第11話 もう一つの対抗戦と、夕暮れの握手
一秒の後、雷鳴のような歓声と拍手が闘技場を揺らした。
イリスは誇らしげに胸を張り、柔道科の生徒たちは「先生ーーーーッ!」と涙を流しながら歓喜の声を上げていた。
誠は勝ち誇ることもなく、静かに闘技場を後にした。去り際、もう一度深く一礼を捧げる。その姿は、指導者としての品格に満ちていた。
控え室に戻った誠を迎えたのは、自分たちの成し遂げた成果と、「柔道」の素晴らしさを誇らしげに語り合う生徒たちの姿だった。
互いの健闘を称え合い、輝かしい笑顔を見せる教え子たちを見つめていると、誠の胸にも温かなものが込み上げてくる。気づけば、視界がじんわりと滲んでいた。
※ ※ ※
やがて大会が終わり、観客や他校の生徒たちが会場から引き上げ、闘技場が静まり返った頃――ようやく、西領地の生徒たちと引率者が到着した。
すでに魔王や他の四天王たちの姿はなかったが、西領地を治める四天王バドリックと、南領地のイリス、そして誠と生徒たちだけは、会場に残って彼らを待っていた。
道中、凄まじい野獣の群れに阻まれ、「不戦敗」という残酷な結果になってしまった。
それでも、苦難を乗り越えてここまで辿り着いた生徒たちに、少しでも実戦の経験を積ませてやりたい。
それが、西の四天王バドリックの切なる願いだった。
「せっかく遠出してきたんだ。俺たちの胸を貸すくらい、いくらでも付き合うさ」
誠と南領地の生徒たちは、その申し出を快く受け入れた。
傾きかけた西日が闘技場を赤く染める中、南と西の生徒たちによる、もう一つの温かな手合わせが静かに始まろうとしていた。
誠がこの手合わせの相手として選んだのは、今回の本戦に出場できなかった柔道科の残り六名。そして同行していた魔法科の補欠二名、剣術科の補欠二名を合わせた、計十名だった。
「お前たちにも、この大舞台の土を踏ませてやりたかったからな」
誠の配慮に、出番はないと思っていた補欠組の生徒たちは、涙ぐみながら意気込んだ。
万が一の怪我に備え、誠は数名のヒーラーにも頭を下げ、居残ってもらっていた。準備は万全だ。
西の領主である四天王バドリックと、誠、イリスが見守る中、静まり返った闘技場に審判の声が響き渡る。
「始めっ!」
審判の声と同時に、西日で赤く染まった石畳の上で、十対十の試合が始まった。
西領地の生徒たちは、道中で凄まじい数の野獣の群れを突破してきただけあり、荒削りながらも野性味あふれる鋭い動きを見せていた。
しかし、南領地の補欠組も負けてはいない。
魔法科と剣術科の補欠生徒たちは、本戦組の凄まじい激闘を特等席で目に焼き付けていた。
相手の詠唱の隙をどう突くか。
相手の間合いをどう潰すか――。
目の前で繰り広げられた実戦のイメージをそのまま身体に反映させ、見事な立ち回りを見せる。
そして、本戦に出場できず悔しい思いを抱えていた柔道科の六名も躍動した。
「はぁッ!」
相手の懐へ鋭く飛び込み、力任せに繰り出された攻撃をいなす。
次の瞬間、相手の身体が宙を舞い、背中から石畳へと叩き落とされた。
日頃の愚直なまでの鍛錬の成果が、夕暮れの闘技場で見事に花開いていた。
※ ※ ※
「……信じられん」
その光景を腕組みしながら見つめていた西の四天王・バドリックが、思わず呟いた。
本戦で優勝したメンバーではない。
目の前にいるのは、いわゆる「補欠」の生徒たちなのだ。
にもかかわらず、一人ひとりが極めて高い実戦力と、相手を敬う確かな礼節を身につけている。
不戦敗となり打ちひしがれていた西領地の生徒たちも、南領地の生徒たちとの真剣で温かな手合わせの中で、いつしか目を輝かせ、全力でぶつかり合っていた。
試合が終わり、互いの健闘を称え合って握手を交わす生徒たち。
その姿を見届けたバドリックは、誠に向かってゆっくりと歩み寄った。
「噂通りの凄まじい指導力だな……山田誠。不戦敗の悔しさを忘れるほど、生徒たちにとって素晴らしい経験になった。心から礼を言う」
バドリックは、溢れんばかりの感謝と敬意を込め、誠に向かって大きな右手を差し出した。
「いえ。西領地の皆さんの諦めない姿勢に、うちの生徒たちも良い刺激を受けました。こちらこそ、ありがとうございました」
誠がその手を握り返す。
ガルバとは対照的な、温かく力強い握手が交わされた。
傾いた西日が生徒たちを優しく照らす中、そこには勝敗を超えた、真の交流が生まれていた。
※ ※ ※
宿屋に帰る頃には、すでにすっかり日も暮れていた。
食堂のテーブルには、時間が経ってすっかり冷めてしまった夕食が並んでいたが、宿の女将は自分のことのように嬉しそうな笑顔で一行を出迎えた。
「優勝、本当におめでとうございます!」
「ありがとうございます! さあ、みんな。気兼ねなく食べるぞ!」
誠の言葉を合図に、生徒たちは一斉にごちそうへと手を伸ばした。
すっかり冷めてしまった料理だった。
それでも、過酷な激闘を終え、確かな達成感を胸に皆で囲む夕食は、どんな高級料理よりも美味しかった。




