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Ex. 僕らのその後と、みんなのお話 その4



 その夜。

 僕らはおばちゃんに頼まれて、男への食事を運ぶことになった。

 

 男は集落の外れの木に縛りつけられていて、一人項垂れていた。

 少し可愛そうだけども……仕方がない。


「ねーねーリクくん。なんであのおじちゃん、ぐるぐるーってされてるのー?」

「僕らに悪いことしたからだよ。チィちゃん、腕を掴まれてびっくりしたでしょ?」

「うん。でも、チィはもうこわくないから、ゆるしてあげてもいいよ?」

「それは……集落の人たちが決めると思う。僕らじゃ決められないよ」

「そっかぁ〜」


 僕は、チィに「ここで待ってて」と告げると、彼の食事が入った器を手に恐る恐る近づいていく。


「……あの……」

「なんだよ」

「ご飯、持ってきた、んだけど」

「こんなんでどう食えってんだよ」

「それは……」


 いつの間にか近くにいたチィが、僕の差し出した器をひょいと持ち上げる。


「あっ! ちょっと、チィ!」

「はい、あーん!」


 チィは縛られている男の口元へ、スプーンを突き出す。

 男は一瞬、ぎょっとしたように身を引くが、すぐにチィを睨みつけた。

 

「……なんなんだよコイツ」

「こいつじゃないもん! チィはチィです!」

「はぁ? なんだその喋り方は。ふざけてんのか!?」

「ふざけてないもん! チィはチィだってば!」

「はぁぁ!? 何だって言うんだ!? ちぃちぃーって何かの鳴き真似かぁ!?」

「ちがうもん! チィはチィでー!!」

 

「あーー!! あのっ! 彼女っ、チィちゃんには事情があって! 本当に、ふざけてる訳じゃないんです!」


 喧嘩になりそうな二人を止め、僕は男に、チィのこれまでの経緯を話し始める。

 男は最初は怪訝そうな顔をしていたが、予想とは違い、割と真剣に聞いてくれていて。

 話している間も、チィは男に対してしつこくスプーンを差し出し、いつしか男の方も渋々と食べるようになった。


 もぐもぐと不器用に口を動かし、食事をいくつか飲み込んだ後、男はふっと視線を落として、低くかすれた声で呟いた。


「……なぁ、なんでここのヤツらはそいつを助けたんだよ? なんか良いもんでも持ってたのか?」

「えっ……」


 予想外の問いかけに、僕は言葉を詰まらせる。

 男は自嘲気味に鼻で笑うと、遠い海を見つめるように目を細めた。


「こんな世の中だ。普通、役に立たないヤツなんてすぐ見捨てられんだろ……現に、あの船じゃおれも役立たず扱いされて、甲板(そと)に追いやられて……まあ、そのお蔭であの変なバケモンにすぐ気づけたんだけどよ」

「あの、それじゃあ他の人は……?」

「知らねぇよ、あんなヤツら! おれだけがとっとと逃げてきたんだよ!」


 声を荒げ、吐き捨てるように男は言う。

 男は、しばらく荒い呼吸を繰り返した後に、長いため息を吐くと、今度は静かに呟いた。


「……でも、なあ……そいつを受け入れたここのヤツらみたいに、船のヤツらがもう少しだけ優しかったら……おれも、違った行動が出来たのかもしれねぇなぁ……」


 男はそこまで言うと、急に言葉を詰まらせて俯いた。

 僕はどう声をかければ良いか分からなくて、少しの間、首をかしげるチィと見つめ合う。

 

 程なくして、男の肩が微かに震え、彼は大きな音を立てて鼻を啜り始めた。

 

「あー! おじちゃんないてるー!」

「えっ、あ、あの、な、何で」

「なんでもねぇよ! ……ああ、チクショウ!!」


 狼狽える僕に、男は叫ぶ。


「おれはな、自分が情けねぇんだよ! お前もまだ中学生くらいだろ!? なのにこうしてコイツの面倒見てやって、二人で必死に生きようとしててさぁぁ……! それなのに、おれは、そんなお前らにも乱暴して……自分勝手でさあ、情けねぇよ……本当……!」

「えっ、あ……」

 

「——いっそ、おれも一緒に、食われちまえばよかったんだよ!!」

 

 男の人が取り乱し、泣き叫ぶ姿は少し怖くて。

 でも、


「それは、違います!!」

 

 震える両手を強く握り締め、僕は叫び返した。


「僕は、あなたがこうして生き延びてくれてて、良かったと……思います!」


 僕の言葉に、男は弾かれたように顏を上げて、僕を凝視した。

 あの時とは別の意味で赤くなった目で、彼は僕を見る。

 

「……何なんだよ、お前。そもそもおれは、お前らを傷つけようとしたんだぞ」

「確かにびっくりしたけど、こうして話したら悪い人に思えなくて。あの、お腹すいてたら、誰でも必死になっちゃうし……ましてや、あんな怖い目に遭った後なら、なおさらだと思います」

「おれは、人を見捨てて、自分だけ逃げたんだぞ! それでも悪くないって言えるのかよ!?」

「でもそれも、ずっと辛い思いをさせられてたんですよね? それなのに、見捨ててしまったのを後悔していて、十分あなたは優しい人だと……僕は、思います」


 男は唇を噛んでうつむいた。

 耐えかねたように、喉の奥から小さな嗚咽が漏れる。

 

「人は、生きてれば必ず良い方向に向かえるからって、僕も最近教えられたんです。確かに、良くない事をしてきたのかも知れないけど、そうしてちゃんと後悔出来るあなたなら、これから良い方向に向かえると思うから……」


 辿々しい僕の言葉に、男は完全に言葉を詰まらせ、今度は声を殺して泣き始めた。

 縛られた身体を小刻みに震わせ、地面にポタポタと大粒の涙を落とす。

 

 しばらくして、彼は首を振って涙を払うと、ゆっくりと僕達へ視線を向けた。


「……ごめんな、怖がらせてよ」

「い、いえ。僕の方こそ……」  

「お前は、チィって言ったっけか。ごめんな、驚かせちまって」

「いいよー!」

「お前、凄く辛い思いをしたんだってな……かわいそうになぁ……」

「ううん、ちがうよ。チィはね、かわいそうじゃないよ!」

 

 チィが男の顔を覗き込み、にへっと笑う。


「だってね、リクくんとか、ふなじいとか、おばちゃんとか! みーんな、なかよくしてくれるから! チィはね、よかったんだよ?」

「チィ……」


 僕の方を振り向くと、チィはまるで向日葵のような目いっぱいの笑顔を見せた。

 そして、男の方へ向き直る。

 

「ねー、おじちゃん! チィはね、おじちゃんにうでをぎゅってされたの、もうおこってないよ! だから……おじちゃんもチィとなかよくしてくれる?」


 男は再び、大粒の涙を流す。

 そして、縛られたままの姿で、何度も何度も力強く頷いた。



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