Ex. 僕らのその後と、みんなのお話 その3
ある日の夜のこと。
何かが爆発するような大きな音がして、僕は目を覚ました。
チィが窓へと駆け寄り、海の方を指さしながら叫ぶ。
「リクくん! うみ!! なんか、どーんってなった!!」
「うん。ちょっと見に行ってみよう」
魚油のランプを灯して、チィと共に海岸へと向かう。
僕は念の為、ふなじいに新しく貰った銛を持ち、チィはすっかりお気に入りとなった望遠鏡を手にしていた。
海岸では、既にそれぞれの明かりを手にした集落の人達が集まってきていた。
その中に、おばちゃんとふなじいの影を見つけて、僕達は二人の元へ駆け寄る。
「おばちゃーん! ふなじーい!」
「あらチィちゃん! リクちゃんも!」
「おう、ボウズども!」
「こんばんは。あの、何かあったんですか?」
「ほら、あれよあれ!」
おばちゃんが指さす方向――遙か向こうの海面で、煌々とした光が揺らいでいた。
「……火?」
「そうなのよ! 沖で何かが爆発して燃えてるみたいでねえ」
「こわいわねー……」と言いながら、おばちゃんは再び視線をその炎へ戻した。
「……あれ、おふねだ! でっかいおふねがもえてる!!」
望遠鏡を覗いていたチィが叫んだ。
「チィ、ちょっと貸して」
望遠鏡のレンズの先では、チィの言う通り、豪華客船のような巨大な船が炎を上げていた。
あんな船がまだ存在していたことにも驚いたが、僕の目を釘付けにしたのは船よりも異様な、別のものだった。
――それは、その大船に勝るとも劣らない、巨大な蛇のバケモノ達だった。
何匹も船に絡みつき、燃える船体も厭わず、しつこく攻撃を繰り返している。
「なにあれ……!?」
「リクちゃん、どうしたの?」
「大きな船が、何かに襲われてて……あっ!」
燃え盛る船は蛇のようなバケモノによって、なす術もなく海中へと引きずり込まれていった。
少し遅れ、海岸線を照らしていた光も、深い水底へ吸い込まれるようにして消え去ってしまう。
望遠鏡越しに繰り広げられたその光景に、僕は息を呑み、言葉を失った。
「……人が居たとしても、ありゃあ助からんわな……」
ふなじいの呟いた言葉には、誰も答えなかった。
でも、心の内では、誰もが同意していたと思う。
僕らはしばらくの間、火の消えた海を呆然と見つめ、やがてそれぞれの家へと引き返していった。
◇
あの船は、様々な物資を積んでいたらしい。
燃える船を目撃した次の日には、集落に、それらの物資がたくさん流れ着いていた。
――中には、まるで何かに噛み千切られたような跡がついた残骸も。
まだまだ使えそうなものもあり、早速集落の人達が拾い集めていて、チィも目を輝かせながら辺りを見回している。
「リクくん! すごいね! なんかいっぱいだねー!」
「うん……」
浜辺を駆け回り、無邪気に物色するチィとは裏腹に、僕はそれを拾う気にはなれなかった。
――きっとあの船に乗っていた人達は、誰一人生き残ってはいないだろうから。
「チィ、あっちもみてくる!」
「うん。あんまり遠くに行かないでね」
「わかったー!」
色々なものを入れた網をがっちゃがっちゃと鳴らしながら、チィは少し奥まったところへ駆けていく。
そんな彼女を見送った後、僕は砂浜に銛を突き立てて、流木の一つに腰かけた。
昨夜、船を襲っていた蛇達。
まるでファンタジーに出てくるモンスターのような巨大な蛇達は、海がこうなる前は存在しなかったはずの生き物だった。
思えば、僕やチィが出会った巨大な金魚達もそうだ。
「(もしも、あんなのに集落が襲われたら……生き延びられるんだろうか……)」
さながら怪獣映画のように、巨大な生き物達が上陸して、すべてを壊していく映像が脳裏に浮かぶ。
僕は銛を持って戦おうとするけど、全然歯が立たなくて、ついにはチィも……。
嫌な想像を断ち切るように首を振ると、僕は立ち上がり、座っていた流木を何となく転がした。
僕と同じく、そこを休憩場所にしていたらしいカラフルなカニも一緒にひっくり返されて、慌てて海へと逃げていく。
「……チィちゃんのとこ行こ」
銛を手に、僕もチィを追おうと歩き出した。
その直後。
「――やだあーーっ! はなして!!!」
「チィ……!?」
チィの尋常じゃない叫び声に、心臓が跳ね上がる。
慌てて声のした方向へ向かうと、ボロボロの服を着た男が、泣き喚くチィの腕を掴んで引きずろうとしていた。
――この集落の人間ではない。目が血走っていて、明らかに異常な様子だった。
「おい! 騒ぐな! いいから食いもんの在処を教えろってんだよ!!!」
「やだっ! いたいー!」
考えるより先に、身体が動いていた。
僕は持っていた銛を握り直すと、駆け出す。
「――チィを、放せッ!!!」
走り込みながら、銛を横なぎに振るう。
銛の穂先は、男の腕を軽くかすめて、赤い線を走らせた。
「いってえ!!」
驚いた男がチィを手放した隙に、彼女の手を引いて背後に隠す。
背中越しに、彼女の小さな嗚咽が聞こえた。
「このッ……クソガキが!」
拳を振り上げた男の顔面に、銛の先を突きつける。
男の動きが、凍りついたように止まった。
「これ以上、乱暴するのは、やめてもらえませんか。……次は、刺しちゃうかもしれません」
僕の声は震えていたかもしれない。
それでも、精一杯の脅しだった。
手が震えるのを必死に抑えつつ、銛の穂先を彼に向けたまま、男の血走った眼と睨み合う。
――その時だった。
「いまだ!」
「せーのッ!!!」
合図の声とともに、男に向かってバサァッと何かがかけられる。
「なっ、なんだコリャア!?」
――網だ。しかも、漁業用の。
以前、チィと二人でふざけてかぶり、ひどい目にあったことがある。
あれは一度かぶると……中々抜け出せない。
「穫った!!! 抑えろ抑えろ!」
「ロープ持ってきてー!」
「誰か端っこ持て! 引っ張れー!」
住民たちがわあわあと取り囲み、男を縛り上げていく。
男は漁網ごとめちゃくちゃに縛られ、まともな声も上げられない。
「リク! チィちゃん! 大丈夫かい!?」
「おばちゃん……!」
おばちゃんが駆け寄って来て、僕とチィを抱きしめた。
「無事でよかったよー! 見たこと無いボートが流れついててねぇ、みんなで警戒していたところなんだよ〜」
「リクがね、チィをまもってくれたの!」
「あらまあ! 偉かったねぇ!」
おばちゃんの柔らかい手に目一杯撫でられて、僕は少し涙ぐんでしまう。
チィも怪我は無く、けろっとした様子で笑みを見せていて、その様子に僕は心底安心した。
男はと言うと、完全に縛り上げられてもなお何かを喚き続けていた。
「あの人って、どうなっちゃうんですか?」
「うーん、さぁねぇ……」
おばちゃんの曖昧な返事に、僕はそれ以上何も言えず、住民達に連れられていく男を見送る他にはなかった。




