4-3.ジプシークイーン
「タロー。歌っていい?」
「……唐突に何を?」
静は胸を張った。
「私たちは、星を渡り歩く旅芸人集団! なのです!」
びしっ、と幼い指が夜空を指す。
銀髪幼女になったせいで、まるで背伸びした子供の演劇みたいだった。
だが――。
その瞬間、黒衣の三人が自然と動く。
ノクトが弦楽器を肩へ乗せる。
ユーノが静かに音叉のような金属片を指先で鳴らす。
セレナが、無言で一定の手拍子を刻み始めた。
まるで何百回も繰り返した儀式みたいに。
静は得意げに両手を広げる。
「まずはノクトォ!」
ノクトは、気怠げに片手を上げた。
黒い外套をだらしなく羽織った、常に眠たそうな青年。
星渡りの民に所属する吟遊詩人である。
弦楽器を担当しており、その旋律は空間そのものへ干渉する。
音を遠方へ飛ばし、距離を歪め、時には空間さえ裂断する特異な空間魔術の使い手。
普段はやる気があるのか無いのか分からず、歌も壊滅的に下手。
だが――作曲の才能だけは本物だった。
彼の生み出す旋律は、“星渡り”たちの存在維持そのものを支えている。
旅の空気。
孤独。
帰れない夜。
そういった感情を、音へ閉じ込める天才だった。
「次、ユーノォ!」
青白い少年が、静かに一礼する。
星渡りの民に所属する理論派音響術師。
感情表現に乏しく、常に世界を観察・解析している細身の少年である。
彼が扱う《星律魔術》は、音階そのものを魔術式へ変換する特殊系統。
旋律によって魔力循環や空間安定を制御し、星渡りたちの“輪郭”を保っている。
音楽というより、もはや演算に近い。
理屈屋で空気も読まない。
だが、その分析能力は極めて高かった。
そして誰よりも、静の歌を理解していた。
歌声の揺らぎ。
呼吸。
感情。
彼はその全てを記録し、支えてきたのである。
「そしてセレナァ!」
黒髪の女が、無言で会釈する。
星渡りの民に所属する、無口な踊り子兼護衛。
長い黒髪と鋭い眼差しを持つ女性である。
感情表現は薄く、必要以上に喋らない。
だが一度動けば、その身体能力は常軌を逸していた。
舞うように戦い、流れるように敵を制圧する《舞踏戦闘》の使い手。
彼女の戦闘は剣技というより、“踊り”に近い。
異常なまでのリズム感を持ち、音と動きを完全同期させることで、人間離れした回避と攻撃を実現している。
一方で、なぜか子供には妙に人気がある。
怖そうに見えるのに、よく懐かれるのだ。
そして実質的な静の世話係でもあった。
食事管理。
睡眠管理。
暴走防止。
寝落ち回収。
星渡りの団長が無茶をしないよう、最も近くで支え続けていた存在である。
静が、くるりと回る。
銀髪が月光を弾いた。
「そして最後に私・団長!」
胸へ手を当て、満面の笑みで宣言する。
「私がその静っ!
星渡りの民を率いる歌姫であり――
世界の狭間を漂流しながら、それでも歌い続けた少女!」
「からのぉ~」
静は、自分の銀髪を摘まんだ。
「……黒髪のお姉さんだったんだけどねぇ。」
じとーっとパパタローを見る。
「今は銀髪幼女なのだー。」
「誰のせいだと思ってんだ。」
「タローです。」
「即答すんな。」
ノクトが、小さな弦楽器を鳴らす。
ぽろん――。
ユーノが静かに音を重ねた。
セレナが、一定のリズムで手拍子を刻む。
そして。
静が歌い始めた瞬間だった。
ちりん。
通りの風告げが鳴る。
一つ。
また一つ。
まるで街そのものが伴奏を始めるみたいに。
ノクトが、少しだけ目を見開いた。
「……は?」
ユーノの瞳が揺れる。
「風告げが……共鳴している?」
セレナが、静かに空を見上げた。
夜風が優しい。
静の歌声へ呼応するように、吊るされた月晶石たちが淡く脈動していた。
ちりん。
りぃん。
ちりりん。
その音はもう、警戒音ではなかった。
歓迎だった。
静が、小さく笑う。
「こんなにうれしい日が来るなんて!」
「感動しているところ、悪い。」
パパタローが聞く。
「お前ら、いつもそうして旅してんのか?」
ノクトが肩をすくめた。
「歌ってないと、消えるんで。」
「……はぁ?」
さっきまで戦っていたはずなのに、頭から疑問符が溢れ出た。
風告げの音だけが、静かに鳴いている。
カリンが眉を寄せる。
「歌ってないと消えるって何それ。ミュージカル世界なの?」
「近いっすねぇ。」
ノクトが眠たそうな顔のまま弦を弾く。
ぽろん。
乾いた夜気へ、細い音が溶けた。
「俺ら星渡りは、世界の外側を渡るんです。」
ユーノが静かに続ける。
「世界と世界の狭間は、座標が曖昧です。
