甘く優しい籠の中 6
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それから、お兄様は仕事に戻って行った。
どうやらダイアナがわたしがショックを受けて倒れたなんて大袈裟な報告をお兄様にしたみたいで、お兄様ったら仕事を途中で放りだして駆けつけてくれたみたいよ。
毎回それをされると宰相や大臣たちにとっても申し訳なくなるから、わたしはお兄様が駆けつけてくるような理由は絶対に作らないようにしようと心に決めたわ。
お兄様の気持ちがわかったからか、わたしはとても気分が落ち着いて、ダイアナと共に今後の話を聞いた。
わたしの人質期間が終わったから、近く、ノウェスナー国からお父様とお母様がやって来るんですって。
その時に婚約式をすませて、一年の準備期間を取って、来年の今頃にお兄様と結婚式を挙げる予定だそうよ。
結婚前の男女が同じ部屋を使うのは問題ではないかしらと思ったんだけど、わたしが城から逃げ出したことで警戒したお兄様の決定だから覆らないんですって。
わたしがいなくなったことでお兄様が精神的に不安定になって荒れたから、できれば諦めてこのまま同じ部屋を使ってあげてくださいとダイアナにまで説得されてしまったわ。
……大袈裟……ってわけでもないんでしょうね。
ダイアナによると、お兄様ってばわたしが拒絶したら本気で閉じ込めるつもりでいたらしいのよ。
びっくりしたわ。物理的に無理だと思うんだけど、周囲の反対を押し切って王妃の部屋の窓に全部鉄格子をはめようとしていたんですって。
計画段階で宰相たちが止めていなかったら、すでに鉄格子がはまっていたかもなんてダイアナが真顔で言うものだから唖然としてしまったわ。
ダイアナが申し訳なさそうな顔で繰り返し。
『あのくそったれ陛下はカレン様に対する執着がヤバいので本音を言えば「カレン様逃げて!」と叫びたいところですが、カレン様がいなかったら間違いなくこの国が崩壊しますので……申し訳ございません。わたくしにできる限りのことはしますので、諦めてあのくそったれ陛下に囚われてくださいませ』
どうでもいいけど、ダイアナの中でお兄様の呼び名は「くそったれ陛下」に落ち着いたのかしら。外聞がよろしくないからその呼び方はやめた方がいいと思うのだけど。不敬罪とかになりそうだし。
それに、執着というのなら、わたしも負けていないと思うのよね。
だって、お兄様にすっごく依存している自覚があるもの。
あと……ちょっとだけね、お兄様がそれほどわたしに執着してくれるのは、嬉しいわなんて思ってしまうのよね。
だから、お互い大概なのよ。
お兄様は国王で、わたしは隣国の王女で未来の王妃なら、二人きりの世界に籠るなんて不可能だけど、お兄様だけの世界に囚われるのも悪くないわなんて、思ってしまうんだもの。
もちろん、ダイアナやイヴリン先生、ダーラに会えなくなるのも寂しいから、ほんのちょっとだけ……なんだけどね。
ダイアナとそんな話をしているうちに夜になって、お兄様と部屋で食事を取って寝支度を整えると、当たり前のように同じベッドに横になった。
ちらっと、結婚前なのになんて思ったけど、やっぱりいまさらなのよね。
お兄様の腕に抱き込まれて、だけど、今日両想いになったばかりだからかドキドキしすぎて寝付けないから、久しぶりにお兄様とたくさんお話しすることにしたわ。
聞きたいこともたくさんあるもの。
「お兄様、わたし、王都に戻ってから離宮にいたので外のことがわからないのですけど、あの……ラングトン公爵家やその派閥は、どうなったのでしょうか?」
グラッドウィン殿下とラングトン公爵家派閥の策略でわたしがお城から出たのだから、お兄様がそのまま無罪放免にするとは思えなかった。
聞くのが怖いような気もするけれど、未来の王妃になる以上きちんと把握しておかなければならない事柄だと思うので、わたしは覚悟を決める。
お兄様はわたしの髪を指先に巻き付けたり、梳くように撫でたりして遊びながら、何でもないことのように答えた。
「ラングトン公爵家はもうないぞ。当主は処刑したし、家は取り潰しにして他の者は鉱山送りにしてやった。あと派閥の連中もその罪の大小によって処罰している。まあ、派閥内でもとりあえず権力にくっついておこうという金魚の糞連中もいたからな。罪に加担していないものは罰金程度で許したが」
「……え?」
今、処刑したって言ったかした?
家を、取り潰したって言ったかしら?
