第14話 知らざる魔法への手掛かり
魔獣討伐にあたっていた東方領地――東の四天王・モザリエル率いる部隊から、西方領地――西の・バドリック率いる部隊へと討伐任務が引き継がれてから、しばらく経った頃のことだった。
イリスにも、そろそろ出撃してはどうかという打診があったらしい。
だが、イリスが誠の柔道科で教官たちの指導や送り迎えを担当していることを知っていた魔王は、今の彼女を討伐任務に回すのは難しいと判断し、南部隊への召集を見送っていた。
そんな折――。
突然、緊急召集がかかった。
バドリック率いる部隊の損害が限界に達し、これ以上の討伐継続は困難な状況になったというのだ。
「イリス、一人で向かうのか? 部隊の編成はどうするんだ?」
心配そうに尋ねる誠に、イリスは余裕の笑みを浮かべた。
「いやいや、誠。少し待っていてくれるか? 今の私なら、魔獣の数匹くらい瞬殺できるというところを、他の四天王たちに見せつける絶好の機会だ。この日を待っていたのさ」
そして、ふっと笑みを浮かべる。
「それに……ふたりの愛の指輪の出番というわけだからね。すぐに戻るよ」
「愛の指輪って……」
誠が呆れたように呟く間にも、イリスはすでに転移の準備を整えていた。
「では、行ってくる」
そう言葉を残すと、イリスは魔法陣の光に包まれ、その姿を消した。
※ ※ ※
中央都市の学校では、ジョンソンとレイピウスが休憩時間に噂話をしていた。
「聞いたか? イリス様が現地に赴いて、魔獣討伐を瞬殺で終わらせて、あっという間に帰ってきたらしいぞ!」
「ああ、あれだろ? 前に夜の街が真っ赤と言うか黄金色にもなった、あの事件のことだろ?」
「そう、それ! あの時、俺は実際に見てたんだ。空が消えたんだぜ! 大げさじゃない。本当に、星まで全部消し飛んだと思ったんだからな!」
「あれをまともに食らった魔獣は、一瞬で蒸発したらしいな……」
二人は顔を見合わせる。
「なあ……誠先生って、そんなイリス様より強いんだろうか?」
「イリス様の命の恩人だって話だけど、詳しいことまでは知らないな」
「そういえば前に、夜の酒場で剣を振り回していた酔っ払いを、一撃で投げ飛ばしたのも先生だったよな。あれを実際に見た人も大勢いるらしいぞ」
「ああ。しかも、その後あの酒場が先生の飲み代を無料にしたって話も有名だしな」
「本当、凄まじい二人だよな……!」
しばらく考え込んでいたレイピウスが、ふと口を開いた。
「おそらく誠先生は、四天王よりも強いんじゃないか?」
「そうなのか?」
「実際、北の四天王である『豪腕のガルバ様』だって、あの時、先生に気絶させられていたしな」
「それを考えたら……あり得るかもな」
二人は顔を見合わせると、やがて拳を握りしめた。
「俺たちだって、柔道を極めれば強くなれるはずだ」
「そうだよな! 同じ柔道家として、あとは修行あるのみだ!」
二人は、これから始まる厳しい修行に思いを馳せながら、力強く頷いた。
※ ※ ※
魔王城。
魔獣討伐から戻ったイリスは、魔王への報告を終え、退室しようとしていた。
「では、失礼いたします」
「――少し待て、イリス!」
呼び止められ、イリスは振り返った。
「何でございましょう、魔王様?」
すると魔王は、意味ありげな笑みを浮かべながら、突然こんなことを口にした。
「お前たちは、結婚はまだなのか?」
「……え?」
「いやな、二人の間に子ができればと思ってな!」
「――っ!?」
あまりにも突然の話に、イリスは頬を真っ赤に染め、言葉を失った。
「そ、それは……」
しどろもどろになりながら、左手を見つめる。
「ですが……誠から婚約指輪は、いただいております」
そう言って、左手にはめられた指輪をそっと見せた。
それを見た魔王は、ニヤリと笑った。
「そうか、そうか! それなら今度は、誠を少しつついてみるとするかの?」
「…………」
イリスは、それ以上何も答えなかった。
そんな彼女を見ながら、魔王はさらに楽しそうに続ける。
