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黒瀬によれば、これは純愛らしい。  作者: 柊ナツキ
第4章『セフレ以上、その他未満』

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第5話 昼、屋上で密会

「……ここ意外と風が強くて寒いんだな」


 地獄のディベートから一夜明けた、昼休み。

 佐伯は呼び出された理学部棟の屋上で腕を組んでいた。


 一昨日はラブホ前から逃走。昨日はタクシー代1500円を払い、講義中には否定側へ亡命。

 あれだけ譲歩したのに、今日は屋上へ呼び出しである。


(いつ終わるんだよ、この追加請求)


 フェンスの向こうでは真昼の空が腹立たしいほど晴れている。佐伯は風を避けながら屋上出入口の壁際へ移った。

 その隣で、鉄扉がガチャリと開く。


「佐伯まさき。呼び出して申し訳ない」


 白衣を羽織った黒瀬が現れた。顔だけ見れば大学案内の表紙。用件はどう考えても裏社会である。


「何の用? 俺、昨日ちゃんと否定側に移ったよね。座席変更だけじゃ足りなかった?」


「変わったのは席だけだ。『ホテルはまた今度』という発言は撤回されていない」


 佐伯は開いた扉へ身体を滑り込ませようとした。その進路へ、黒瀬が一歩入る。


 バン、と耳の横で音が鳴る。


 屋上出入口の脇。佐伯の背中が壁に触れ、その横に黒瀬の手がついていた。逃げようとした足を止め、佐伯は目の前の顔を見上げる。


「ホストより距離詰めるの上手いね。まだ初回なんだけど」


「ふざけずに聞いて」


「聞く聞く。顔が近いと内容入ってこないから、ちょっと下がってくれる?」


 黒瀬は下がらない。


(あ、これ冗談通じない日だ)


 日によって通じたことがあるような言い方を、頭の中でしてしまった。


「単刀直入に言うけど、めるをホテルに誘うのはもうやめてほしい」


「律儀だねぇ。昨日の自分の発言なんか半分くらい覚えてないわ」


 佐伯は薄く笑ったまま、壁についている腕へ目をやった。退いてくれる気配はない。


「で、それはお願い? 命令?」


「君の自主的な判断を求めている」


 佐伯は肩をすくめた。肩まで壁に当たって、思ったほど格好はつかなかった。


「俺の予定、橘よりお前の方が気にしてんじゃん。次に遊ぶかどうかは俺と橘が決めることでしょ」


「佐伯まさき」


「はいはい。怖い名前の呼び方すんなって」


 笑ってみせても黒瀬の表情は変わらない。佐伯は息を吐いた。


「......つーかさ。その顔で、その距離まで来れるのに、何で橘には普通に『俺と遊ぼう』って言わないの?」


「僕は君より何度も彼女を誘っている」


「じゃあ断られたらまた別の日に誘えば?」


「僕は、そう簡単には切り替えられない」


 佐伯は笑うのをやめた。ほんの一瞬だけ。


「……そっか。お前、一回断られるだけで済まないんだ」


 壁についていた指がわずかに動いた。


「何が言いたいの?」


「別に。俺に断らせない練習しても橘の返事は変わんないよってだけ」


「君に僕たちの何が分かる」


「何も。だから二人でやってよ。俺を壁に飾ってないでさ。この壁ドンは橘にやれば? 少なくとも俺より喜ぶ可能性あるよ」


「彼女には選ぶ権利がある」


「俺にもあるんだけど。昨日の授業、女の子限定だった?」


 黒瀬はしばらく佐伯を見つめていた。やがて、ゆっくりと腕を下ろす。

 佐伯はすぐに一歩離れた。笑顔を保つにも適切な距離というものがある。


「今日はこっちから誘う予定はないよ。今日の分だけ。それで勘弁して」


「……今日は、だね」


「カレンダーに勝った日として記録すんなよ。じゃ、お疲れ。昼飯まだなんだわ」


 勝手に生涯契約へと話を広げられる前に、佐伯は鉄扉を開けた。踊り場を曲がって黒瀬から見えなくなったところで、ようやく口元の笑いを外す。


「……いや重っ。あれ毎日相手してんの、橘やっぱすげぇ」


 ポケットからスマートフォンを取り出しかけ、やめた。

 今日くらいは、別の友達と飯を食おう。


 ◇◇


 それから十分ほどして、講義棟一階の廊下。


「じゃあ店いくつか探して送るね」


「おけー。高いとこじゃなくていいよ。普通に肉食いたい」


 橋本けんたは橘と向かい合って食事の打診をしていた。昨日の誘いを、冗談だったことにされる前に確認したかったのだ。


 結果、肉である。断られるどころか食べたいものまで出てきた。


(……これ普通に行けるやつじゃん)


「焼肉とか?」


「あり。じゃ、すみれ待たせてるから私もう行くわ」


「了解。また連絡する」


 橘が片手を上げ、ガラス扉の向こうへ出ていく。橋本も手を振り返した。姿が見えなくなってから、ようやく口元を緩める。


 昨日は黒瀬に睨まれ、発言に納税証明書まで要求されたが、誘ってみるものである。何もしなければ何も始まらない。恋愛には多少の勇気も必要だ。


「楽しそうだね、橋本けんた」


 振り向くと、勇気の代償が白衣を着て立っていた。


「……あ、黒瀬君。お疲れ」


「めると何を話していたの?」


「ご飯の店。昨日、行こうって話になったから」


 黒瀬は答えなかった。橘が出ていったガラス扉へ一度視線を向け、それから橋本を見る。


「今から少し時間をもらえる?」


「昨日のディベートの話?」


「その続きだよ。屋上に来て。人に聞かれると君も話しにくいだろうから」


(俺、何を自白する予定になってんの?)


 橋本は廊下を見回した。購買の袋を持った学生たちが、二人の横を通り過ぎていく。


「俺は別に、ここでもいいけど」


「僕はよくない」


 一般論にする気が、昨日よりなくなっていた。


 黒瀬が階段の方へ身体を向ける。数歩進んだところで立ち止まり、振り返って橋本を見た。


「来ないの?」


 その顔を見て、橋本は少しむっとした。

 橘の彼氏でもない男に、食事の約束をするたびに睨まれる筋合いはない。ここで逃げたら、昨日の「男の包容力」まで口先だけになる。


「……行くよ。俺も、ちょっと言いたいことあるし」


「よかった。佐伯まさきの時は、途中で話が終わってしまったから」


(あいつ、今日も何かあったのかよ)


 橋本は鞄の紐を肩に掛け直した。

 言いたいことは決まっている。橘を飯に誘うのに、黒瀬の許可はいらない。


 この時点ではまだ、橋本の好みは顔より胸だった。

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― 新着の感想 ―
読了しました!! 黒瀬目線で考えれば心労が絶えない……。 佐伯に今後も黒瀬フィールド(強化版)が纏わりつきそうですね。 黒瀬の重さを理解出来るのは、それを全て受け流すめるさんしか……次回も楽しみです…
じぇにがちゃんと男ども一人ひとりに詰めに行ってるのがよきです笑 コメディに振り切ってることが多かったけど、久しぶりにじぇにの愛の重さを感じてちょっとキュンとしました!
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