4-4.帰りたいと言った日
「……よかったっすね。」
静がきょとん。
「え?」
「正直、もう無理だと思ってましたよ。」
ユーノ。
「生存率、二%未満でした。」
セレナ。
「覚悟はしていた。」
ノクトが、ぽろん、と弦を鳴らす。
乾いた音が、夜風へ溶けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……俺たちは団長についていくだけなんで、まぁ別にいいんすけど。」
眠たそうな目が、パパタローを見る。
「知らないっすよ、パパタローさん。」
「何が?」
ノクトは、小さく肩をすくめた。
「団長、本来はもう、こっち側の存在じゃないんで。」
風告げが、ちりんと鳴る。
「世界から零れて~
星の狭間に落ちて~
うちの神に拾われた~♪」
ぽろん。
「……なのに。」
ノクトの指が、弦を止めた。
「パパタローさん、団長の“帰る場所”になっちゃいました~♪」
夜風が止まる。
「それ、 普通ありえないんすよ。」
静が、不安そうにパパタローを見る。
ノクトは苦笑した。
「だって、帰る場所があるなら、漂流は終わる。」
ユーノが静かに呟く。
「星渡りの定義崩壊です。」
「うるさいっす。ユーノ。」
だがノクトの目は笑っていなかった。
「……しかも最悪なの、そこじゃないんすよ。」
「?」
ノクトが空を見上げる。
星空。
その奥。
何かを恐れるみたいに。
「パパタローさん、うちの神さんへ干渉しちゃったんで。」
ちりん——。
風告げが、静かに鳴いた。
「お前…。」
ノクトがじっとパパタローを見た。
「本当に音痴だな。」
「そっちですか!」
カリンが、こくりと頷く。
リディアも困ったように微笑む。
「いえ、個性的と言うか。」
「そっちも、そっちっすか!!!」
ユーノが淡々と補足した。
「音程誤差、平均三十二%です。」
「数値化すんなってお前もかぁ~…」
ノクトが落ち込んだ顔で返す。
だがセレナまで、静かに頷いた。
「……」
「セレナァ!?」
静が慌ててフォローへ入った。
「で、でもほらっノクトって、作曲は天才だから!存在を繋ぎ止める曲つくるんだよ!」
「慰めになってないっす。あ…なってるか。」
ぽろん。
弦が、しょんぼりした音を鳴らす。
「だかぁらーノクトが器を作って私が魂を入れるの!
なんて素晴らしいチーム連携!」
静がえっへんと胸を張る。
「そうっすよね。団長!」
ノクトも即座に乗っかった。
だが。
その声は、少しだけ嬉しそうだった。
ユーノが静かに呟く。
「肯定時、心拍数上昇。」
「ユーノ。」
「はい。」
「後で埋めるよ。」
「団長、こわい…」
カリンが半目になる。
「仲良いなぁこの人たち……。」
リディアが苦笑した。
「長い旅路を共にしたのでしょうね。」
セレナが静かに頷く。
「家族。」
その一言で、
空気が少しだけ止まった。
静が、ぱちぱちと瞬きをする。
ノクトは視線を逸らした。
ユーノは無言。
セレナだけが、いつも通り無表情だった。
そして。
静が、ふにゃりと笑う。
「……うん。」
風告げが、ちりんと鳴った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「悪い悪い、質問のタイミングを失ってたんだが…」
「なんですか?」
ノクトが気怠げに返す。
「うちの神さんって言ったよな。」
「言いましたねぇ。タイミングはわざとですよね!?」
パパタローが眉を寄せた。
「神さんって言い方が、なんか引っかかるんだが、
そのつまり…創造神連合……とかいう連中と関係者とか?」
ノクトの弦が、ぴたりと止まった。
ユーノが視線を上げる。
セレナも、静かにパパタローを見る。
「ま。まさか…。」
ノクトが、少しだけ笑う。
「……いやぁ。」
ぽろん。
乾いた音。
「連中みたいに、誰かになった神じゃないっすよ。というか、パパタローさん創造神連合にまで目ぇつけられてんの?」
「危ない人ですね。団長やめておいた方が…。」
「危なくねぇーし。」
星空が、静かに瞬いていた。
「うちのは、もっと古い。」
ユーノが淡々と続ける。
「世界外側観測概念体。」
「は?世界外側観測概念体?」
「簡単に言うと。」
ノクトが空を見上げる。
「星と星の間にいる、空白そのものっす。」
ちりん——。
風告げが鳴る。
――ぐら。
小さな横揺れ。
吊るされた風告げが、ちりん、と鳴った。
「……地震だねー?」
とカリンが辺りを見回す。
露店の店主が、「あーびっくりした」と笑いながら木箱を押さえる。
「最近多いな。」
揺れはすぐ止まった。
「避難するほどじゃなさそうか?」
「だなぁ……。」
誰かが、安堵したみたいに笑った。
