新生活の幕前
「三日後の昼過ぎにまた来てくれ。」
僅か数分間厨房に下がったルーグがそう言いながら再び顔を見せた。
序でに不味い珈琲が二つに果汁水を二つ出される。
「こんなもの取り扱ってたか?」
珈琲は私とルーグの前に、果汁水は私とアリスの前に置かれる。
客の前で堂々と……いやどうせ客は来ないか、ほぼ軍御用達だから軍関係者以外が来ている所は見た事が無い。
恐らく夜間なら普通の客も来るのだろうが……ただでさえ凡人向きではないこの店が夜に提供している物というのは果たして口にしても大丈夫なのか。
まぁ諜報部の凡人向けの酒場や喫茶は他にあるから此処は之で良いのだろう。
「こっちのジュースはねぇ……いやぁ流石にあの人達にここのコーヒーを出すわけにはいかないからね。
だから一応用意できるようにはしてあるヒューマ用の飲み物なんだけど……作るのも久しぶりだからちょっと毒見してよ。」
一応用意できるのに口に合わない不味い珈琲を提供していたのか。
「ルーグさん……後日お話があります、えぇ、私からでは無いですがお話があります。」
アリスが静かに怒っている、一体何処にこの話を持ち込んで話をさせるつもりなのか。
同じ軍部、厳密に言うと諜報部は命令系統が軍部内に無いので別組織なのだが、同じ軍部として扱われるので一応同じ軍部の仲間として多少の事は問題にされない筈だが……
気にしない方が恐らく良いだろう、候補は二つ有るが何方も積極的には関わりたくない。
ルーグも同じ発想に辿り着いたか「あそこは勘弁してくれ」と言い出した。
とりあえず次から凡人用の飲み物を用意するという約束を取り付けるアリスを眺めつつ果汁水を飲む。
果たして之で良いのかどうかは判断が付かないのでアリスに任せよう。
珈琲も飲むが此方は不味いという先入観からか、不味いという印象を受ける、今の舌で味の評価は無理だ、飲み切ってしまおう。
アリスが果汁水を飲んだ感想は微妙の一言だった。
「三日後にまた来る、厨房に人を呼んで置いた方が良いと思うぞ。」
アリスの感想に合わせつつ残りを飲み切ってしまう。
色々と用意に手が掛かるだろうから邪魔にならない内に店を出る。
「あ、ドゥさん。」
「ん?ヤビィか。」
丁度店の前をヤビィ達とゼブルが歩いていた様だ。
ゼブルも含めて全員其れなりの量の荷物を抱えている。
昨日渡した通貨の半分は既に使い込んでいそうだが、直ぐに問題にならない程の通貨が入るだろうし問題は無いか。
「ドゥさん、そこ何の店ですか?」
「あまり気にするな、凡人の口に合わない味をした珈琲が出てくるからな。」
「あー……食の好みでの問題かぁ、でもちょっと気になりますね。」
「今日は止めておけ、店主は忙しいだろうから今行っても碌な物が出ない可能性の方が高い。」
忙しくしたのは此方だから余計にな。
それにしても女性陣は随分と買っている様だ、一応確認はしておくか。
「ニタン氏、必要な物は手に入りましたか?」
「一通り揃いました、あの国では殆ど手に入らない物ばかりで困っていたので助かりました。」
「ふむ、それは……あ、いやその愚痴は私が聞かない方が良いか。」
「お気遣いありがとうございます、当たり前に有った物が、当たり前に手に入る有難みというのを実感しました。」
当たり前にある筈のものが無いというのは、実際にその状況にならないと分からない苦しみだ。
ヤビィ達は平気そうにしている、男には問題無かったのか男用は揃っていたのか、そもそも女性に必要な物をあの国が理解していたのか生産していたのかという問題もありそうだ。
「この国でなら最悪、商業部に掛け合えばある程度の物は直ぐ作れると思います。
流石に出来の良さ等は研究を重ねなければならないでしょうが。」
「ありがとうございます、対応して貰えるだけでも助かりますわ。」
折角ヤビィ達と合流したのでそのまま家へ一緒に歩いて帰る。
荷物を運ぶのを幾らか手伝う事になったが大した労力でもない。
家の傍に用意した住居は、仮設だがこのまま三十年住むのも無理では無いだろう。
先程は外側しか見ていなかったので、荷物を運び入れる序でに中も見て回る。
設備類は……これからの予行演習代わりに揃えられる物を揃えてあるな。
確かベヘの再建まで一ヵ月無かった筈だが、随分と力を入れたな。
本当に練習替わりに造ったなら設備が問題無く使えるかどうかは確認してあるはずだが、一応此方でも確認しておくべきだろうとは思うが、初見の設備もあるしそれも難しそうだ。
軍設備で採用されてない物も、いやこれは最新の軍用設備だろうか。
少なくとも何を設置したのかは確認しておく必要があるな。
責任者は居間でジェニアに設備の説明をしている最中の様だが……軍用設備の使用法等ジェニアには説明できないだろうからアリスを連れていく。
「おぅ旦那、帰ってきてからもバタバタと忙しそうなとこ悪いんだが、新しい家の説明をしたいからちょっと時間くれや。」
「其れを聞きに来たんだ、また随分と豪勢な物を入れたみたいだな?」
責任者の……半鉱人だろうか、もう半分は判らないが半分程は鉱人種だろうやや背が低めで重量重め体毛濃めの責任者が遣り切ったと言わんばかり顔で謝罪から説明を始める。
「いやぁすまんかった、軍人さんの家だし良いかなってついつい色んな物を付けちまってなぁ。
一応やべぇもんは全部認証式にしてあるからあん子らが間違って使用したりはしない筈だ。
認証式じゃないもんで新しいもんはその嬢ちゃんに一通り説明したからそっちに聞いてくれ。
で認証式にしたやつなんだが……」
これは間違いなく、その場の乗りと勢いで付けて後悔も反省もしてないな。




