年明けは夢のようで
-1月-
「あけおめだね!柚子ちゃん!」
「明けましておめでとうございます、愛。早々に年賀状ありがとうね」
「いえいえ!こちらこそです~」
今日から3学期。
1年というのは早いもので、もう後数ヵ月で、小学校の卒業式から丸々1年経つことになる。
「おはよう、柚子ちゃん」
廊下に出ると、真っ先に挨拶をしてくれたのは、由東先生ではなく彼女だった。
「おはようございます…明けましておめでとうございます」
「はい、おめでとうございます。今年もよろしくね」
「はい」
実は、彼女とも年賀状の交換をしたりした。
「そうだ、年賀状ありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」
こうしておけば、きっと卒業しても繋がっていられる。
「井山くん、柚子ちゃん、放課後って少し残れますか?」
体育館から教室へ帰る途中、由東先生に呼び止められた。側にいた明宏もセットだ。……ということは……
「いいですけど。合同学習、ですよね?」
「そうですよ~さすが、察しが良いですね!」
いやだってほら、由東先生が私と明宏をセットで呼ぶ仕事って、それしか思い当たらないでしょ。
「……で、何で俺ら2人だけ?」
「…さあ?」
指示された教室に行く途中、夏々から聞いたのだが、どうやら、他の実行委員は放課後に残れと言われていないらしい。どういうことだろう?
「先生の連絡ミスかしら」
「学年全体でか?」
「う~ん……しっかり者の重野先生が言っていないから、余程の事がない限りこれであってるんじゃない?」
「だよな」
2人で冷静に分析する。
普段は結構な言い合いをする私たち。
でも別に仲が悪いわけではないし、仕事に関しては2人とも、それなりに責任とポリシーを持っている。
言い合う現場を目撃している、坂本先生や彼女は、2人で事を進められるか不安だったみたいだけど、そこはナメられちゃ困る。
何せ付き合いは今年で6年。
啓ちゃんみたいに上手くはいかないけれど、それでもコンビはコンビだ。
「いやぁ、お待たせしました!」
物静かだった部屋に不似合いな、明るく柔らかい声が響く。
由東先生が入ってきた。
「先生、今日って私たち2人だけなんですか?」
「そうですよ~、実行委員長さんと、副委員長さん」
"ねっ?"という感じで、彼は首を傾げた。
美形に属するであろう人だから、本当に様になる。
「今日は僕の提案を、一緒に考えて欲しいんです」
彼女と同じ雰囲気の悪戯笑いを浮かべて、由東先生はまっすぐに私たちを見つめた。
((ピコン
"実行委員の件、なんだった?"
宿題をしていると、夏々からメッセージが届いた。
"オフレコ"
素っ気なく返す。
由東先生の"提案"というのは、今までやって来た発表の仕方をガラリと変えるというものだった。
今までは、各ブロックごとに代表を決め、代表グループが体育館で発表をすることになっていたらしく、今年もそれで行くんだろうと、明宏が予測していた。
どうして明宏が知っていたのかというと、やはり彼は小5・6年生でこのイベントをやっていて、どうして私が知らなかったのかというと、やはりものの見事に覚えていなかったからだ。
ところが、由東先生の提案によると、今年は活動しているクラスで各グループが発表をし、ブースごとに聞きに行く、というものになるんだそう。
全員がたくさんのグループを見られるような工夫。由東先生曰くこの"改革"は、私も明宏も賛成だった。
というわけで決定したのだけど、まだ委員会でおろしていないのでオフレコになっている。
発表順やその他詳細は、由東先生が全部決めてくれるらしいけど、単純計算で1グループ10回、同じ発表を繰り返すことになる。
それを面倒と取るか、改善と取るかは、その人次第だろう。
彼女は見に来るんだろうか。
ふと考えた私は、自分が彼女の前で発表する姿を想像し、なぜか緊張してしまった。
「普段緊張なんてしないじゃん」
1人呟いて首を横に振る。
もうそろそろ、勉強に集中しよう。
「…というわけで、今回の発表は新規のやり方で進行します。何か、質問ある方いますか」
翌日の実行委員会議。
由東先生が作ってくれたプリントを読み、他の実行委員に伝える。
「特にないよ~」
「私も、特にない!」
夏々と桃歌さんが返事をした。
「じゃ、そういうことで。今日は終わりでーす」
明宏が適当に挨拶をする。
今日は由東先生が出張だったため、会議を見守っていてくれたのは彼女だった。
「福原先生、ありがとうございました」
終わってから挨拶に行く。
"いい子に思われたい"とかじゃな
い、"彼女とただ喋りたい"なんて、羽山柚子、なんて不純な動機。
「いえいえ、わざわざありがとうね」
まあ、いいよね。だってこの笑顔が素敵な先生が悪いんだし。
脳内で、全体の3/4の責任を彼女の可愛さに押し付けながら、私も笑顔を作った。
「今日は今から部活?」
「いえ、部活休みなんで帰ります」
美術部は、戸間先生の出張の関係で、毎週木曜日が休みになっている。
「ふーん…じゃあ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「はい、何ですか?」
比較的冷静に訊いたつもりだ。
"はい、何ですか?"はたった一言だし。
だけど、心臓の音が異様に煩い。
彼女からのお願い。お願い?何だろう。
「手伝ってほしいの。荷物置いて、ついて来て」
落ち着け、柚子。
たかだか仕事のお願いでしょ?
