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狐の嫁入りを見てしまったら、九尾の狐の婿になりました。 〜普通ってどこに売ってる?〜 異世界スイートテイル(肉球マーク)  作者: 2番目のインク
第三章:戦闘民族

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25.王と死神

戦場にはまだ砂煙が漂っていた。崩れ落ちていくアンデッドたちの骸。その中心に、かつてのメイダの主、ノアス王が孤高に立っている。

カテリーナは、掌に馴染んだ重厚なハルバード・カスタムの柄を握り締め、王を見つめていた。


「……剣を取れ、カテリーナ」


静かな、だが心に直接響く声。


「私はまだ王だ。……そしてお前は、メイダの戦士。ならば、言葉は不要だろう」


風が吹き、王の纏うボロボロの外套が翻る。

カテリーナは、込み上げる感情を死神の冷徹なことわりで抑え込み、静かに、だがはっきりと告げた。


「……陛下。……私は、あなた様をお救いしに来たのではございません。……あなたを、自由にしに来たのですわ」


「哀れむな、カテリーナ!」


王の大剣が、凄まじい威圧感と共に持ち上がる。アンデッド特有の腐敗臭など微塵も感じさせない、全盛期の覇気。


「王を救う方法は一つ。……戦うことのみ。……来い! 私を倒せ! それが、私を王として死なせる唯一の慈悲だ!」


王の咆哮が戦場を震わせた。カテリーナは深く、深く一歩を踏み込む。


死神の鎌が、漆黒の閃光となって虚空を薙いだ。

ハルバード・カスタムの斧刃が王の大剣を正面から受け止め、金属の火花が夜の闇を白く染める。数万の同胞の魂が、カテリーナの腕を通じて王の剣圧を押し戻した。


「……はぁっ!!」


カテリーナが吠える。ハルバードの石突きで地を叩き、その反動を利用して、王の懐へ『螺旋の一撃』を叩き込む。

だが王は、一歩も引かない。大剣の腹でその剛力を受け流し、火花を散らしながら、カテリーナの喉元を鋭い突きで狙う。


「そうだ……それでいい、カテリーナ! その『重さ』だ!」


王の瞳に、かつての戦場を駆けた戦士の熱が灯る。

カテリーナはハルバードの柄を中段で握り、死神の鎌の刃で突きを絡め取る。そのまま強引に王を投げ飛ばそうとするが、王は巨体に似合わぬ身軽さで宙を舞い、着地の衝撃を爆発的な踏み込みに変えた。


「――受けてみよ! これぞ我が魂!」


大剣が虚空を裂き、圧縮された空気が衝撃波となってカテリーナを襲う。

カテリーナは一瞬、深紅の瞳を細めた。

(……視えますわ。王の剣筋、そして……魂の叫びが!)


