第15話 俺のレベル3と風呂の完成
(無詠唱か……。あのガチャ枠の指輪の効果を借りれば、俺が自力で魔法を使う手掛かりも、案外早く掴めるかもしれないな)
そんなことを考えながら、ふと浮かんだ疑問をイリスにぶつけてみた。
「ところでさ、イリスのステータスって確認できたりするのか?」
すると、イリスはハッと目を見開き、少し頬を赤くしながら抗議してきた。
「ま、誠! それはいくらなんでも無礼というものだぞ!」
「えっ、なんでだ?」
「人間界ではどうだか知らないが、ここ魔界ではだな……ステータスを見せるというのは、己のすべてを曝け出すという意味なのだ! いくら仲の良い夫婦であろうと、滅多に見せ合ったりはせん!」
「おぉ……そうだったのか。じゃあさ、俺のステータスはどうなんだ? イリス、前から俺のウィンドウを覗き込んでたよな?」
「な、何を言う! 見ておらんぞ!」
「そうだっけ? 俺が画面を開くたびに、食料を出すたびに、隣で興味津々に見てたような……」
「くっ……」
図星だったのか、イリスは言葉を詰まらせた。
俺はクスッと笑いながら、さらに尋ねる。
「で、俺のステータスって、他のやつと比べて何か違ってたりするのか?」
イリスは気まずそうに咳払いをすると、少し考え込むように指をあごに当てた。
「……まず、普通のステータスウィンドウから『食材』や『指輪』などが直接湧き出てくることは絶対にない。スキルに〈収納〉とあれば、別の場所に保管してあるものを取り出したり、収めたりすることはできるが……誠のように『その場で生成される』など、あり得んのだ」
「へぇ、そうなんだ」
「それに、通常なら表示されるはずのHPやMP、筋力、敏捷、防御、魔力といった数値が、ことごとく省かれていてサッパリ分からん。表示されているのは『名前:山田 誠』と『職業:便利屋』、あとは『レベル:3』だけだからな」
そこまで一気に説明したイリスに、俺はニヤリと笑いかけた。
「イリス……めちゃくちゃ詳しいじゃん」
「い、いや! 見ておらんと言っているだろう! たまたま目に入っただけだ! ……とにかく、私のステータスとは大違いなのだよ!」
顔を真っ赤にして慌てて弁明するイリスを見て、俺は思わず吹き出してしまった。
ところで、イリスのレベルっていくつなんだ?
それくらい教えてもらっても、罰は当たらないだろう。
「誠、一桁足りない! 今、88だ!」
「えっ……」
俺は思わず聞き返した。
「俺は3だから……イリスは8とかか?」
そう尋ねると、イリスは胸を張って答えた。
「88だ!」
「……マジかよ」
そこで俺は、ふと気になった。
「じゃあ、最高の値っていくつなんだ?」
「たぶん、100がマックスだと思うぞ!」
その答えを聞いて、俺は言葉を失った。
レベル100が最高だとすれば、俺のレベルは3。
どうやら俺は、とんでもない最低レベルからのスタートらしい。
「さてと」
誠は手にしていた資料を閉じた。
「それは?」
イリスが、誠の手元にある資料を指差す。
「ああ、これからの指導計画だよ。あの二人のために作ったんだ」
「誠は、柔道のことになると熱心だな」
「魔王様の柔道に対する関心にも応えなきゃいけないからね。俺も、これでもなかなか大変なんだぜ?」
誠は苦笑しながら、ふとイリスを見る。
「それに、イリスもすごいよな。四天王で女性はお前だけだし、あれだけの数の部下を率いてるんだから。本当にすごいと思うよ」
「そう言ってもらえるとありがたいな。ただ、私の場合は、索敵能力を持っているのが四天王の中では私だけということもあって、重宝されている部分もあるのだがね」
「それって、どういうことだ?」
「そうだな……簡単に言えば、敵の動きを探るスパイというか、偵察のようなものだな」
「へぇ! 忍者? くノ一ってやつか! すごいな!」
誠は目を輝かせる。
「だから幻術や隠蔽魔法が得意なんだな!」
イリスは一瞬きょとんとした顔をした。
「……ニンジャ? クノイチ?」
「ああ。俺のいた世界に、そういう特殊な任務をする者たちがいたんだよ」
「なるほど……。人間界には、ずいぶんと面白いものがあるのだな」
イリスは興味深そうに頷いた。
あ!いや違う、ここのじゃなくて、遠い田舎の話だ。
※ ※ ※
部屋に戻った誠は、湯浴みをしながら考えていた。
(風呂か……。そういえば、しばらく入ってないな。ここに風呂を作れないだろうか?)
