特異個体
『見事な手際だねぇ、僕の知り合いの大半はまず殴り合いから始める人が多いから、今の搦め手は参考になるなぁ。』
あの程度で搦め手と言っていいのだろうか。
唯単純に陽動を掛けて、確実に罠に嵌まる様に調整しただけなのだが。
もちろん罠にかける事自体は搦め手だと言えるだろうが、初めから罠の上に立っている敵が罠に掛かる様にするのとはまた違う気がする。
『まぁ確かに個人戦の搦め手って言えば、戦闘中にこっそりかけるイメージはあるけどね。
始まる前に用意してそれを使うのも間違いなく搦め手だよ。
それに術式がすごく丁寧で面白いね、何処まで想定して術式用意してたの?』
既に岩の塊の様な生物を見た後だ、もっと硬い金属の塊が出てくる可能性も考えていたし、その真逆の粘性生物も見ているのだから、液体に対処する可能性もあった。
樹系統で木の根に干渉し、指定範囲内にいる生物を狙って絡み付く様に動かす。
術式の基本に置かれている魔術は後からの変更が殆ど効かないが、刺すのと絡み付くのは同じ動作で始められる。
叩きつける等の場合は全く違う動きを設定しないといけないが、接触する時の動作を後から意図的に妨害するだけで調整できる範囲だ。
続いて発する術式はどの属性を主体に使うかで三つの型を用意する。
火系統を主にするならば当然、木の根が火の熱に当てられて燃え上がる。
物が燃えて生まれるのは灰、灰は土系統に属し、土系統に属するならその内には岩が存在する。
正直殆ど現在の五属性論をそのまま使った術式だ。
そもそも岩系統というと誤解され易いが、この属性は本来は鉄系統と言うべき属性だ。
単純に属性魔術士が鉄を扱えず、岩なら使えると言ったのが岩系統とされた原因だ。
その属性の本質は密度だ、魔素だけ用いて鉄を生み出せれば超が付く一流の魔術士と言われる。
だがそれを成すには膨大な魔素が必要になって確実に敵に悟られる。
そこで火から順に起こしていく、火が熱を、樹が灰を提供し、土が集める。
集められた灰は火の熱を利用して溶け合い、それを岩系統で凝縮する事で鉄をも貫く刃へと変じさせる。
これくらいの下準備があるならば、この国の術士なら三流でも出来るだろう。
後はそれを如何に素早く、静かに、気が付かれない様に出来るかの話だ。
もし粘性生物の様な物が出てきたなら樹系統をそのまま主にするだけで良かった。
五属性論では樹系統は水系統を吸い上げる。
そのまま絡み付かせつつ、魔素で溶かされない様に保護しながら木に吸わせるだけで良かった。
あるいは、土系統を主にする事で、水に土を含ませる事で泥にして硬めて木の根で捕縛するというのもありだっただろう。
精々この程度の想定だ。
下位龍種位なら対応できただろうが……そういえば霧状生物系の魔物対策をしていないな。
個人的に満点の対策とは言い難い。
『そこまで多様な可能性を考慮した対策なんて普通できないでしょ、僕としては満点だと思うな。』
……それより、こうして喋る余裕があるならもう処理は終わったのか?
『うん、本来こういう空間の裂け目は世界が勝手に修正するんだけど、塞がるまでは開きっぱなしになるからね。
誰かが面白がって固定したり抉じ開けたりする事もあるから、きっちり塞いでおいたよ。』
普通の現地住民で対応するなら、門周辺の魔素を拡散させてやるぐらいが出来て精々と言った所だろうか。
『そうだね、それだけでも裂け目は閉じるけど、さっき言った様に誰かが抉じ開けたりする事もあるし年単位で開かないか確認はした方がいいかな。
あと裂け目の向うは世界の外だから、普通の人が行ったら帰ってこれなくなっちゃうからそれも気を付けた方がいいね。』
世界の外か……この国でもまだ研究できていない領域だな、伝え方は考えておく必要がありそうだ。
そういえばアリスにミラやその他いろいろ説明するという約束を……いや約束はしていないか。
だが紹介くらいはしておいた方が良いだろうし、その方が色々と楽だろう。
混沌を使って適当な人型を用意すれば、挨拶するくらいは可能か?
『大丈夫だよ、流石に戦ったり運動したりとかは難しいけどね、話をするくらいなら余裕だよ。』
では大佐に頼んだ偵察任務でアリスと二人になった時にでも頼む。
『了解だよ、あんまり隠し事はない方が良いから挨拶位とは思ってたんだ。』
その辺は此方の意思を尊重しているのか。
さて、アリスの方も丁度生き残ってる特異個体が逃げ始めているようだし合流するか。
「目標は片付いた、帰還しようアリス。」
「了解、お疲れ様です。」
おっと、こっちに出てきた牛鬼モドキは一応持って帰った方が良さそうだな。
流石に混沌に入れて出すのは目撃されると面倒だ、文字通り持って帰るか。
「すまないがアリス、こっちの太刀二本と薙刀を運んでくれ、私はこの……牛鬼モドキが大きくて流石に手が塞がる。」
「これはまた随分と質の良い武器を……確かに持って帰って調べてもらうべきか、わかりました。」
若干面倒そうな気配が見えたが、流石にこれを放置はできない。
既にアリスが周りの敵性存在を追い散らしてくれているが、戻ってこないとも言い切れないし、こんな大きくて邪魔なものを持っていては戦い難い、私も面倒だ。
しかし太刀と薙刀まで全部合わせて括り付けたこの牛鬼モドキを持って移動するのは、流石に安定性の面で厳しいので武器だけはアリスに頼まざる負えない。
「限界まで敵と接触しない様に道を選ぶから、もう少しだけ頑張ってくれ。」
「了解です。」
帰還は……予定より少し遅くなりそうだな。




