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人質王女は幼馴染の国王の執着から逃れられない  作者: 狭山ひびき


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10/15

お兄様の婚約者候補 1

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 わたしがお城に移って、あと数か月で二年になる。


 春――


 あと二か月で、わたしの十八歳の誕生日だ。

 わたしが人質になったのは八歳の秋だから、今年の秋、わたしは人質として定められていた十年の期間を終える。

 このおよそ二年でわたしの身長はちょっと伸びて、顔立ちも少しだけ大人びた。

 自分では大人びたかどうかはよくわからないのだけど、ダイアナがそう言うからそうなのだろう。

 最初の頃は肩や背中、胸元が開いているドレスに反対していたアーネストお兄様も、さすがにこの年になったら何も言わなくなった。

 ただ、部屋から出るときは必ずお兄様が一緒でなければならないという変なルールは追加されたけれど。


 ……まあ、わたしはほとんど部屋から出ないし、いいんだけどね。


 アーネストお兄様が国王になって、わたしを見る目はだいぶ優しいものになったけれど、それでも元敵国の王女に対して嫌悪感を抱く人は大勢いる。

 だから、わたしは用事がなければ部屋の外には出ない。

 そんなわたしを気遣ってか、お兄様がたまにお庭に散歩に誘ってくれたり、図書室に連れて行ってくれたりするんだけど、部屋の外に出ると言ったら、夕食の時以外ではそのくらいね。

 だから、お兄様の変なルールがなくても、わたしはお兄様がいないときに一人でふらふらと部屋の外に出ることはないのよね。


「はい、結構です。法律も完璧に覚えられましたね。カレン王女殿下は非常に優秀ですわ」


 イヴリン先生がそう言って分厚い法律書をぱたんと閉じた。

 あれからイヴリン先生の授業は続いているけれど、学んでいることは少しずつ変化している。というのも、最初に予定していた福祉関連や税務関連のお勉強は十七歳になる前に終わってしまって、今度は法律と地理のお勉強がはじまったのよね。地理は国内だけじゃなくて大陸全土だから、覚えるのがなかなか大変だけど、どの国に何があるのかが知れてとっても楽しいわ。

 法律は手こずったけれど、ダイアナから、法律をしっかり学んでおけばアーネストお兄様の役に立つと言われたから頑張っている。


 ……ノウェスナー国に戻った暁には、フェアクロフト国との関係改善の橋渡しにってことかしらね? だからフェアクロフト国の法律もしっかり覚えておかないといけないのね。


 人質期間が終わったらお兄様との縁も切れるのかしらと寂しく思っていたわたしだけど、ノウェスナー国に戻った後もお兄様の役に立てることがあるのなら頑張るわ。


「それにしても、カレン王女殿下は年を経るごとに気品が増しますわね。早く社交界にお披露目なさればいいのに……」


 まあ、イヴリン先生ってばお上手ね。でも、社交界にお披露目って何かしら?

 わたし、デビュタントには参加していないし、社交パーティーにも出たことはないわ。

 すると、わたしとイヴリン先生のためにティーセットを用意していたダイアナが疲れたような顔で息をつく。


「ぜひ陛下におっしゃってください。宝石ではないんですから、宝物庫に閉じ込めるようなことはなさらないように、と」

「以前から思っておりましたけど、陛下はなかなか狭量ですわね」

「なかなかではなくかなり狭量です。もっといえば束縛体質で一歩間違えれば犯罪です」


 ダイアナがよくわからないことを言っているわ。

 まあ、お兄様はたまに子供っぽいところがあるけれど、狭量というわけではないと思うの。

 束縛体質というのもわからないし、犯罪って何のことかしら?

 首を傾げていると、ダイアナがわたしの前にティーカップを差し出しながら。


「まあ、ご本人様は閉じ込められている認識はなさそうなので、それだけが救いなのですが」

「本当に、カレン王女殿下でなければ発狂……いえ、激怒していてもおかしくありませんわね」


 はっきょう?

 何のことかしら?


