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第95話 懐かしの日本の景色

 どこまでも長く続く白壁の塀に囲まれた広大な敷地。

 分厚い木で出来た立派な門をくぐると、丸い飛び石の続く日本庭園のような広い庭があった。ぽつりぽつりと植えられた針葉樹の樹は松に似た見た目をしており、その向こうには大きな庭池が見える。

 その飛び石の続く先、瓦葺きの大きな平屋の建物。これもこちらの世界では初めて見る造りだけど、どう見ても日本家屋にしか見えない。そもそも瓦自体をこの世界に来て初めて見た。


「お帰りなさいませタマキ様。ご当主様が奥でお待ちでございます」


 カラカラカラと小気味いい音のする引き戸を開けると、真っ白な髪と猫耳の女性が、これまた日本にある着物のような浅葱色をした出で立ちで待ち構えていた。


 ご当主様というのが村長(むらおさ)のことだろう。


 庭園を望める廊下を歩いていく。

 長く続く廊下は、いくつもの障子の入った部屋を抜けていく。

 先頭を歩くタマちゃんは屋敷に向かい出してから一言も喋ることはないけど、今までに見た中で一番凛とした態度で歩いている。

 落ち着いた足の運びといい、ピンと伸びた背筋といい、猫背とは?と関係無いことを考えながら、俺はその背中を見つめながら歩いている。ついでに、案内をしてくれている女性の左右にゆらゆらと揺れる尻尾も……。

 気づけば、タマちゃんはいつの間にか1本だけ残していた尻尾も消していた。

 全部しまえるのねそれ。


 俺の後ろでは見るもの全てが珍しいのだろうロリ様が「はぁ…」とか「ふぁ…」とか、振り向かなくても分かるほどにきょろきょろとしている様子。

 中世ヨーロッパのような文化のあるこの世界では珍しいだろうね。

 俺も僅かに香ってきている畳の匂いにどこか心が落ち着くものを感じていた。


「アズキ様。タマキ様とそのお連れの方が到着いたしました」


 案内の女性が両膝をついて障子の向こうに声をかける。


「入りなさい」


 中から涼し気な女性の声が返ってきた。

 女の人?


 案内してくれた女性が両手を添えてすっと障子を開けると、広い座敷の奥に正座で座る長い黒髪の猫獣人の女性。

 さっきのレフティや、この案内してくれた女性が完全に見た目が猫なのに対して、このアズキという人の顔は人間と変わりない。

 頭の上に見える黒い猫耳がなければ普通に人族だと思ってしまうだろう。


 アズキさんはめちゃめちゃ整った顔立ちの美人で、その切れ長の美しい目で正面を真っすぐに見ていた。

 その姿が見えた瞬間、タマちゃんに緊張が走ったのが背中越しに伝わってきた。


 タマちゃんがゆっくりとした動きで中へと入っていき、その女性の前へと進んでいく。

 お母さんがご当主様?

 そういえばさっき母上の下に向かうとか言ってたっけ。

 というか、全然似てなくない?

 タマちゃんはくりくりっとした目の猫顔(?)で、お母さんは鋭い目つきの猫顔(?)。


 タマちゃんのお父さんが待っていると思っていた俺たちはアズキさんを見て一瞬戸惑ったけど、3人で顔を見合わせた後、少しタマちゃんと距離を置くように後について室内へと入っていく。


 タマちゃんはアズキさんから3メートルほど離れた場所にあった座布団の前で止まると、その上に膝を折って正座をし、静かに頭を下げた。


「お母さま。ご無沙汰をいたしております」


 やはりこのアズキという女性がタマちゃんのお母さんのようだ。

 俺たちはどうして良いのか分からなかったので、その様子を少し離れた後ろで立ったまま眺めていた。


「ええ、本当に久しぶり。2年ぶりでしょうか?タマキも息災のようで何よりです。――して、その後ろの方々は?」


 アズキさんは切れ長の目を更に細め、俺たちに鋭い視線を送ってきた。


「こちらの方々は、私の仲間――友人の方々でございます」


「タマキの友人とな?ほお……」


 アズキさんは少しだけ口角を上げながらそう言った。


「ああ、これは失礼をいたしました。どうぞお三方ともお座りくださいませ」


 アズキさんがそう言うと、部屋の隅に控えていた少女のような猫獣人の子が、素早く俺たちの前に座布団を運んできた。


「慣れぬ畳の座敷でございましょうから、お好きに足を崩してくださいね」


 アズキさんは表情を崩し、柔らかい口調でそう言った。


「――失礼いたします」


 俺は一言そう言ってから、座布団の上に正座で座った。

 ロリ様は横に足を崩して、バックスさんは胡坐の姿勢だ。


「ほお……正座しますか」


 アズキさんが俺の方を見ながらぼそりと呟く。


「え?あ、はい。和室ですし、座布団ですし……。えっと……何かまずかったですか?」


「いいえ、気になさらないでください」


 そう言って軽く微笑んだかと思うと、すぐに元のクールな表情に戻る。

 そしてその視線をタマちゃんに向け――


「して、2年前に家を飛び出して以降、これまで何の音沙汰もなかったあなたの今回のこのぶしつけな帰宅。どのようなつもりであるのか聴きましょうか」

 まるで書かれている台詞を読み上げているような、何の感情も感じられない声でそう言った。


「――はい。まずはこれまでの私の不義不徳を深くお詫びいたします。お母様をはじめ、家族の皆様に黙って家を出てしまい本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って頭を下げ続けるタマちゃんを見るアズキさんの表情は全く変わらない。

 そして数秒が経った頃、アズキさんはとんでもないことを言い始めた。


「――タマキ。2年前にあなたがこの屋敷を出て行こうとしていることを私は知っておりました」


「え!?」


 がばっと顔を上げ、耳をぴーんと立てて驚くタマちゃん。

 しかし、アズキさんのその言葉に驚いたのは俺も同じだった。


「全てを知った上で、私はあえてあなたが出ていくのを止めなかったのです。ですから、その事に関してあなたが謝る必要はありません」


「それはどういう――」


――ドタドタドタドタドターーーー!!!


 タマちゃんのその言葉を遮るように、廊下からこちらへ近づいてくるけたたましい足音が聞こえてきた。


 もう悪い予感しかしない……。




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