一休み
基地設備には当然灌水室もあるので案内してもらう。
基地にはほかにも必要な整備が大量にあるので、灌水室は十人前後も入れば一杯だろう、当然種族も性別も別れていない。
とはいえこの基地の隊員の大半は凡人族か森人族の様なので種族別にする理由もない。
浴槽もないので手早く済ませて宿舎に案内してもらう。
来賓用の個室に割り当てられている様で、案内役は隣接する護衛や秘書等が利用する待機室にいるので用があったら呼んでくださいと言って其方の部屋に入っていった。
交代要員も一応は居るだろうが、この手の対応には意思疎通がし易い様に代表して一人が専任する。
通常勤務と違って休憩がいつ取れるとも知れない、非常に面倒な任務の一つに数えられているが、そもそも代理人は軍部内の身内な上、二人から四人程度の組で動いているので、大抵の事は自分達でしてしまう。
施設案内程度で他に仕事が殆ど無い代理人の対応なら楽な仕事だろうし、待機室も普段の隊舎より良い部屋だろう。
「先輩、報告書は後回しで今日はもう休みましょう。」
とりあえず報告書を書くかと、室内に用意されている机に向かおうとした瞬間にアリスに釘を刺される。
既に肉体は疲労とほぼ無縁で、特に疲れてもいないし自然と机へと身体は動いていたが、確かに休まないと生物的に不自然だろう。
いやだがしかしだな……
「それは分かったが……アリス、その手は何だ。」
勿論言われるまでもなく分かってはいる、だが隣室には人が待機しているので流石に遠慮しておくべきだろうと思ったのだが、アリスはそう思わなかった様だ。
返事も返さず、寝具の上でさぁ来いと言わんばかりに手を広げて此方を見ている。
まぁそれくらいはいいか、寝具はしっかり二つ用意されているのだが、見なかった事にする。
そのままアリスの誘いに乗り、既にアリスが待っている寝具に入って掛け布団を被る。
そのまま抱き寄せようとした時には既に昨日と同じ犬型になっている辺り、昨日の事は許容してくれるのだろう。
流石に自宅でもないのにあんな事はしないが。
抱き寄せてみて分ったが、アリスは昨日より小さくなっている。
今日の物騒な森の散歩で、散々狼になって走り回ったので骨格や体格を変える事には慣れてきたのだろう。
質量までは流石に変わっていない様だが、体格が変えられるというのは色々と応用が利きそうだ。
余裕のある時にでも体格を大きくする練習もさせた方が良いだろうか。
アリスの毛皮を優しく撫で流しながら、眠りに入るのを見守る。
無駄に動いて起こすのも可哀そうだし、そのままの体勢で思考を落としていく。
昨日は些細な事で戻ってしまう思考速度の調整でやや苦戦したが、それでも必要な情報は取れている。
今日は眠っているのとそう大差ない状態になれる。
結局の所、本来眠っている人間は、近くで多少物が動いたり布が擦れる音がした程度では起きないのだ。
だがそれらの動きを完全に無視してしまうのは、有事の際には危険すぎる。
まぁそもそも私が安全圏以外でそういった隙を見せる事は、生涯通してもう無いだろうが、状況によっては眠っている状態を偽装出来る必要もあるだろう。
睡眠状態の偽装がどこまで可能かは、後々調べなければならないだろうが、一先ずは第三者に眠っている様に見える程度には睡眠状態になるべきだろう。
何と言っても隣の部屋で待機している人間がいる、此方を覗き見たりはしていないが何か問題が無いか時折確認の為に見てくることはあるだろう。
善意なら此方が眠っていないのは相手の心配の種に、悪意なら釣り出して罠に掛けるための餌になる。
睡眠一つとっても駆け引きに使えるのだから、些細な事でも生物らしい行動を取れる様にしておくべきだな。
結局朝方まで調整に掛かってしまったが、傍目には寝ている様に見える状態にはできた。
アリスの眠りは深そうなので、起こさない様に注意して寝具を離れる。
さっさと報告書を仕上げてしまおう。
幸い今回の仕事内容はほぼ一晩で終わらせられたので報告する内容は多くない。
アリスと回って倒した魔獣類の報告と、今回の騒動の原因だった門の報告くらいだ。
牛鬼モドキは現物を持って帰って来たし、そもそも碌に戦わなかったので報告する内容が殆ど無い。
あとはアリスが起きるのを待って、単独行動中の報告を乗せればいい。
門の報告は少し面倒だが、そこは嘘にならない範囲で誤魔化す。
そもそも詳細の調査は別に調査隊が組まれるだろうから、此方から上げる報告で全て説明できる必要はない。
門の空いていた場所の正確な情報と閉じた方法さえ合っていれば、残りは調査隊が調べてくれるしその報告とも齟齬は出ないだろう。
『ミラ、一応聞くがあの門を閉じた方法は、主に魔素の枯渇による術式維持不全だよな?』
『ん、ちょっと待って……あ~うん、それであってるよ。
念のために門の向う側の座標とか状況とかも確認するために観測もしてるけど、その情報は要らないよね?』
『そこは大丈夫だ、ありがとう。』
『ん、ああいうのは僕の仕事じゃないけど管轄違いでもないからね、あともっと頼ってくれてもいいんだよ?』
『それは遠慮しておく。』
一先ず私の分の報告はこれでいいだろう。