誠は水で身体を拭きながら、あれこれと思考を巡らせる。
あの離れの倉庫に、川から水を引いてこられれば……。
イリスの領地――というより、屋敷からさほど離れていない場所には、小川が流れている。
あそこから屋敷まで、およそ一キロ。
生徒全員を使って作業すれば、水路を引くことも不可能ではないかもしれない。
自室に戻った誠は、さっそくイリスに風呂の話を持ちかけた。
「そんなものを作って、どうするのだ? 川や湯浴みで事足りるだろう」
「いやいや、イリス。それは違うぞ。ここはひとつ俺を信じて、あそこの離れを使わせてくれ」
「……まあ、そこまで言うなら」
こうして、誠は無事にイリスから許可を得た。
そして翌朝。
誠は生徒全員を、学校ではなく領主であるイリスの屋敷へ集合させた。
「今日からしばらくの間、学校ではなく、ここで鍛錬を行う!」
三十人の生徒たちは、ざわざわと顔を見合わせた。
「まさか……イリス様の特訓では……?」
そんな不安そうな声まで聞こえてくる。
小川までの距離は、およそ一キロメートル。
誠はそこから屋敷まで水路を引くことにした。
生徒たちは手にした道具で地面を掘り、時には木の枝で地面に線を引きながら、水路の形を整えていく。
「これも立派な鍛錬だ!」
誠は生徒たちに、そして自分自身にも言い聞かせながら、作業を進めていった。
やがて水路は少しずつ形になり、離れの倉庫まで水を引き込むことに成功した。
ちなみに、この期間の昼食は誠先生の手料理だった。
生徒たちは、実はそれも楽しみにしていたらしい。
文句を言うどころか、むしろ大喜びで作業に取り組み、いつの間にか楽しんでいるようにも見えた。
水路が完成すると、次はいよいよ浴槽作りだ。
石を粘土で貼り合わせ、時にはイリスの火魔法で焼きを入れて強度を高めていく。
洗い場まで含めれば、三十人以上が一度に入れるほどの大浴場が完成した。
「よし、あとは湯を沸かすだけだな!」
浴槽に水を張り、火魔法を使える生徒たちに石を焼いてもらう。
十分に熱した石を浴槽へ投入すると、やがて水が少しずつ温まり、湯気が立ち始めた。
「おお……!」
生徒たちから歓声が上がる。
魔界では、男女が裸でいることに対して、それほど抵抗を感じる文化がないらしい。
イリスを含め、生徒たちも特に気にする様子はなく、皆で大浴場を楽しむことになった。
最初は、「身体の汗や汚れを流すためだ」と説明しても、熱い湯に浸かること自体に抵抗があったようだ。
ところが、いざ湯に浸かってみると――。
「気持ちいい……!」
「ああ……これはいいな……」
「ずっと入っていたい……」
皆、とろけるような表情で、口々に「気持ちいい」を連呼している。
さらに、誠が用意した石鹸やシャンプーにも興味津々だった。
初めて使った生徒たちは、その爽快感にすっかり夢中になったらしい。
「先生! 俺、毎日ここに来たい!」
「俺も!」
「私もです!」
そんな声が次々と上がる。
「いやいや、ここはイリスの屋敷内だからな。毎日ってわけにはいかないぞ」
誠は苦笑しながら、どうにかなだめる。
とはいえ、その気持ちは痛いほどよく分かっていた。
(まあ……風呂って、そうなるよな)
誠自身も、久しぶりの湯船に浸かりながら、心の底からそう思っていた。




