ゴブリンの洞窟
今回はガチガチの戦闘シーンなのですが、正直に申し上げて少し不安です。楽しく書けたし、自分で読んでみてもそれなりの出来だと思うのですが、それ故に面白く読んでいただけるか……単純に長いですしね。
「ヘルプいるー?」
「まだ大丈夫──っと、【ダブルエッジ】!」
飛んできた二羽のコウモリを短剣で落としながら、私はアルの間延びした声にはっきりと答えた。
ニィナの解読してくれた壁面の文言に従って複雑だが魔法が要らない物理ギミックを解くと、私たちはすぐさま転移でダンジョンへと飛ばされた。
洞窟型で、横に三人並べるかどうかというくらいの狭さ、天井も低い。私はそこで先頭を歩いて、今の所はやって来る敵に一人で対処できていた。
小さなエフェクトを出して消えていくコウモリを見届けるとリアーナさんがよく通る声で言った。
「コウモリ二羽とゴブリン二匹来ます」
「分かりました」
草原でも思ったことだけど本当に索敵範囲が広い。蛇行も入っている洞窟だからスキルで敵を感知しているのはまず間違いなくて、そしてそのレベルは相当高そう。
一方で私の【気配察知】が反応したのは反響するゴブリンの鳴き声が聞こえた後──現状だと役に立っているとは言い難かった。
「来ます」
リアーナさんの声と同時に奥の曲がり角から四体の姿が現れ、そして私に気が付いた。ゴブリンは走って、コウモリは飛んでこちらに向かってくる。コウモリが先行。
「魔法使いだったら前に打つだけで終わるんだろうけど……あいにく私は短剣使いだからね」
私は持っていた短剣を一旦ベルトに差して、一番最初の【旅人の短剣】をインベントリから素早く取り出した。そして地面を蹴り、敵の間近になったら勢いのままにジャンプして天井近くを飛ぶコウモリに肉薄する。
振るった二本の短剣は二羽のコウモリの羽根を貫き、さらに天井の岩盤に突き刺さった。
「よしっ、縫い留め成功」
動けないのを一瞥で確認して今度は自分の下に視線を滑らせると、ゴブリン二体がそれぞれ棍棒を握りしめて自由落下する私を待ち構えていた。確かに手ぶらで降りたらその瞬間に殴られて紙装甲の私では間違いなく死ぬだろう。だけど、彼らは大きく勘違いしている。別に私は短剣を天井に突き刺したせいで武器がなくなった馬鹿なプレイヤーではない。
ベルトの短剣は装備されたままでメニューを開いてセットする必要はなく、手に持つだけで十分。
「【ダブルエッジ】! 【スラッシュ】!」
まず一体。
私はスキルの反動を利用してもう一体の後ろに着地し、両手の短剣でその背を切り裂いた。これで二体。
それが終わればあとは特に苦労することもない。いまだ天井でバタバタしているコウモリの真下に来て、未装備でアイテム扱いになっている【旅人の短剣】をメニューから回収した後、私は落下してきたコウモリをスキルで沈めた。
洞窟の壁に寄りかかって体を休め、二人を待って合流する。
「さすがです」
「かっこよかったよ!」
「いえ、リアーナさんの索敵のおかげです。ありがとうございます。アルもありがとう」
格好よかったと言われるのは嬉しいけど、そうしていられるのもリアーナさんの索敵のおかげだった。あれがなかったらとても無様な死に方をしていたと思う。改めて私は彼女にお礼を言った。
そうして一休みを終えたらまた同じように私を先頭にして奥へ進んで行く。ここの敵はレベル上げにも腕を上げるのにもちょうど良いから、こうして一人で戦わせてもらえるのはとてもありがたかった。
「このくらいなら余裕だね!」
「まあね。まだ近距離の敵しかいないし」
短剣は本当にリーチが短いけど、相手も短いうちはまだ労せずに倒せる──と、そう考えたのがいけなかったのかもしれない。
たまにやってくるコウモリを倒しながら十分くらい歩いたところで、私は後ろを歩くリアーナさんから悲しい事実を伝えられた。
「ルーティさん、次は大変かもしれません」
「それってもしかして」
「はい。ゴブリン三体で、内一体は魔法を使いそうです」
⋯⋯言霊は本当に存在するのかもしれない。
リアーナさんによれば曲がり角三つ先に少し開けた場所があって、三体はその中を動き回っているらしい。私は「どうする?」と尋ねてきたアルに対し首を横に振った。
一人でやってみる。
「これが二個目。ということはあれが三つ目かな」
私は音を立てないように最後の曲がり角に駆け寄り、壁に身体を添わせてからほんの少し身を乗り出して中を見た。
「うわ、弓もいる」
棍棒、弓、杖の三体が教室より少し広いくらいの広間を時計回りに回っていた。ちょうど、円周を三等分するような感じ。
