24.死者の王国
始まりは、あまりに些細な、日常の綻びに過ぎなかった。
リスフェルド王国の外れ。静寂が支配するはずの聖なる墓地で、一体の「動く死体」が発見されたのだ。
「ちっ、不浄な野良ゾンビか」
巡回中の兵士たちは、鼻をつまみながら剣を抜いた。戦闘民族メイダの戦士にとって、意志なき死者の一体や二体、赤子の手をひねるより容易い。数人で囲み、その首を撥ねれば終わる――はずだった。
だが、そのアンデッドは、決定的に「違って」いた。
兵士の一人が突き立てた白銀の剣。その刃が腐肉を貫いた瞬間、死者の口から漏れたのは、呻きではなく「呪文」だった。
「……ネク・ロス……」
凍りつくような言霊が響く。
死者の指先が、防戦に回った兵士の剥き出しの腕に触れた。
「ぐわぁーーー。なんだこれ!!ひぃっ…」
たったそれだけで、健康な兵士の肌が、瞬時にどす黒い灰色の斑点に染まった。
そして、介抱しようと触れた兵士にも感染した。
それは、ただの魔物ではなかった。
『ネクロスの術』をその身に宿し、触れた先から死を伝播させる「汚染の源石」だったのである。
さらに恐ろしい真実が、絶望と共に明らかになる。
術に侵され、倒れ、そして数秒後に立ち上がった「元・兵士」までもが、主と同じ呪文を口にし始めたのだ。
一体が、二体に。
二体が、四体に。
四体が、八体に。
それは戦いではなく、増殖だった。
逃れようのない、死の雪崩が始まった瞬間であった。
最初に倒れたのは墓守。
次に巡回兵。
その兵が城門へ戻り、倒れた。
夜のうちに立ち上がる。アンデッド。
そして――
城門兵がアンデッドになる。
街へ入る。
市民が倒れる。
市民がアンデッドになる。
わずか数日で、リスフェルド王国はアンデッドの王国になりつつあった。
王城では会議が開かれていた。
「焼き払うしかありません!」
「城下町ごとです!」
将軍達は叫ぶ。
それが正しい。
戦術としては。
だが王は静かだった。
リスフェルド王国 国王ノアス。
彼は窓の外を見ていた。
城下町。
そこに歩いているアンデッド達。
かつての民。
子供。
老人。
兵士。
王は言った。
「……あれは敵か?」
誰も答えられなかった。
将軍が言う。
「ですが、陛下」
「放置すれば世界が滅びます」
王は頷いた。
「分かっている」
そして、もう一つ言った。
「だが」
「彼らはまだ私の民だ」
王は決断した。
「私は彼らを斬らない」
代わりに王は――
自らアンデッドに噛まれた。
兵が叫ぶ。
「陛下!!」
「案ずるな。私は地獄でも、彼らの王でいつづけるだけだ」
王の身体が倒れる。
死ぬ。
だが――
再び立ち上がる。
アンデッドの王として。
その瞬間。
王の耳に声が届いた。
アンデッド達の声。
「陛下」
「寒い」
「痛い」
「助けてくれ」
王は理解した。
アンデッド達は
完全に死んではいない。
魂が残っている。
だから王は言った。
「分かった」
「私が聞こう」
こうして王は
アンデッドの王となった。
死者の王国
リスフェルド。