「ですが、ここまで外部との接触を断たれたままでは、カレン王女殿下の今後によくありません。少しずつでも表に出していただかなくてはなりませんね」

「ひと悶着ありそうですね」

「ええ、まったく……」


 イヴリン先生とダイアナがわかり合った顔をいて頷いている。

 わたし一人わからないんだけど……のけ者にされているみたいでちょっと寂しいわ。


「カレン様。今日はレモンのタルトですよ。お好きでしょう?」

「ありがとう、ダイアナ」


 レモンのタルトは、甘いんだけどさっぱりしていて、紅茶にとってもよく合うの。

 休憩時間のティータイムを楽しんでいると、噂をすれば陰とでもいうのかしら。アーネストお兄様がやってきた。


「ちょうど休憩か? タイミングがよかったな。私も混ぜてくれ」

「狙ってやってきておいてどの口が言うんですか。どうせ、カレン様の部屋にティーセットが運ばれたら知らせるように言っているんでしょう?」

「少し黙ろうかダイアナ」


 アーネストお兄様がじろりとダイアナを睨みつける。

 お兄様はわたしが座っている二人掛けのソファにやって来ると、わたしにぴったりとくっついて座った。自然な動作でわたしの肩に手を回す。

 つい先日二十一歳になったお兄様はちょっと精悍さを増したように思うわ。たまに寄る眉間の皺が以前より深くなった気がするの。国王陛下というお仕事は大変なのね。


「ちょうどよかったですわ、陛下。カレン王女殿下の社交デビューについて話していたのですが、いつがよろしいかしら?」

「必要ない」


 イヴリン先生の提案を、お兄様が一考の余地もなく一蹴する。

 だけど、イヴリン先生は笑みを深めて続けた。


「カレン王女殿下がフェアクロフト国に滞在しなければならないのは、あと半年。その後、ノウェスナー国にお帰りになるにしても、一度もお披露目もなく終わるのはどうかと思いますわ。もちろん、ノウェスナー国にお帰りにならないのであれば、もっと問題になるでしょう。相応のお披露目の場を用意していただかないと」


 するとお兄様は仏頂面になってレモンのタルトをフォークで一口切り分けると、無言でわたしの口元に近づけた。

 つんつんと唇をつつくので、口をあけろと言うことらしい。


 ……お兄様。そんなことをしても、イヴリン先生のお話をなかったことにはできないと思いますよ?


 わたしが素直に口を開けると、爽やかなレモンの香りのするタルトが口の中に入れられる。

 レモンとカスタードクリーム、そしてタルトのクッキー生地が口の中でとっても素敵なハーモニーを奏でてくれるけれど……お兄様? イヴリン先生の笑顔がどんどん深まっていきますよ。深まりすぎてなんだか怖いです。


「つまり陛下は、今後ノウェスナー国と交流をするつもりはないということですわね。せっかく十年もこの国にいてくださったカレン王女殿下があまりにもお可哀想ですが、秋以降国交を完全に絶つという陛下の決定であれば、臣下として従わざるを得ないでしょう」

「待て、どうしてそうなる! 勝手に決めるな!」

「違うのであれば、カレン王女殿下のお披露目を。近いうちに」


 いつの間にかイヴリン先生の後ろに立ったダイアナも、うんうんと大きく頷いている。

 わたしは正直どっちでもよかったんだけど、わたしのお披露目がないと秋以降ノウェスナー国とフェアクロフト国の国交が断絶されるというのなら、わたしはお披露目がしたいわ。だって、秋以降アーネストお兄様との縁がぷつっと切れて永遠に手紙すら書けないなんてことになるのは悲しすぎるもの。

 お兄様はしばらくむすっとした顔で黙り込んでいたけれど、軍配はイヴリン先生とダイアナに上がったみたいよ。

 しばらく無言の抵抗を続けながらわたしの口にせっせとレモンタルトを運んでいたお兄様は、タルトがなくなる頃に、ものすごく嫌そうな顔で言った。


「……わかった。考えておく。それでいいんだな」


 イヴリン先生とダイアナが、ハイタッチをした。


「「ええ、それでよいのです」」





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