存在情報が擦り減る。」
「存在……情報?」
「人間は、自分が誰かを覚えているから、人間でいられるんです。」
ユーノの声は淡々としていた。
「名前。記憶。癖。好きな歌。帰りたい場所。」
セレナが静かに手拍子を打つ。
たん。
たん。
「それを繋ぎ止めるために、歌う。」
ノクトが苦笑した。
「じゃないと、自分が誰だったか分かんなくなるんすよ。」
風が吹く。
静の銀髪が、ふわりと揺れた。
「……だから静ちゃん、歌うまかった…っけ?」
カリンがぽつりと言う。
「えー」
静は少し困ったように笑う。
「最初はねぇ、全然だったよ?」
「え?」
「私、昔カラオケで80点台ばっかだったし。」
「急に現実的だなぁ……。」
パパタローが思わず突っ込む。
ノクトが弦を鳴らした。
ぽろん。
「でも団長、必死に歌ってたんすよ。
眠る前も。移動中も。焚き火の横でも。」
ユーノが、珍しく少しだけ目を細める。
「歌っている時だけ、団長は輪郭が安定していました。」
静が照れ臭そうに頬をかく。
「いやぁ~……だって怖かったんだもん。」
その声だけは、小さかった。
「朝起きた時、昨日の自分がちゃんと残ってるか分からなくて。」
しん、と空気が静まる。
祭りの喧騒が、急に遠く感じた。
「だから歌った。」
静は笑う。
昔みたいに。
少し誤魔化すように。
「歌ってると、静が消えない気がしたから。」
パパタローの喉が詰まる。
あの祭りの日。
終わった人間の顔で歌っていた理由。
ようやく繋がった気がした。
ノクトが視線を逸らしたまま呟く。
「まぁ、団長だけ特別だったんすけどね。」
「?」
「普通の星渡りは、もっと早く壊れる。」
ユーノが補足する。
「団長は異常に、誰かの記憶へ残留していた。」
「誰かの……?」
静が、ちらりとパパタローを見る。
ノクトが、にやっと笑った。
「未練ですよ。」
「おい。」
「だって事実でしょ。」
「ノクトぉ!!」
静が顔を真っ赤にする。
だがノクトは止まらない。
「世界渡っても、座標ズレても、存在薄れても、この人ずーっと「タロータロー」って、言ってたんすから。」
「やめてぇぇぇぇ!!」
銀髪幼女が暴れる。
破壊力がすごい。
カリンが半目になった。
「うわぁ。」
「引かないで凛ちゃん!?」
「いや重っ。」
「直球すぎるぅ!」
セレナが無表情で頷く。
「毎晩です。」
「セレナまで裏切るの!?」
「寝言も確認済み。」
「死ぬぅぅぅ!!」
ノクトが腹を抱えて笑う。
初めて、人間らしい笑い方だった。
「“タロー、歌っていい?”って毎回聞くんすよ。」
静が真っ赤になってうずくまる。
「みんな、私がちっちゃくなったとたんに、いぢめるし…。」
「やだもう帰りたい……。」
「どこにだよ。」
そのパパタローの言葉に、静が、ぴたりと止まる。
夜風だけが吹いた。
風告げも。
月晶石も。
誰も、音を鳴らさない。
そして、ゆっくり顔を上げた。
銀色の瞳が揺れていた。
「……ここ。」
静がパパタローの胸を指さした。
風告げが、ちりんと鳴った。
誰も、すぐには喋れなかった。
ノクトが、小さく弦を鳴らす。
ぽろん。
ユーノが静かに音を重ねる。
セレナの手拍子が、夜へ溶けていく。
そして静が歌い出した。
今度は。
消えないためじゃない。
帰ってきた場所で歌うみたいに。
『静の歌』作詞:静 作曲:ノクト
「ねぇ タロー 歌っていい?」
遠い夜に 置いてきた 名前を探すみたいに
ちりん ちりん
風が鳴るたび 私は今日を 確かめてた
消えそうな指で 掴んだ旋律
「まだここにいる」って 歌うしかなかった
星を渡って 世界を彷徨って
何度 輪郭がほどけても
帰りたい声が 消えなかった
――ただいまだけは 言いたかった
焚き火のそば 眠れない夜
ノクトの下手な歌に笑って
ユーノはまた 難しい顔で 私の呼吸を数えてる
セレナの手は 少し冷たい だけど 誰より優しかった
旅は続く 空の狭間
昨日の私が 薄れても
忘れたくない 忘れないよ
君の名前を 歌うたびに
ちりりん
風告げが鳴る
怖がらなくていいよって 世界が言ってくれた
あの日の祭り 止まった時間 泣けなかった 私へ
「もう帰ってこない」って 諦めた夜を
君だけが 終わらせた
星を渡り 傷を癒し それでも 私は歌うから
消えないように じゃないんだ
ここにいたいと 思えたから
ねぇ タロー 聞こえてる?
私はちゃんと 静のままだよ
銀色になっても 小さくなったけど
帰る場所を 見つけたから
「ねぇ タロー ちゃんと聴いてくれた?」