耳がおかしくなったのかと思って首を傾げていると、お兄様が一つ嘆息した。
「本当は禍根が残らないように全員処刑してやりたかったが、宰相が逆に禍根が残るからやめろというので諦めた。宰相には今後もいろいろ都合をつけてもらいたいからな。無理を通さない方がいいだろう。カレンも不満が残るだろうが許してくれ」
「い、いえ、不満なんて」
むしろ重すぎる罪にびっくりである。
「あ、あの、じゃあ……グラッドウィン殿下は……」
ラングトン公爵が処刑なので、グラッドウィン殿下に何もないとは思えない。
ますます聞くのが怖くなったけれど、わたしが頑張って訊ねれば、お兄様が楽しそうな顔で笑った。
「身分を剥奪して幽閉だ。裏でグラッドウィンとこそこそしていた母上もな。あの二人こそ息の根を止めてやりたかったが、身内に残虐な処罰をするのはのちのち問題になると言われたから諦めた」
「……諦めた」
諦めて幽閉なのね。
いえ、お兄様の決定だもの、何も言わないわ。
でも、そっか。予想はしていたけれど、わたし、グラッドウィン殿下たちにそこまで疎まれていたのね。
「カレンが同情する必要はない。グラッドウィンの尋問途中で判明したことだが、あいつの部屋から私を亡き者にする計画の証拠も出てきた。まあ、未遂なのだが。母上と共謀し王位簒奪も目論んでいたようだから、どちらにしても無罪放免とはいかない。計画を実行する前だから処刑にはしなかったが、もし実行に移していたら弟であっても間違いなく処刑だった。宰相は計画前でよかったと安堵していたが、私としては実行に移した後の方が心置きなく処刑できてよかったな」
アーネストお兄様とグラッドウィン殿下の仲が良くないのは知っていたけれど、表情を変えずに処刑なんて言えるほどお兄様はグラッドウィン殿下が嫌いだったのね。まあ、お兄様の殺害計画なんて立てるくらいだから、グラッドウィン殿下もそうだったのでしょうけど。
……家族を簡単に切り捨てるお兄様は、もしかしたら家族と言うものにそれほど執着していないのかもしれないわ。
だとしたら、遠くない未来で、わたしとの間に家族ができたらどうするのかしら。
お兄様は我が子にも冷めた態度なのかしら。
それはとっても悲しいけれど、わたしはどうしたらいい?
子供ができる前からそんな心配をしてしまうわたしは、気が早いのかしら。
「どうした?」
「いえ、ええっと……。あの、お兄様は子供は好きですか?」
「好きでも嫌いでもどっちでもないが……ああ、そういうことか」
お兄様は怪訝そうな顔から途端に笑顔に変わると、わたしの額に口づけを落とす。
「おかしな心配をしなくても、カレンの子なら大切にするに決まっている。よその子供はどうでもいいが、カレンが命がけで生んだ子を大切にしないはずが……いや待ってくれ」
お兄様は笑顔から今度は真顔になった。
「そうか、命がけで生むのか。それなら別に子供はいなくても……ああでも跡取りが。くそっ、私にもう一人弟か妹がいればよかったな。いっそ遠縁から養子でもとるか。今から唾でもつけて置くかな」
どうしましょう、なんだかお兄様が暴走をはじめたわ。
あと、わたし、幼い頃に人質になったせいで家族との縁が薄かったから、自分の家族が欲しいわ。
わたしは、くいっとお兄様の服の裾を引っ張った。
「あの、お兄様。わたしは子供、ほしいです」
「いやだが、カレンにもしものことがあったら……」
「大丈夫ですよ、モーガン先生は優秀ですから」
「カレン、モーガンは医者だが産婆じゃない。そもそも男だから出産時に部屋には入れない。……ちょっと待て。そうか、男は出産時に部屋に入れないのか。私が入れないではないか。先にこっちの法改正が必要だな。あとは、今から国内で一番優秀な産婆を探しておこう」
だからお兄様、暴走しすぎだと思います。
そして、今日のお兄様はとってもくるくると表情が変わるわ。まるで百面相ね。
「お兄様、今から婚約して来年結婚ですから、子供の心配をするのは二年は早いと思います」
「よし、明日結婚式をしよう」
「お兄様⁉」
ギョッとすると、お兄様がぷっと噴き出してわたしのつむじに顎を寄せる。
「さすがに明日は早いか。だが、一年……私は耐えられるだろうか」
「準備をしていたら一年はあっという間ですよ」
「そう言う意味じゃないんだ。……まあ、最後まで手を出さなければいいんだよな」
お兄様が何やらわたしの頭のてっぺんでぶつぶつ言い出した。
と思うと、ころん、とわたしを転がしてのしかかって来る。
そして――
「カレン……」
甘く囁きながらわたしの口元に唇を寄せてきたので、わたしはハッとしてお兄様の口を両手でふさいだわ。
むっと眉を寄せたお兄様に、わたしもむっと眉を寄せて言う。
「お兄様、わたし、ファーストキスは婚約式がいいのです。とっても素敵な思い出になると思うので」
するとお兄様は目を見開いた後で真っ赤になって、そのままわたしをぎゅうぎゅうに抱きしめて黙り込んでしまった。
……わたし、また何か間違えたのかしら?
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