あれと同じような感じにしたい!」
どうやら、それが今回の騒動の発端らしい。
しかし、実際のところは――。
魔王は、長年住み慣れた今の城を手放したくなかった。
それが本音だったようだ。
「新しい城も欲しい。だが、今の城も残したい」
そんな魔王のわがまま……いや、希望によって、話はなかなかまとまらなかった。
一方、すでに完成した城壁は、高さ十五メートルはあろうかという巨大なものになっていた。
しかも、その壁は上部が内側へ大きく反り返る独特の形状をしている。
建築に携わる者たちは、それを「反り返る壁」と呼んでいた。
見た目はまるで、巨大な「ねずみ返し」である。
もちろん、これは偶然そうなったわけではない。
誠が日本の城をモチーフに設計したものだった。
敵が壁をよじ登ろうとしても、その先に反り返った壁が立ちはだかる。
単なる飾りではなく、防御力を高めるための工夫でもあった。
こうして、魔王都市の中心には、これまでの魔国にはなかった新しい景観が少しずつ形になっていく。
そして、その中心に立つ新たな魔王城をどうするのか――。
最後の決断を迫られているのは、結局のところ魔王本人なのであった。
――しかも、それだけではない。
新しい魔王城には、イリスの領主邸宅にはないものが、もう一つ存在していた。
それは――城を守る巨大な掘であった。
高い城壁に沿って三角形を描くように穿たれ、さらに三つの長辺の中央からは、外側に向けて小さな三角形が突き出している。上空から見下ろせば、それはまるで地に刻まれた完璧な六芒星だ。
堀の深さは五メートルにおよび、その底には底知れぬ静けさをたたえた水がなみなみと満ちている。
城壁へ近づこうとするあらゆる者の行く手を阻むその堀は、容易に越えられぬ「水の壁」として、圧倒的な威容を誇っていた。
「これは良い! 実に良いではないか!
魔王は、この堀をいたく気に入っていた。
城そのものだけではなく、こうした防御設備まで気に入ってしまったらしい。
そして、最終的に決まったのは――。
従来の魔王城をそのまま新しい城壁の上へイリスの反重力魔法で移築し、そこ横へ新たな居住区などを増築する、という案だった。
つまり、古い城を残しつつ、新しい城として生まれ変わらせるのである。
その城の周辺には、騎士隊の家族が暮らすための住宅も整備され、さらに小規模ながら商業施設も作られることになった。
当初は、そこから従来の中央都市まで移動する案も出ていた。
もっとも――。
騎士団やその家族にとって、買い物に困ることなどほとんどなかった。
凱旋門をくぐってイリス領の街へ出れば、食料品から日用品まで、必要なものはほとんど何でも揃うのだ。
「わざわざ中央都市まで行く必要がないな」
「ええ。こちらの街のほうが近いですし、品物も多いですから」
そんな声が、騎士たちの間から聞こえてくる。
誰一人として文句を言う者はいなかった。
しかも、中央城下からイリス領へとつながる二キロメートルの石畳の道を活用し、新たに「軌道馬車」が設けられた。
平坦な丘陵という地形の利点を活かし、石畳の道の脇に専用の線路を敷いたのだ。
その線路の上を、車輪のついた馬車が走る。
今までにはなかった、まさに画期的な乗り物だった。
「一体、どうやって馬車が線路の上を走っているんだ?」
「しかも、普通の馬車よりずっと揺れが少ないぞ!」
その珍しさもあって、軌道馬車を一目見ようと、方々から旅人が訪れるようになった。
すると当然、旅人を泊める場所も必要になる。
街には次々と宿屋が建ち始めた。
いや――もはや、ただの宿屋と呼ぶには立派すぎる。
客室は広く、食事を提供する店まで併設されている。
さらに風呂まで備えた施設も現れ始めていた。
それはもう、ホテルと呼んでも過言ではないほどのものになりつつあった。
軌道馬車を目当てに人が集まり、人が集まることで店が増え、さらに宿泊施設まで増えていく。
こうして、新しい魔王城とその周辺は、イリス領の街とも深く結びつきながら、少しずつ一つの大きな都市圏を形成していくことになるのだった。
そんなある日、西の四天王バドリックがイリス領を訪れていた。
「またまた中央都市へ寄ったついででな」
そう言って、いつものように豪快に笑うバドリック。
今回も、ただの立ち寄りというわけではなかった。
話し合いの場となったのは、新しくなったイリスの領主邸宅。
イリスも同席し、三人でジンギスカンを囲みながら話を進めることになった。
「それで、今日は何の話なんだ?」
誠が肉を焼きながら尋ねる。
「うむ。実はな――」
バドリックが切り出したのは、魚介類と山羊肉の交換についてだった。
西の領地では山羊が多く飼われている。
一方、イリス領では海に近いこともあり、魚介類や海産物が豊富に獲れるようになっていた。
「魚と山羊を交換する、ということか?」
「そうだ。互いに足りないものを交換できれば、両方の領地にとって悪い話ではないはずだ」
「だが、羊や牛はすでに広い荒野で放牧している。……とはいえ、貿易が活発になるのは確かだな」
誠も、それは悪くない話だと思った。
しかし、バドリックにはもう一つ、目的があった。
「そこで頼みがある。軌道馬車を、我が西の領地まで延ばしてもらえんだろうか?」
「西まで?」
「うむ。魚介類を運ぶにも、山羊を運ぶにも、今よりずっと便利になるだろう?」
誠は少し考えた。
確かに、軌道馬車が西まで延びれば、人の移動だけでなく、物資の輸送にも大きな効果がある。
貿易が増えれば、両領地にとってもメリットは大きい。
「悪くない話だな。ただ、線路を延ばすなら、まず西側でここまで線路を敷けるようにしてもらわないとな」
「それは構わん!」
バドリックは即答した。
「なら、あとは線路がつながるところまで、お互いに整備するってことでいいな」
「うむ! それでいこう!」
こうして、魚介類と山羊肉の交易、そして両領地を結ぶ新たな交通網の整備について、話はまとまった。
軌道馬車は、少しずつその距離を延ばしていくこととなった。
バドリックは、西側からイリス領の南へと向かう路線と、中央都市へと向かう路線の二本体制で敷設を進めていた。
しかし南へ向かうルートは、立ちはだかる山脈や渓谷を越えねばならず、難工事になるのは目に見えていた。
そもそも鍛冶屋から作る始末、 鍛冶屋の親父の元、修行から始まるのだった。




