Ex. 僕らのその後と、みんなのお話 その2
お医者さんに見送られながら、僕は診療所を出た。
ずっと抱えていた迷いを打ち明けられたお陰か、いつになくすっきりとした気分でいた。
春のように穏やかな日差しの中で、地震でぼこぼこになってしまったアスファルトを踏みつけながら、これからのチィのことを思う。
チィは、見た目は僕より背が高くて(最近は僕の方が追いついてきたけど)、明らかに歳上の女性で……。
でも、世界がひっくり返ったあの日に大切な人を失くし、強いショックを受け、中身が僕よりも幼い子供に戻ってしまった。
それからは集落で一番歳の近い僕に懐き、今は僕が面倒を見ながら一緒に過ごしている。
「今のチィも、いずれは成長して大人になるのかなぁ……?」
――そうしたら、僕らはどうなるのだろうか。
今は兄妹みたいな感じで過ごしてはいるけども、結局は他人同士だ。
「……また、好きな人を見つけて結婚しちゃうのかな」
僕を置いて、他の人と仲良く過ごすチィがぽっと頭に浮かぶ。
なんとなく嫌な気分になり、首をぶんぶんと振るって、その考えを地面に叩き落とした。
そうこうしている内に、チィを預けていたおばちゃんの家に着くと、外で一人の若い女性が木槌を持って魚を叩いていた。
慎重に魚を叩きつつ、時折身を飛ばしては、きゃらきゃらと子供のように笑って見せる。
「チィ、お待たせ」
「あっ! リクくんだー!」
幼児のような、舌足らずな言い方で僕の名を呼ぶと、彼女――チィは、木槌をぶんぶんと振り回した。
「チィちゃん、振り回すと危ないよ」
「あらリクちゃん! 終わったのかい?」
「うん。おばちゃん、チィちゃんの事ありがとうございます」
「良いのよ~。チィちゃんとーっても良い子だったわよ~! おばちゃんのお手伝いをしてくれたの!」
「ありがとうね~!」とおばちゃんに褒められ、チィは嬉しそうに笑った。
「じゃ、後はおばちゃんがやっとくから! これ、二人で食べなさいね」
「わっ……ありがとうございます!」
「いーのいーの! いーっぱい食べるんだよ!」
お昼ご飯の入った包みを受け取り、僕が頭を下げると、おばちゃんは豪快に笑った。
少し魚臭いチィは、ニコニコとご機嫌なまま僕に近寄ってくる。
「チィちゃん、楽しそうだったね?」
「うん! おさかなとんとんってしてきた! あれもごはんになるのかな~?」
「ううん。あれは油にするんだって」
「あぶら?」
「うん。夜に外へ出る時、ランプをつけるでしょ。あれに使うんだよ」
「へえ~!」
チィは僕の片手を取って振り回しながら、「おーっさかなさーんのラーンプ~♪」と、即興の歌を歌い始めた。
あまりにもへんてこなそのリズムに、僕は思わず笑ってしまう。
道を覆う鮮やかな緑と、通り抜ける爽やかな風、そして、ほのかな潮のかおり。
すべての真ん中で、チィと僕は笑う。
――どうせなら、ずっとこんな日が続けばいいのに。
チィの手の暖かさを感じた時。
ふと、そう思った。




