甘く優しい籠の中 5
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……わたしが、お兄様の妃?
思考停止したわたしが微動だにしなかったため、大慌てしたダイアナによってわたしは半ば強引にベッドに押し込まれた。どうやらショックを受けて気絶しかけたと思われたらしい。
……違うんだけど、ちょっと静かに考えたいからちょうどいいわね。
わたしの部屋にベッドはないため、わたしが押し込まれたのはお兄様と共用の大きなベッドである。
天蓋を下ろせば完全に一人きりの空間になるので、わたしは天井を見上げて停止していた思考をゆっくりと動かした。
まず、大前提だけど、わたしはお兄様が大好きだ。
でもお兄様は、わたしのことを妹のようにしか思っていないから、この恋心は封印しておかなければならないと思っていた。
……だけど、妃って言うことは、お兄様も憎からずわたしを思っていてくれたってことかしら?
それとも、国同士の関係を鑑みると、わたしを娶った方が都合がいいと判断したのかしら。
お兄様の口から何も聞かされていないからわからない。
でも、本来王妃が使う部屋に案内されて、こうしてお兄様と共用のベッド――結婚したら、夫婦のベッドと呼ばれるものに寝かされている時点で、周囲はわたしを未来の王妃と認定しているってことよね?
お城に戻った時にやたらと注目されたのは、わたしがまだこの国にいたからではなくて、わたしが王妃に内定したからってことかしら?
王妃に内定ってことは、お父様たちにも連絡が行っているのよね?
国同士の問題だもの、ノウェスナー国に黙って結婚の話をすすめられるはずがないわ。
第一、結婚の前には婚約があるもの。まずは婚約を整えることからで、それはノウェスナー国にいるお父様の承認がないと無理な話なのよ。
フェアクロフト国側は、お兄様が国王陛下だからお兄様の承認でどうとでもなるんでしょうけど――とはいえ、重鎮に黙って勝手に進められないと思うから、そちらの承認もいるとは思うけれど――ノウェスナー国に黙ってわたしを妃にしたら、それはわたしが拉致されたのと同じような意味合いになるものね。
それはとっても問題だから、お兄様がノウェスナー国を無視して話をすすめたとは考えられない。
……わたし、なんにも聞かされていなかったんだけど?
わたしも当事者のはずなのに、蚊帳の外なのは何故かしら。
「もしかして……わたしが、お兄様に黙ってお城から逃げ出しちゃったから?」
お兄様は機を見て話すつもりだったのかもしれない。
だけどその前にわたしが出て行っちゃったんだわ。
……あら? でもそうだとしたら、グラッドウィン殿下に言われたお話に矛盾が生じるわね。
グラッドウィン殿下は、お兄様の結婚にわたしが邪魔だと言っていたもの。
わたしがいるからお兄様が結婚できないって――待って、そういうこと?
……わたしがいるからっていうのは、わたしがお兄様の妃にって話が出ているから、ラングトン公爵家派閥から妃が出せないって言う意味だったのかもしれないわ。
だとしたらすべてが納得できる。
ラングトン公爵家派閥にとっても、グラッドウィン殿下にとっても、わたしは邪魔だったのよ。
でもその邪魔は、この国にとっての邪魔ではなく、殿下たちにとって邪魔だったってことだわ。
だとしたら、わたしが気を失う前に不審な男たちが部屋に侵入してきたのも納得よ。
わたしの存在が邪魔だから、消し去ってしまおうと思ったんだわ。
……なんてことかしら。
そうとは知らず、わたしは「両国のため」なんて勘違いして、勝手にここから出て行ってしまったんだわ。お兄様が怒るはずよ。
「ごめんなさい、お兄様……」
わたしがぽそりとつぶやいた瞬間、ベッドの天蓋が勢いよく開けられた。
そこには焦ったような、それでいて怒っているような顔のお兄様がいて、わたしは目をぱちくりとさせてしまう。
「お兄様?」
「カレン、ごめんなさいとはどういうことだ。まさかまた勝手に逃げ出そうと考えているわけではないだろうな」
お兄様がベッドに片膝を乗り上げてわたしの両脇に手を置いた。
盛大な勘違いをさせてしまったみたいなので、わたしは慌てて首を横に振る。
「違います。そうじゃなくて……あの、さっき、ダイアナからわたしとお兄様の結婚の話が出ていると聞いて……」
「それで逃げたくなったのか」
「だから、違いますってば!」
お兄様って、こんなに人の話を聞かない人だったかしら。
違和感を覚えてしまうけれど、お兄様の真剣な顔を見たら何も言えなくなる。
だって、わたし、この表情を知っている気がするの。
大好きで大好きで、お兄様に恋焦がれてどうしようもない、鏡に映ったわたしの表情と、そっくりだわ。
……もしかして、お兄様は。
わたしの鼓動が、少しずつ早くなる。
自意識過剰な考え方かもしれない。
だけど、そう考えると、なんだかしっくりくるの。
「お兄様は……わたしのことが、好き、なのでしょうか」
否定されるのが恐ろしくて、小さな小さな声で囁くように訊ねたのだけど、お兄様はわたしの上に乗り上げたまま愕然と目を見張った。
「まさかカレン、気づいていなかったのか」
……ああ。
どうしよう。
ドキドキしていた鼓動が今度は震えはじめて、我慢できずに目に涙の膜が張る。
お兄様が痛そうに眉を寄せた。
「すまないがカレン、どれだけ泣かれてももう手放してやれない。諦めて私のものになってくれ」
違う、そうじゃないの。
わたしはふるふると首を横に振る。
どうしてだろう。
お互いこんなにも……お互いがお互いの一番近くにいたのに、どうしてわたしとお兄様は、一番近くにいた人間の心がわからなかったのかしら。
わたしはお兄様の。
お兄様はわたしの。
互いに向けあっていた感情を、どうしてまったく別のものだと勘違いしていたのかしら。
きっとこれは、近くにいすぎたゆえに弊害なのかもしれない。
近すぎたから、わからなかったのだろう。
わたしはそろそろと腕を伸ばしてお兄様の頬に触れる。
お兄様がびっくりした顔になった。
それはそうかもしれない。
だってわたし、今までこうしてお兄様の頬に触れたことはなかったもの。
お兄様と呼んで慕いつつも、不用意に触れて拒絶されるのが怖くて、自分から触れに行くことができなかったんだもの。
わたしが頬を撫でても、お兄様はされるままになってくれる。
国のためとかお兄様のためとか、いろいろ理由をつけてお兄様を諦めようと頑張って来たけれど、もうそんなことはしなくてもいいんだわ。
「お兄様……」
ぽろりと零れ落ちた涙を、お兄様が指の腹で拭ってくれた。
その手つきが優しくて、わたしに勇気をくれる。
「……大好き」
そう告げた瞬間、お兄様はがくりとわたしの上に崩れ落ちてきて、そのまま、苦しいくらいに抱きしめられた。
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