彼女は避けない。ハルバード・カスタムの斧面を正面に構え、数万の同胞たちの魂と共にその衝撃を『正面突破』する。

ドォォォォン! と戦場が震え、カテリーナの足元の地面が蜘蛛の巣状に砕ける。


「……陛下。……今の私は、一人ではございません。……かつてあなたに仕えた、すべての戦士の誇りを背負っておりますの!」


カテリーナの全身から、漆黒の魔力と黄金の闘気が混ざり合い、巨大な翼のような残像を描く。

彼女はハルバードを頭上で旋回させ、遠心力と魂の質量を一点に集中させた。


「これが……私たちの、最後の奉公ですわ!!」


漆黒の閃光が、王の防御を粉砕し、大剣を跳ね飛ばす。

無防備になった王の胸元。しかし、カテリーナの刃は肉を裂く直前で、その角度をわずかに変えた。


――パチンッ。


パパタローの『狐の目』ですら捉えきれぬ速さ。

槍の穂先が、王のうなじに癒着していた『白い呪縛の糸』を、吸い込まれるように正確に、冷徹に断ち切った。


「…………っ!」


王の動きが止まる。

大剣が泥の中に落ち、ガランと乾いた音が響く。

先ほどまでの狂気的な覇気は消え、そこには、ただ全力で愛弟子と語り合った後のような、満足げな男の顔があった。


ノアス王がゆっくりと膝をつく。光の粒子へと変わり始めた王の瞳は、穏やかにカテリーナを見つめていた。


「……ふっ……ははは。……見事だ、カテリーナ」


カテリーナはハルバードを下ろし、最高級のカーテシーを捧げた。顔を上げた彼女の瞳には、大粒の涙が溜まっている。


「……陛下。最後のご報告を。……エリス様は、あなた様の実の娘、エリス様は、今も健やかにお過ごしですわ。戦火を生き延び、今もその高潔な魂を――」


「……分かっている、カテリーナ」


王の掠れた声が、彼女の言葉を遮った。消えゆく身体の奥底から、慈しむような熱い響きが漏れ出す。


「……見ておったぞ。……エリスは、よく戦っておった。……あの娘が、あのような……立派な戦士に……なるとはな……」


王の視線は、カテリーナの背後に佇む一団へと向けられた。

そこには、ボロボロになりながらも武器を杖代わりに立ち尽くす、メイダ12人衆の面々。そして、その中心で息を呑み、震える唇を噛み締めているエリスの姿があった。


「お父様……っ!」


エリスがたまらず一歩踏み出す。その後ろで、パパタローが静かに、だが力強く彼女の肩に手を置いた。


「……そうか。今は、そこのパパタローという男の下にいるのだな。……お前が……エリスを、守ってくれたのだな……感謝する」


その時、遠く城門の外から地を揺らすような歓声が聞こえた。

王はふっと目を細め、消えゆく手で自らの顔を拭う。


「そうか。まだ……王としての仕事が、残っておったか……」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


城門の前に、人の波が押し寄せていた。

奴隷として囚われていたメイダの民。そして、共に苦難を舐めた他民族の姿もあった。

解放された者たちが、再興の光を求めて城へとぞくぞくと集まってくる。


そして――。


民衆は、その姿を見つけた。

瓦礫の王道を歩む、一人の王を。


「陛下……!」


一人が叫ぶ。それが合図だった。


「ノアス王だ!!」

「王は生きておられた!!」

「陛下!!」


歓声が一斉に上がる。涙を流す者、その場に膝をつく者、拳を天に掲げる者。

城門の前は、王の名を呼ぶ熱狂で満たされた。


アンデッドとなったノアス王は、その民を見渡した。

長く守り続けた民。そして、守れなかった民。

王は一歩前に出る。風が外套を激しく揺らした。


王は、最後の力を振り絞り、声を張り上げた。


「国民よ!!」


怒濤の歓声がぴたりと止む。すべての視線が、光り輝きながら立つ王に集まる。

王はゆっくりと振り返った。そこには一人の戦士――メイダの魂を背負い、泥に汚れながらも凛と立つカテリーナがいた。


「……私は長く、民を守り、戦い続けてきた……。だが、もう責任を次の世代に託す時が来たようだ……」

どよめく…


しかしそんなどよめきはお構いなく、王は高らかに宣言する。


「聞け!リスフェルドの王は……カテリーナだ!!」


短い沈黙。万感の想いを込めて、王は告げた。


「‥‥」

「カテリーナ?」

「カテリーナ」

「カテリーナ!!!!」


民衆がどよめき、地が鳴る。

その瞬間、戦場の空気が震え、歓声が爆発する。民衆は手を取り合い、涙を流し、土と砂煙の中で新たな希望を見出した。


王はそれ以上、何も語らなかった。静かに背を向け、城へと歩き出す。

誰も止めない。誰も声をかけない。

ただ、その神々しい背中を、民は祈るように見送った。


王は城門をくぐり、玉座の間へと辿り着く。

そこには、エリス、パパタロー、そしてメイドたちが待ち受けていた。

誰も言葉を発さない。ただ、帰還した王の最期を見守る。


王はゆっくりと王座へ向かい、腰を下ろした。

王として、最後に。


王はエリスを見た。それは戦士の鋭さを削ぎ落とした、父としての穏やかな目だった。


「ああ。……短い夢だったな。カテリーナ、お前に……メイダの未来を託す」

「エリス、すまなかったな。不甲斐ない父を許してくれ。……愛している」


「お父様!!」


エリスの叫びが響く中、王の身体が足元からさらさらと砂のように崩れ始める。

呪縛を失った骸は、ようやく本来あるべき安息へと還っていく。


「……御意に。……おやすみなさいませ、ノアス陛下」


カテリーナが深く、深く頭を垂れた。

その言葉を最期に、王の身体は音もなく、光の粒子となって玉座の上から消えていった。


外ではまだ、止まぬ歓声が続いている。


「ノアス王!!」

「陛下!!」

「王よ!!」


民の愛した王は、その歓声に抱かれながら、静かにこの世を去った。

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