4-5.閑話.ただいまのない魂
──ぽっぽっぽっ、と囲炉裏の火が小さく弾ける音がする古い石造りの家。 老いた語り部・エルドリンは椅子に腰かけ、火を見つめながら静かに語り始めました。 「さて、今日は何の話が聞きたいんじゃ?」 小さな孫たち──リーラ、カイオン、そしてフィーナが目を輝かせながら声をそろえました。
昔々。
まだ空の星々が、今よりもずっと近くにあった頃のお話じゃ。
ある寒い冬の夜。
暖炉の火を囲みながら、老いた語り部は小さな子どもたちへ、こんな話を聞かせたそうな。
「お前たち。アンデッドが、どうして生まれたか知っておるか?」
子どもたちは顔を見合わせた。
「死んだ人が動くんでしょ?」
「悪い魔法使いが作るんじゃないの?」
すると老人は、ほっほっ、と笑った。
「半分だけ正しい。」
火が、ぽっ、と鳴る。
老人は静かに続けた。
「太古の昔。
まだ人が死ぬということを知らなかった時代のことじゃ。」
「創造神エリュディオスは、命を創ることはできた。
だが、死をどう扱えばよいのか分からなかった。」
「そこで神は、人が寿命を迎えるたびに、その魂へ問いかけることにしたんじゃ。」
老人は、ゆっくり目を閉じた。
まるで、その言葉を真似するみたいに。
『――お前は、どこへ帰りたい?』
「すると人々は、こう答えた。」
『家へ帰りたい。』
『家族のところへ。』
『愛した人の待つ場所へ。』
「だから神は、その願いを星へ運んだ。」
「魂は光となり、夜空へ昇っていった。」
フィーナが小さく尋ねた。
「それが、お星さま?」
老人は静かに頷いた。
「そうじゃ。空の星々の中には、帰ることのできた魂も混じっておる。」
暖炉が、ぱちりと爆ぜた。
だが。
老人の声は、そこで少しだけ低くなった。
「……しかしな。」
「ある戦の日。ひとりの兵士が、冷たい泥の中で息絶えた。」
「故郷は焼かれ。家族は散り散り。名を呼ぶ者も、待つ者も、もう誰ひとり残っておらなんだ。」
リーラが不安そうに呟く。
「じゃあ、その人は……。」
老人は静かに頷いた。
『――お前は、どこへ帰りたい?』
「神は、いつものように問いかけた。」
「だが兵士は、答えられなかった。」
『わからない。』
『帰る場所を、忘れてしまった。』
風が、家の隙間を鳴らした。
子どもたちは、思わず身を寄せ合う。
「その瞬間じゃった。」
「魂は星へ昇れず、地へ落ちた。」
「帰る場所を失った魂は、終わることができなかったのじゃ。」
老人は火を見つめたまま言った。
「それが、最初のアンデッド。」
「死者ではない。」
「帰れなくなった者たちの始まりじゃ。」
カイオンが、小さな声で聞いた。
「……アンデッドって、苦しいの?」
老人は、しばらく答えなかった。
暖炉だけが、静かに揺れていた。
やがて。
「苦しかろうなぁ。」
老人は、とても静かな声で言った。
「だからの。」
「もし夜道で、彷徨う影を見つけても。」
「石を投げたりしてはいかん。」
「怒鳴ってもいかん。」
「もしできるなら。」
老人は、優しく笑った。
「おかえりと言ってやりなさい。」
暖炉の火が、ぽっ、と鳴った。




