東へ
日が沈んでいる状態で出発するのはあまりにも不自然だ。
そう気が付いたのは、困った事に装備を受領してからだった。
昼も夜も関係なく明瞭な視界を確保できているし、睡眠自体も偽装している身としては正直全く関係ない話なのだが。
全く関係無い等と感じている時点で既に相当生物から離れてしまっている。
あまり実感も無いし、行動を縛られるだけで煩わしさすら感じ始めているが、生物を辞めるのはまだ早い。
基地内の隊員には何も言ってないが、既に寝る場所を確保してあるそうだ。
当然の様に夜明けに出発する物だろうと思われている。
今回の任務は偵察で緊急という訳でもない、これを蹴って出発する理由にもならないし、今日は大人しく基地で夜を明かす事になった。
アリスは生物的に見て急速に進化しているが、まだ生物の範疇だ、無理はさせられないし、させたくもない。
ミラと話しているから寝てて良いと言ったら、態々私の所に来て膝の上に頭を置いて寝ている。
元よりこの基地は事実上の"敵国"との国境線上に隠してあり、個室を借り受けてる身としてこんな事を言うのは失礼だが非常に狭い。
そこにわざわざ仮設寝具まで用意してあったのだが一つで十分だったな。
梱包箱を並べて即席で作った寝具をそのまま椅子の代わりにミラが座る。
「それで、アリスとは何の話をしていたんだ?」
別に態々聞かなくても良いのではとも思うのだが、夜は長く暇だ。
一晩中話し続ける程でもないが、多少なりミラと話している方が建設的だろう。
「ん~最初は僕の事と君の今の身体の事だったけど、途中からはずっと君との付き合い方の相談みたいなものだったかなぁ。」
……それは深くは聞いては駄目な相談だな。
「そうか……」
「まぁわかってはいるだろうけど、悪い相談ではなかったよ。」
「そこは疑ってはいないよ、大方私がどうすれば喜ぶかとか、あるいは逆で、私が本当は嫌っていないかとか。
だいたいその辺りだろう?」
「うん、だから僕はだいたい大丈夫だよって伝えてあげるくらいしかしてないかなぁ。」
それは大体予想済みだ、ミラと出会ってからこの世界ではまだ一週間程度しか経っていないが、深層心理的には五十年近い付き合いになる筈だ、殆ど覚えていないが。
だからこそミラは私の事は私以上によく知っている、本来私たちの関係で隠し事も出来ないのだから。
今は記憶に鍵を掛けていて、その鍵はミラも持っている状態だから、間違って開かない様に私からミラの心や記憶は覗けない様になっているが、本来は相互に繋がっているのが正しい状態だった筈だ。
覚えてはいないが必要な事は出てくる、記憶はそれくらい大雑把な方が良いし、今でもそう機能している。
そうなる様ミラが調整している可能性もあるが。
「……で、その程度の話だけなら半分も掛かって無いだろう?」
「あとはもう他愛のない雑談ばっかりだよ、武器とか服とか食べ物とか、うん。」
「それがその人型から混沌引っ張り出してた物か、まぁ武器はともかく服はな。」
「女の子だからね、君が喜びそうな服の相談はちょっと大変だったかな。」
女性はその辺りの事に関してはな、多少なら付き合えるが専門でもない事をそこまで突き詰められない。
専門家になれる程度に勉強すればいいのだが、そこまでやるとまた別物だったりするので何とも言い難い。
「まぁ詳しい話は僕からより彼女に直接聞くといいよ。」
「あぁ、そうしよう。」
「さてと、僕もちょっと君を見てて思いついたことがあるから朝までちょっと離れるね。」
「ん、そうか。
なら私は疑似とはいえ少しは寝ておくとしよう。」
「りょーかい、じゃぁおやすみ~。」
「あぁ、おやすみ。」
ミラの使っている人型が、糸の切れた人形の様に壁に凭れかかって静止したのを見つつ、私も膝の上のアリスが安定するように体勢を固定して疑似睡眠状態に移行する。
少し手間取ったが意識が鈍化し、日の光が射し込んだのを確認して意識を正常に戻す。
寝た、という感覚にはまだまだ遠すぎる。
膝の上のアリスはまだ眠っているが、少し膝を揺すると目が覚めた様だ。
昨日の中に受領した装備……というか旅人の様な服に着替える。
質が悪い、肌触りも悪い、形状も悪いと三拍子揃った酷い装備だ。
だがこれが国外で、平均的な庶民が受容している文明水準の服なのだから如何仕様も無い。
この服を受け取る為だけに一日潰したと思うと少し苛立ちを覚えるが、昨日は色々と他にしているのでまだ良い方だろう。
素振り等身体が鈍らない様にする程度の事しかできない頃だったら危なかったな。
アリスもさっさと服を着替え終わり、私も直ぐ着替え終わる。
ミラの人型はそもそも員数外で無いのでそれっぽく服を変えておく。
実に単純な構造で単純な形をした服だ、着た後に色々と付けなければならない軍服よりも楽だが、余りにも単純過ぎるので質を良くしたとしても普段から着たいとは思えない。
基地内の隊員にもう出る事を伝えて基地を後にする。
以前ならここからは徒歩か馬車なのだが今回は違う、なので街道に行かずに森等で視認されない道を選ぶ。
森等で隠れられない所は遮音結界と迂光結界で誤魔化して移動する予定だ。




