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12/16

年明けは夢のようで

-1月-


「あけおめだね!柚子ちゃん!」


「明けましておめでとうございます、愛。早々に年賀状ありがとうね」


「いえいえ!こちらこそです~」


今日から3学期。

1年というのは早いもので、もう後数ヵ月で、小学校の卒業式から丸々1年経つことになる。


「おはよう、柚子ちゃん」


廊下に出ると、真っ先に挨拶をしてくれたのは、由東先生ではなく彼女だった。


「おはようございます…明けましておめでとうございます」


「はい、おめでとうございます。今年もよろしくね」


「はい」


実は、彼女とも年賀状の交換をしたりした。


「そうだ、年賀状ありがとうね」


「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」


こうしておけば、きっと卒業しても繋がっていられる。



「井山くん、柚子ちゃん、放課後って少し残れますか?」


体育館から教室へ帰る途中、由東先生に呼び止められた。側にいた明宏もセットだ。……ということは……


「いいですけど。合同学習、ですよね?」


「そうですよ~さすが、察しが良いですね!」


いやだってほら、由東先生が私と明宏をセットで呼ぶ仕事って、それしか思い当たらないでしょ。



「……で、何で俺ら2人だけ?」


「…さあ?」


指示された教室に行く途中、夏々から聞いたのだが、どうやら、他の実行委員は放課後に残れと言われていないらしい。どういうことだろう?


「先生の連絡ミスかしら」


「学年全体でか?」


「う~ん……しっかり者の重野先生が言っていないから、余程の事がない限りこれであってるんじゃない?」


「だよな」


2人で冷静に分析する。


普段は結構な言い合いをする私たち。

でも別に仲が悪いわけではないし、仕事に関しては2人とも、それなりに責任とポリシーを持っている。


言い合う現場を目撃している、坂本先生や彼女は、2人で事を進められるか不安だったみたいだけど、そこはナメられちゃ困る。

何せ付き合いは今年で6年。

啓ちゃんみたいに上手くはいかないけれど、それでもコンビはコンビだ。


「いやぁ、お待たせしました!」


物静かだった部屋に不似合いな、明るく柔らかい声が響く。


由東先生が入ってきた。


「先生、今日って私たち2人だけなんですか?」


「そうですよ~、実行委員長さんと、副委員長さん」


"ねっ?"という感じで、彼は首を傾げた。

美形に属するであろう人だから、本当に様になる。


「今日は僕の提案を、一緒に考えて欲しいんです」


彼女と同じ雰囲気の悪戯笑いを浮かべて、由東先生はまっすぐに私たちを見つめた。



((ピコン

"実行委員の件、なんだった?"


宿題をしていると、夏々からメッセージが届いた。


"オフレコ"


素っ気なく返す。


由東先生の"提案"というのは、今までやって来た発表の仕方をガラリと変えるというものだった。


今までは、各ブロックごとに代表を決め、代表グループが体育館で発表をすることになっていたらしく、今年もそれで行くんだろうと、明宏が予測していた。


どうして明宏が知っていたのかというと、やはり彼は小5・6年生でこのイベントをやっていて、どうして私が知らなかったのかというと、やはりものの見事に覚えていなかったからだ。


ところが、由東先生の提案によると、今年は活動しているクラスで各グループが発表をし、ブースごとに聞きに行く、というものになるんだそう。

全員がたくさんのグループを見られるような工夫。由東先生曰くこの"改革"は、私も明宏も賛成だった。


というわけで決定したのだけど、まだ委員会でおろしていないのでオフレコになっている。


発表順やその他詳細は、由東先生が全部決めてくれるらしいけど、単純計算で1グループ10回、同じ発表を繰り返すことになる。


それを面倒と取るか、改善と取るかは、その人次第だろう。


彼女は見に来るんだろうか。


ふと考えた私は、自分が彼女の前で発表する姿を想像し、なぜか緊張してしまった。


「普段緊張なんてしないじゃん」


1人呟いて首を横に振る。


もうそろそろ、勉強に集中しよう。



「…というわけで、今回の発表は新規のやり方で進行します。何か、質問ある方いますか」


翌日の実行委員会議。


由東先生が作ってくれたプリントを読み、他の実行委員に伝える。


「特にないよ~」


「私も、特にない!」


夏々と桃歌さんが返事をした。


「じゃ、そういうことで。今日は終わりでーす」


明宏が適当に挨拶をする。


今日は由東先生が出張だったため、会議を見守っていてくれたのは彼女だった。


「福原先生、ありがとうございました」


終わってから挨拶に行く。


"いい子に思われたい"とかじゃな

い、"彼女とただ喋りたい"なんて、羽山柚子、なんて不純な動機。


「いえいえ、わざわざありがとうね」


まあ、いいよね。だってこの笑顔が素敵な先生が悪いんだし。


脳内で、全体の3/4の責任を彼女の可愛さに押し付けながら、私も笑顔を作った。


「今日は今から部活?」


「いえ、部活休みなんで帰ります」


美術部は、戸間先生の出張の関係で、毎週木曜日が休みになっている。


「ふーん…じゃあ、ちょっとお願いがあるんだけど」


「はい、何ですか?」


比較的冷静に訊いたつもりだ。

"はい、何ですか?"はたった一言だし。


だけど、心臓の音が異様に煩い。

彼女からのお願い。お願い?何だろう。


「手伝ってほしいの。荷物置いて、ついて来て」


落ち着け、柚子。


たかだか仕事のお願いでしょ?