「当然、お前の子なら、いずれ四天王にもなれるだろう。ましてや、誠との子ともなればな!」
「……魔王様、そのような話は……」
「いやあ、将来が楽しみでたまらん!」
魔王は豪快に笑い声を上げた。
「アッハッハッハ!」
(なぜだ……? 魔王様が、我々のことにここまで関心を持っているとは思いもしなかった……)
イリスは心の中でそう呟きながら、深いため息をついた。
「では……今度こそ失礼いたします」
「ああ、またな。イリス!」
イリスは転移用の魔法陣に乗ると、その光に包まれて魔王城を後にした。
そして――自宅へ戻ったのは、それから数時間後のことだった。
※ ※ ※
「誠、実は魔王様に討伐の報告をしてきたのだ!」
「討伐はどうだったんだ?」
誠がコーヒーを飲みながら尋ねる。
「もちろん、見事に成功したぞ。魔獣は瞬殺だ!」
「すごいな。やっぱりイリスは強いんだな」
「ああ。それでな、魔王様が指輪のことを気にしていたよ」
「指輪? 俺も気になってたんだよ」
「魔王様は『婚約指輪だな』と言っていたよ。どうやら、近いうちに誠にも話を聞いてみるつもりらしい」
「何をだ?」
誠が首を傾げる。
「私の攻撃が一瞬で魔獣を蒸発させ、死体すら残らなかったことだ。味方ですら、近くにいれば空気を吸えないほどの熱だったと話しておいたぞ」
「一瞬で蒸発か……」
「ああ。私自身も驚いたくらいだ。だが、そこは隠して『当然だ』という顔をしておいたよ」
「すごいな! 本当にびっくりだよ」
「効力が絶大だっただけに、エネルギーが溜まるまで少し時間を要したがね。あの状況では、それほど問題にはならなかった」
「詠唱時間は?」
「そうだな……一分くらいだったか?」
「それだけでデカい魔獣が蒸発したのか! やっぱりイリスも規格外の魔法使いだな……」
誠はしばらく考え込んだあと、ぽつりと呟いた。
「俺も魔法を使えないものかな?」
「誠だって、すでに使っているじゃないか。練習すれば、もっといろいろできるようになるだろう?」
「俺はステータスウィンドウしか使えないぞ?」
「だから、そのステータスウィンドウを出せること自体が魔法なんだよ!」
「マジでか!? 早く言ってくれよ~!」
「いや、てっきり知っているものだと思っていたぞ」
「イリス、そりゃないだろー! ならさ、どうやって使うのか教えてくれよ」
誠は身を乗り出すようにして尋ねる。
「……あ、でも、このステータスウィンドウのことは誰にも内緒だからな?」
「分かっている。私だけの秘密だろう?」
「そうそう」
イリスは頷くと、誠の顔をじっと見つめた。
「では、誠。ステータスウィンドウを出すとき、どうやって出している?」
「いや……普通に『出ろ』って考えれば出るけど?」
「それだよ!」
イリスは、まるで何かを発見したかのように目を輝かせた。
「『出ろ』と考えるだけで発動するということは、すでに魔力を意識しているということなんだ。指先は魔力を感じ取りやすいから、まずはそこに意識を集中してみるといい。人によっては手のひらのほうが感じやすい場合もあるけどね」
そう言いながら、隣に座っていたイリスが、誠の左手を優しく握った。
「うーん……でも、誠の場合は全身かもしれないな」
「なんでだ?」
「誠の柔道を見ていて、そう思ったんだよ。北の四天王・ガルバを投げ飛ばしたとき、腕や腰に一瞬だけ、何か光のようなものが見えた気がしたんだ」
「無意識に、か?」
「そう。もしかすると、誠は身体を動かすとき、無意識に魔力を流しているのかもしれない」
「それって……無詠唱じゃないのか?」
「あっ! そうかもしれないよ、誠!」
イリスの顔が、ぱっと明るくなる。
「すごいじゃないか!」
「俺……無意識に魔法を使ってたのか?」
誠は、自分の両手を不思議そうに見つめた。
これまでただの「柔道」だと思っていた動きの中に、もしかすると魔力が宿っていたのかもしれない。
誠自身も知らなかった、新たな可能性が見え始めていた。