「目の前を通り過ぎたところを背後から襲えば一体は確実かな。とすると狙うのは⋯⋯」
私は乗り出していた身体を引っ込めて壁の陰でステータス画面を開いた。防御よりも精神の値の方が低いことを確認して、弓よりも魔法使いを優先することを決める。
その時、隠れていた私の前を杖を持った影が通り過ぎた。
「今っ!」
私はすかさず陰から出て隙だらけの背中に【スラッシュ】を叩き込んだ。そのエフェクトの付いた二本の短剣は、万が一にも体力が残らないようにと追加の攻撃を考えていた私の目の前で、まるで吸い込まれるように精確にゴブリンの背中へと向かって行き。
「えっ?」
キンッと青色の薄い板に阻まれた。
目の前のゴブリンがこちらをふり返ろうとするのが、空気に溶けるようにして消えていく青い板の向こうでいやにゆっくりと見える。
魔法がかかっていたらしいと気づいた時、私は右後ろに微かな風切り音を聞いた。
「【回避】!」
どう飛んでくるかをふり向いて確認する暇はないと判断し、私はスキルを使って大きく矢を躱して、その結果部屋のちょうど中心に転がり出た。三方にゴブリンがいる状態で、こうなったら各個撃破するしかない。もちろん魔法使いから。
方針を決めた私は威嚇を緩めないようにしながらさっきと同じように短剣を持ち替え、射手のゴブリンに向かって身体を走らせた。すると当然矢を打ってくる。私は頭を狙っていたそれを屈んで避けてから両手の短剣を投擲し、それから即座に進路を魔法使いの方へと取り直した。
──あの短剣が僅かでも時間を稼いでいるうちに、まずこっちを消す!
自分の方へ来るとは思っていなかったらしい魔法使いが慌てて詠唱を始め、それは私が辿り着くよりもほんの少し早くに完成して目の前に火の玉を出現させた。
けれどもここでまた距離を取るわけにはいかない。次は射手を怯ませられない。
私は逡巡しなかった。
「耐えて!」
飛んで来るファイアボールに自分から突っ込む。精神のシェープ値が20も無いせいで体力が勢いよく減っていくけど、それでも火から出た時にはまだほんの僅かに残っていた。そして何かの通知音が──今じゃない!
私は雑念を払って短剣を堅く握った。
「【ダブルエッジ】! 【スラッシュ】!」
青い障壁は現れない。杖が落ち、ポリゴンに変わっていく。それだけを確認して私は身を翻し、今度はさっき【旅人の短剣】で牽制した射手の方をふり返った。
そして目にした。
「あ」
黄色いエフェクトを纏った矢。それがもう三メートルもないところまで迫っているのを見て、私は瞬時に避けきれないと直感した。屈んでも跳んでも、たとえ【回避】を使っても間に合わない。
時間が引き延ばされたような感覚の中、私は一抹の希望をもって自分の体力ゲージに目をやった。けれどそこには瀕死を示す赤いバーがまるでスペクトルのような細さで残っているだけだった。
私は空しいままに視線を下げた。アルとリアーナさんには申し訳ないけど、どうやら私はここで退場のようだった。続きの洞窟探索は、まあ二人なら余裕で終わらせられると思う。
ちょっと出しゃばり過ぎたかなと、そう思った時、視界の隅っこにあったハチミツ色のパネル──ゲームログが目に入った。
「はは、本気?」
そこに書かれている文字はまるで光り輝いているかのようにはっきりと認識された。
私は咄嗟に両手の短剣を握り直して、放たれた矢をもう三十センチもないくらいの目の前にしながら、それらをゴブリンの方へと投げつけた。
──変な回転がかかったけどお願いだから上手くいって。
「ぐっ」
私の胸に矢が突き刺さり、視界がポリゴンでいっぱいになる。空気の塊が口から漏れ、完全には消しきれない痛みが心臓を駆け巡る。
けれども僅かな視界の隙間から、私の投げた短剣がスキル後の硬直下にあったゴブリンに両方とも命中し、その頭上にあった体力ゲージを削りきったのが見えた。
それと同時に少しだけ残っていた私の体力もとうとう視認できなくなり、視界には棍棒を持った最後の一体だけが残る。
──刹那、ピロンというコミカルな音が鳴った。
新たに刻まれた一行のログを見て、私は自分の口角が強く上がるのを感じた。
「天命、かな」
『スキル【不屈】が発動しました』
リアーナとアルジーンはどうしてルーティのことを助けないの? というツッコミはご勘弁ください。
二人はβの頃からいるので【不屈】のことを知っていた、ということにしましょう。
それと誤字報告、大変助かっております。この場で感謝を申し上げます。