普段国語係でやってることと何も変わらないから。
それに私、仕事に私情は挟まない主義なの。
こんなんで動揺しててどうするのよ。
頭の中で動揺して暴れる私を、別の私が宥めている間に、客観的に見る3人目の私が、"早くついて行けよ"と言った。
最もだ。
「大したことじゃないのよ。漢字ノートの提出点検するのに、名前を読んでいってもらいたいだけなんだけど…」
「いえいえ、どうせ暇なんで大丈夫です」
3階の自習スペースで、3クラス分の漢字ノートを間に挟んだ。
「柚子ちゃんは、1学期から由東くんと仲いいわよね」
私が読み上げる生徒の欄に、提出のチェックをつけながら、彼女は唐突に言った。
「そう…ですか?」
「うん、相当」
客観的に見ると、私と由東先生は相当仲が良いらしい。
確かにまあ、私が信頼していてずっと隣にいるというのもあるかもしれない。
休み時間は莉保ちゃんと由東先生と3人で喋るのが常だし、私が素を見せるのも由東先生だけだ。
「現に、ゆとガールって呼ばれてるものね、柚子ちゃん」
「何ですか、それ」
「由東先生お付きのガールって、山原が言ってたわよ」
「夏々……」
由東の頭2文字をとって"ゆとガール"。
彼女の話によれば、学年に広がっているあだ名らしい…本人がその情報を全く知らないんですけど。
「まあでも、残念だったわね」
「な、何がですか?」
「由東くん、既婚者だから」
瞬間、持っていた漢字ノートを床に落とす。
「…知ってましたよ」
何が残念なんだ。
何となく、彼女から誤解を受けているのを感じながら、会話を続ける。
「というか、私はそういう意味で由東先生が好きなわけではないです」
落としたノートを拾って、読み上げた方の積み分に置いた。
もう後1/4で、この仕事も終わりだ。
「あれ?そうなの?」
「はい」
やっぱり。
「そう、ならよかった」
彼女がそう言うのも予測済みだ。
以前、距離感の話で呼び出された時から、彼女が男女間――特に、教師と生徒の――に注意をしていることは分かっていた。
多分私についても、既婚者である由東先生に好意を持っていたら、今後色々と面倒なことになるとでも踏んでいたんだろう。
「ご心配なく。距離感は掴みにくいだけですから」
「それがダメなんだけどね」
2人で笑った。
「…これ、誰かわかりますか」
その後仕事を続け、残り後15人ほどのところで、名前の字が汚なすぎて、私が読めない人が出てきてしまった。
「んーと」
彼女も名簿を見ながら首を捻る。
私の知らない名前が多い。
今数えているのはC組だからだ。
「中身見たら分かるかな」
彼女にノートを渡す。
「…あれ?これ……」
「どうしました?」
「田代のじゃない?A組の」
田代一樹。
根は優しくてとてもいいやつなんだけど、如何せんうちのクラスのワースト1である。性格は割りと丁寧なのに、字は汚ない。
「なんでこんなところに混ざってんだろ」
「大方、授業中に提出できなくて休み時間に出したはいいけど、提出先のボックスを間違えたとか、そんなところじゃないですか?」
「あーなるほどね…あ、しかも落書きしてる」
「え?」
「ほら、ここ」
彼女が田代の漢字ノートを差し出してくる。
字だか絵だか私には判別のつかない文字なのと、私の元々の視力が弱いのもあって、ノートとの距離をかなり詰めないと見えなかった。
「えーと……」
「ここ、ここ」
彼女が落書きを指差す。
「あ、ほんとだ。ありましたね…」
彼女の方に首を向ける。
すると、彼女もこちらを見ていた。
顔と顔のその距離、3㎝あるかないか。
ビックリして少し体を引く。
いつもは微かな花のような甘い香りが、はっきりと、鼻孔をくすぐった。
静かに落ち着いていた心臓が、また速く大きくなっていく。
「ふふ、ビックリした?」
「当たり前ですよ!こんな……」
動揺して言葉が出てこない私を見て、彼女はおかしそうに笑った。
そのまま自分の人差し指を唇へ軽く押し当て、例の美形にしか似合わない小首を傾げるポーズをする。
彼女の微笑みは"妖艶"という言葉を説明しているかのようだった。
「キスできそうな、距離?」
先生、「距離感!」と叫びたいのは、私の方です。




