第22話 設備と馬車
鍛冶屋から届いた秘密兵器は、まだあった!
洗浄機能付きトイレである。
これには、さすがのイリスも驚きを隠せなかった。
設置したのは一階から四階に二つずつ、合計八か所。
水を流す仕組みは、電気を使えないため側面にレバーを取り付けたポンプ式だ。軽く動かすだけで水が流れ、押し加減によって水流の強さを調整できる。
軽く押せば控えめに、強く押し込めば勢いよく水が噴き出す仕組みだ。
それでも、誠が想像していた以上に出来栄えは良かった。
そんなある日のこと。魔王が街の視察に訪れるとの知らせが届いた。
イリスは凱旋門を皮切りに、噴水、風呂屋、そして新しく造られた家々の隅々に至るまで、自信満々に魔王へ紹介していく。その様子を、誠は少し離れたところから眺めていた。
魔王の表情は確かに楽しげだったが――どこか引きつっている。誠にはそれがはっきりと分かった。あまりにも規格外なものを次々と見せられ、驚きを通り越して表情が強張ってしまっているのだ。
それでもイリスは魔王の様子に気づくことなく、「こちらが新しく造った噴水です!そして、こちらが風呂屋になります!」と得意げに街を案内し続けていた。
「そして、こちらが我が家です」
イリスが誇らしげに紹介した屋敷を見上げ、魔王は思わず目を見開いた。
そこには二階部分までをコンクリートブロックで築いた、まるで城壁のように重厚で強固な建物がそびえ立っていた。驚くべきことに、その上には以前からあったイリスの屋敷がそのまま載せられている。
魔王は目の前の異様な構造物をしばらく眺めたあと、誠に向かって尋ねた。
「このコンクリートブロックとやらは、どうやって作るのじゃ?」
「それはですね……海の貝殻を高温で熱してから砕き、山間部から採取した粘土や炭、砂利などを混ぜ合わせて固めたものです。従来の石組みよりも丈夫で、同じ大きさに揃えて作れるため建築にも使いやすいんです。中には鉄の芯も入れてありますので!」
「ほう……」
魔王は興味深そうにブロックへ手を伸ばし、軽く叩いてみる。
「ちなみに、そのブロックを作るための窯も鍛冶屋に頼んで作ってもらいました」
「なるほどのう……」
誠が説明を終えると、イリスが魔王たちを屋敷の中へと招き入れた。
「せっかくですから、屋敷の中もご覧ください」
「うむ。どれ、見せてもらおうではないか」
改装前に比べて見違えるほど明るくなった一階と二階の室内に、魔王は感心したように何度も頷いている。内装には誠のこだわりが光っており、壁には虹色に輝く貝殻の粉末が練り込まれ、光の加減で優美な輝きを放っていた。
そんな折――魔王の側近の一人が、案内に従ってトイレへと入っていった。
広いトイレへと消えてしばらくすると――。
「ま、魔王様っ! 少々よろしいでしょうか……!?」
「な、何じゃこれはぁぁっ!?」
突然、扉の向こうから側近の絶叫が響き渡った。
「どうしたというのだ!?」
魔王をはじめ、その場にいた全員が一斉にトイレへと視線を向ける。
扉が開くと、そこには顔を蒼白にさせた(そしてどこか感動に震える)側近の姿があった。
「ま、魔王様! これは一体何なのですか……っ!?」
――そう。ここで誠が密かに開発していた極秘兵器、水洗温水洗浄便座(ウォシュレット風トイレ)のお披露目の瞬間であった。
(ふふ……魔王様、驚くのはまだ早いですとも)
誠は心の中でニヤリと呟く。このトイレの真価は、用を足した後に発揮されるのだ。レバーひとつで、大切な部分を温かい水で綺麗に洗浄してくれるのである。
「な、何と……! 水が噴き出して、綺麗に洗ってくれるだと!? なんという心地よさ……!?」
側近のあまりの動揺と感動の声に、誠は心の中で小さくガッツポーズを決めた。
(そうでしょう、驚くでしょうとも。この世界にとっては、まさに時代を500年先取りした革命的技術なんだから!)
しばらくして屋敷の見学を終え、一行が街へ出る。
すると、まるで魔王たちが出てくるのを待っていたかのように、例の馬車がちょうどこちらへ向かってやって来た。すかさずイリスが魔王に説明する。
「魔王様、こちらの馬車も以前のものとは全く違います。人が乗った状態でも子供が引っ張れるほど軽く動かせるんですよ」
「子供が……じゃと?」
「はい。実際に乗っていただければ、その違いは一目瞭然です」
そう促され、魔王は興味を抑えきれない様子で馬車へ乗り込んだ。
馬車がゆっくりと走り出す。
すると――。
「おお……!」
魔王の口から思わず声が漏れた。
車体は驚くほど軽やかに進み、揺れも少ない。これまでの馬車なら避けられなかった大きな振動もほとんどなく、乗り心地は格段に良くなっていた。
しばらく走ったところで馬車が止まる。魔王は満足そうに頷くと、誠へ声をかけた。
「おい、誠!」
「はい、何でございましょう?」
「当然、この建築技術とトイレと馬車は、我が王都の建設にも採用するのであろうな?」
「もちろんです。魔王様が良いとおっしゃるのでしたら!」
「何を言う。良いに決まっておろう!」
魔王は豪快に笑った。
「この街と並行して、王都側の建設も頼んだぞ!」
「はっ!」
こうして誠の技術はイリスの領地だけではなく、魔王の治める王都へも導入されることになった。
そして、その噂は遠く人間界へと広がっていく――