その時だった。
――――ゴォォォォォン……。
遅れて。
腹の底へ響くような、低い爆音が鳴った。
空気そのものが震えている。
「…まさか、深淵の鐘?」
音は一度だけ。
なのに、まるで、遥か地下で巨大な扉でも開いたみたいな音だった。
馬が怯えたように暴れ、吊りランタンが、まだ揺れている。
風が止んでいた。
けれど。静だけが、じっと地面を見ていた。
その瞳から、さっきまでの笑みが消えている。
「……。」
石畳の隙間。
そこに。
黒い線みたいなものから、何か白い指先が、ずるり、と伸びた気がした。
いや。気がしたではない。静の喉が、小さく鳴る。
まるで、見覚えのあるものを見つけてしまったみたいに。
「どうした?静?大丈夫か?」
パパタローの声に、静は一瞬だけ返事を忘れた。
そして。
「……ううん。」
「……。」
「どうした?」
「昔ね。」
「星と星の間で。」
「同じ音を聞いたことがある。」
「そのあと、一つ世界が消えた。」
「そうか…」
静の無表情さを感じたパパタローはノクトに言い放った。
「まさか、お前ら何かしたな!?」
「できるか!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お前ら。」
「……来るか?」
「?」
「うち。」
静が固まった。
ぱち。ぱちぱち。目をぱちぱち。
「……家?」
「おう。」
パパタローが頭を掻く。
「今の地震で回りもあわただしいし。行くとこないだろ?」
「わーーーい!!!」
静が飛び跳ねた。
「家だって! 家!!」
「団長テンション高っ。」
ノクトがぽろんと弦を鳴らす。
静はくるくる回りながら、
完全にはしゃいでいる。
「お風呂ある!?」
「あるぞ。」
「ベッド!?」
「ある。」
「屋根!?」
「あるに決まってんだろ!?」
「やったぁぁぁ!!」
カリンが、だんだん真顔になっていく。
「……。」
じとー。
「パパタロー。」
「なんだ。」
「静さんを家に呼んで、何たくらんでるの?」
「は?」
「変態!!」
「おいおい。」
パパタローが静を見る。
はしゃいでる。
めちゃくちゃ子供。
「静見てそれはないって。」
「確かに。」
ノクトが真顔で頷く。
「終着駅、かな…」
静はまだ、
「お風呂ー!」
とか言いながら騒いでいる。
その言葉に気づいたのは、
パパタローだけだった。
「ん?」
ノクトは、少し困ったみたいに笑う。
「いやぁ。」
ぽろん。
「星渡りって、本来止まらないんすよ。」
星空を見上げる。
「世界から世界へ流れて。」
「降りる場所なくて。」
「終わらない旅をする。」
風告げが、ちりんと鳴った。
「だから。」
眠たそうな目が、ほんの少しだけ細くなる。
「“家来る?”って、わりと反則っす。」
静はまだ笑っている。
「ベッドふかふかかな!?」
「知らん。」
「えぇー!?」
その声を聞きながら。
ノクトは、少しだけ安心したみたいに息を吐いた。
「……まぁ。」
ぽろん。
今度の音は、やけに優しかった。
「団長、ずっと降りたそうだったんで。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よし、じゃあ行くか。」
パパタローが歩き出す。
「シチュー残ってたかな……。」
「シチュー!?」
静が即反応した。
「なにそれ!?」
「食いもん。」
「知ってるよ!?」
「知らないのかと思った。」
「ひどい!!」
カリンが吹き出す。
ノクトがぽろんと弦を鳴らした。
「団長、ちょろいっすね。」
「ちょろくないし!」
「シチューで釣られてる。」
「釣られてない!」
「じゃあ断る?」
「行く!!」
「即答やなー。」
夜風が吹く。
星空が静かに瞬く。
その下で。
静は、ずっと笑っていた。
まるで。
本当に、帰る場所を見つけたみたいに。
「じゃ、行くか。」
※ ※ ※ ※ ※
十分ほど後。
静は、城門の前で固まっていた。
「…………。」
巨大な白亜の城。
王都中央。
復興途中とは思えないほど荘厳な、リスフェルド王城。
静の首が、ぎぎぎ、とパパタローへ向く。
「……ねぇ。」
「ん?」
「家って言ったよね?」
「言ったか?」
「お城なんだけど!?!?」
「住めば家だろ?」
「スケール感どうなってんの!?」
カリンが呆れたように肩をすくめる。
「一応、カテリーナ女王様に復興頼まれて住んでるからねー。」
「住んでるからねーじゃないよ!?」
静が城を指差す。
ノクトがぽろんと弦を鳴らした。
「団長、帰る場所あれば何でも家なんじゃないっすか?」
「あ。」
静が止まる。
その言葉に、ほんの少しだけ、目を丸くして、頷いた。
「……うん。」
今度は、ちゃんと笑った。