普段国語係でやってることと何も変わらないから。


それに私、仕事に私情は挟まない主義なの。

こんなんで動揺しててどうするのよ。


頭の中で動揺して暴れる私を、別の私が宥めている間に、客観的に見る3人目の私が、"早くついて行けよ"と言った。


最もだ。



「大したことじゃないのよ。漢字ノートの提出点検するのに、名前を読んでいってもらいたいだけなんだけど…」


「いえいえ、どうせ暇なんで大丈夫です」


3階の自習スペースで、3クラス分の漢字ノートを間に挟んだ。


「柚子ちゃんは、1学期から由東くんと仲いいわよね」


私が読み上げる生徒の欄に、提出のチェックをつけながら、彼女は唐突に言った。


「そう…ですか?」


「うん、相当」


客観的に見ると、私と由東先生は相当仲が良いらしい。


確かにまあ、私が信頼していてずっと隣にいるというのもあるかもしれない。

休み時間は莉保ちゃんと由東先生と3人で喋るのが常だし、私が素を見せるのも由東先生だけだ。


「現に、()()()()()って呼ばれてるものね、柚子ちゃん」


「何ですか、それ」


「由東先生お付きのガールって、山原が言ってたわよ」


「夏々……」


由東の頭2文字をとって"ゆとガール"。

彼女の話によれば、学年に広がっているあだ名らしい…本人がその情報を全く知らないんですけど。


「まあでも、残念だったわね」


「な、何がですか?」


「由東くん、既婚者だから」


瞬間、持っていた漢字ノートを床に落とす。


「…知ってましたよ」


何が残念なんだ。


何となく、彼女から誤解を受けているのを感じながら、会話を続ける。


「というか、私はそういう意味で由東先生が好きなわけではないです」


落としたノートを拾って、読み上げた方の積み分に置いた。


もう後1/4で、この仕事も終わりだ。


「あれ?そうなの?」


「はい」


やっぱり。


「そう、ならよかった」


彼女がそう言うのも予測済みだ。

以前、距離感の話で呼び出された時から、彼女が男女間――特に、教師と生徒の――に注意をしていることは分かっていた。


多分私についても、既婚者である由東先生に好意を持っていたら、今後色々と面倒なことになるとでも踏んでいたんだろう。


「ご心配なく。距離感は掴みにくいだけですから」


「それがダメなんだけどね」


2人で笑った。


「…これ、誰かわかりますか」


その後仕事を続け、残り後15人ほどのところで、名前の字が汚なすぎて、私が読めない人が出てきてしまった。


「んーと」


彼女も名簿を見ながら首を捻る。


私の知らない名前が多い。

今数えているのはC組だからだ。


「中身見たら分かるかな」


彼女にノートを渡す。


「…あれ?これ……」


「どうしました?」


「田代のじゃない?A組の」


田代一樹(たしろかずき)

根は優しくてとてもいいやつなんだけど、如何せんうちのクラスのワースト1である。性格は割りと丁寧なのに、字は汚ない。


「なんでこんなところに混ざってんだろ」


「大方、授業中に提出できなくて休み時間に出したはいいけど、提出先のボックスを間違えたとか、そんなところじゃないですか?」


「あーなるほどね…あ、しかも落書きしてる」


「え?」


「ほら、ここ」


彼女が田代の漢字ノートを差し出してくる。


字だか絵だか私には判別のつかない文字なのと、私の元々の視力が弱いのもあって、ノートとの距離をかなり詰めないと見えなかった。


「えーと……」


「ここ、ここ」


彼女が落書きを指差す。


「あ、ほんとだ。ありましたね…」


彼女の方に首を向ける。

すると、彼女もこちらを見ていた。


顔と顔のその距離、3㎝あるかないか。


ビックリして少し体を引く。


いつもは微かな花のような甘い香りが、はっきりと、鼻孔をくすぐった。


静かに落ち着いていた心臓が、また速く大きくなっていく。


「ふふ、ビックリした?」


「当たり前ですよ!こんな……」


動揺して言葉が出てこない私を見て、彼女はおかしそうに笑った。


そのまま自分の人差し指を唇へ軽く押し当て、例の美形にしか似合わない小首を傾げるポーズをする。

彼女の微笑みは"妖艶"という言葉を説明しているかのようだった。


「キスできそうな、距離?」


先生、「距離感!」と叫びたいのは、私の方です。

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