一休み
重い荷物を背負っての移動は面倒だったが、余りに特殊過ぎる能力は晒したくない。
アリスの訓練くらいにはなるだろうかとも思ったが、面倒そうなだけで大変そうな雰囲気でもない。
ただそれでも移動速度に影響は出ている。
どうしても長くて安定性に欠ける重い物を運ぶ関係で、重心に気を使う必要がありどうしても速度が落ちる。
正直置いて行きたいがそういう訳にもいかないので仕様が無い。
この状況でも戦えない訳ではないが、さっさと味方の陣地に入ってしまった方が楽ができる。
私達に振られている仕事から言えば、後は今回の騒動の原因に関係の有るこの死体を持って帰れば十分。
後は現地部隊の仕事で、わざわざ面倒な状況で手を出す必要はない。
行きとは違って帰りは、群れから逸れた様な魔獣にすら遇わない道が選択できる。
そもそも魔素の濃い地を魔獣は好むので、行きは当然最も魔獣が多い場所に向かって進んでいたようなものだ。
そこから離れるのだから楽になるのが当然だ。
幾つかの集団を迂回しながら進み、そろそろ日付が変わるだろう時刻に差し掛かる頃に味方部隊の陣地に辿り着いた。
「アリス、先に陣地に入ってくれ。」
「了解です、その巨体は目立ちそうですしね。」
いきなり陣地に侵入したりはしない。
臨戦態勢の陣地に未確認の巨体が現れて、敵と誤認されるのを防ぐためだ。
勿論基地の探知圏内なのだから、彼方が既に確認してくれているなら問題は無い筈だ。
だが部隊員全員に情報が正確に行き渡っているかは分からない。
此方の移動速度も、行きと比べて遅くなったとはいえかなり早い方に分類されるだろうし、まだ情報伝達途中という事もあるだろう。
こういった不確定要素が多いときは慎重に行動するくらいが丁度良い。
アリスもそれはわかっているから一声掛けるだけで十分理解してくれる。
アリスが陣地内に入って味方部隊と接触したのを確認してから陣地に侵入する。
必要最低限の連絡事項なら十秒も要らないだろうが、そんなに急いでいく必要も無いだろう。
普通に歩いて……と思っていたらアリスの所にいた隊員が此方に向かってくる、案内役だろう。
「お疲れ様です、その荷物は此方で基地の方に搬送させますので……あー申し訳ないですが輸送車の傍まで運んで貰ってもよろしいでしょうか。」
魔獣系の死体としか聞いてなかったのか、一人で運んで来ていると聞いて大きさと重量を予想し間違えたのだろう。
おそらく文言的にはお預かりしますと続けたかったのだろうが、冷汗をかきながら此方の顔を窺う様に言ってきた。
どう見てもこの隊員一人では運べないだろうが、階級は一応此方が上官だ。
此方が後は頼むと言ってその辺に置いてしまえばこの隊員が対応しなければならなくなり、その可能性を考えたのだろうやや顔も引き攣っている。
勿論そんな虐めの様な事はしないが。
「輸送車まで案内してくれ。」
「了解です。」
安心したのだろう顔に平静さが戻っていく。
そこらの国の兵士ならこれでも許されるかもしれないが、この国の兵士としてはまだまだ訓練段階だろう。
階級章は一番下を示す陸兵の物が付いているが、訓練から上がってきたばかりの新兵だろう。
いきなり戦闘に巻き込まれるとは不運だな。
そのまま新兵に案内された輸送車両の傍に牛鬼モドキを降ろす。
少々乱暴に降ろしたが死体から血が飛び散る……という事は無い、貫通させた木の根はそのままにしてあり、血液は根に吸わせてあるので血の臭い等も殆どしない様にしてある。
血液を調べるなら木の根の中から取り出せる、魔獣や魔物類の死骸調査で取る手段の一つなので説明する手間も無い。
「ありがとうございます。」
「では後は頼む。」
敬礼しながら此方を見送る新兵に答礼を返す。
此方の予定とは関係なく基地に戻る予定だった輸送車を待機させてあるらしく、途中で合流したアリスと一緒に乗り込む。
後は道の悪さで揺れる車両に揺られはするが、多少なり寛いで帰れるだろう。
そもそも悪路での運用は想定通りの車両だ、揺れると言っても馬車に比べれば揺れていない。
アリスも疲れたのだろう車内で席に着くと同時に寄りかかってきた。
基地に着いて直ぐにする報告は私一人でも問題ないし、そのまま寝ても良いとは伝えたがまだ寝るつもりは無い様だ。
そのまましばらく車内で寛ぐ。
同乗者は交代で基地に休憩に戻る者達だろう、全員から疲れが滲み出ている様な雰囲気を感じる。
外を見れば目の前を木々が通り過ぎていく、反対側を見ても同じだ、よくこんな狭い所に車両を通せる物だと感心する。
アリスと二人で乗った小型車両と比べても車幅も車高も倍近くは有る様に見えたが、器用な物だ。
この車両が通れる幅に道を用意したのだろうが、もう少し位広げても良いだろうにな。
基地に着けば乗員達は速やかに降車していった。
此方に合わせて待機させられていたのだから早く基地に戻って眠りたいのだろう、邪魔ならない様に全員が降りてから降りる。
案内役が既に待機しているのでまず指令室に案内してもらう。
とりあえず原因は排除した事は伝えるとして、取り急ぎ報告しておく内容は後は無いだろうか。
「おぉジェラルド卿、先程のスライムの情報は助かりましたぞ。
今回のはスライムの中でもデータの多い特別面倒な個体ではなかったので余裕こそありましたがな、防衛線に当たってから解析していてはどれだけ被害が出ていた事か。」
「おや司令殿、これから丁度報告に向かう所だったのですがわざわざ出迎えにいらっしゃったのですか?」
「ハルメリアス卿にも感謝を、手の空いているエージェントの協力をお願いした所、休暇のお二人を呼び出してしまいましたでな、この程度は礼を尽くさねば罰も当たるという物。
私も自分の休暇を他人の事情で潰される事はままありますが、あまり気分の良い物ではありませんからな。」
また随分と口数の多い、研究が本職の軍人だろうか。
とりあえず報告を先に済ませてしまうか。
「休暇を潰されるのは代理人でもよくある事ですのでそこまでお気になさらず。
それから一先ず今回の騒動の原因らしき物は排除に成功したので、明日の昼過ぎ頃までには一旦落ち着くでしょう、詳細な報告は……明日纏めて報告するという事で、司令殿も一度休まれては如何ですか?」
「それはまた随分と仕事の早い、いやお二人はエージェント内でもかなり優秀とは聞いておりましたがこうもあっさり……
まぁこれであとは問題が起きなければ、私もこの後ゆっくり眠れそうで大変ありがたい事ですな。
お二人とも報告は明後日でも構いませんのでゆっくりなさってくだされ。」
「そうさせて頂きます。」
互いに敬礼をして基地指令と別れる。
向かう先は寝室だろう、既に引継ぎを済ませて部屋に居たか戻る所だったと思われる。
階級的に普通は此方から報告に向かう所だし、礼というなら案内も居るし基地設備も使えるのだから十分の筈だ。




