特異個体
「さて行こうかアリス、今日中に終わらせてしまおう。」
もう既に日が沈み衛星は二つ見える。
地上から観測できる衛星は三つ存在して、最も近いのがルーンは二十四時間周期、最も小さいディーメが五十時間周期、最も大きいアンジェが七十六時間周期で回っている。
もしかしたらまだ他にも存在するかもしれないが、少なくともこの辺りの地域からは三つだけだ。
ルーンは常に惑星を挟んで恒星ソーンの反対側に位置する様に動いているので、夜間でも空を見上げれば現在の凡その時刻は確認できる。
ルーンが真上に上がるより前に、目的地に移動して作業を終わらせる程度なら十分に間に合うだろう。
「……もう原因の特定まで終わってるんですか?」
「あぁ、後は現地で作業するだけだな。」
アリスは諦めの様な表情を浮かべている、そういえば先程も何か言っていたな。
『最近の先輩には……』確かにその通りだろう。
記憶は順調に戻っているから以前の自分と比較もできるようになったが、どう考えても以前の数十倍でも利かない程度には能力が向上している。
今回の騒動も以前の状態の自分の能力で解決を図るなら、歪みの場所の特定に三日は掛かっていただろうし、まだ岩の塊を削っている所だろう。
純粋に魔術出力値だけを見てもかなり向上しているし、筋力全体もそもそも筋肉が無い以上比較も出来ない。
一個人、一生命体で持てる力の限界を凌駕している様な気もするが、現状特に何かしらに負荷が掛かっているという感じもしない、特に問題は無いだろう。
アリスの食後の腹熟しに軽い準備体操を手伝ってから基地を出発する。
小型車両が通れるような道はないだろうし、今回も脚頼りだ。
帰りの為に転送門を設置しておこうかと思ったが、流石に基地の探知範囲内で非常識な行動をすると後始末が面倒だろうからそれは止めておく。
道中は先程とは逆で私が前でアリスを先導していく。
余計な戦闘はしない、使い魔の目からの情報と合わせて集団の隙間を抜ける様に移動する。
目的地に近づけば特異個体を中心とした集団ではなく、特異個体同士で縄張り争いをしている。
粘性生物は、そもそも縄張りと言う意識を持たないので参戦しなかったのだろうが、少しくらいは数を減らしてくれてはいた様だ。
最も、多少楽ができる程度の違いでしかないが。
とりあえず目的地に進むのに邪魔になりそうな特異個体から、楽に始末できそうな種を選んで排除しながら進む。
アリスには作業中の護衛を頼むことになる、極力アリスに負担を掛けない様にと考えながら道を選択していたが、殆ど一撃で倒せる特異個体ばかりの道が見つかったので一度もアリスに戦わせずに進むことができた。
後は作業中に不測の事態に陥らなければ問題なく片付くだろう。
「それで……これですか。」
目的地に問題なく着いたアリスの第一声がそれだ。
どう見ても何もない空中に黒い塊が浮いていて、その周りは蜃気楼の様に光が歪んで見える。
歪んでいる原因は黒い塊から放出されている高濃度の魔素だろう、普段は大気に馴染んで目に映らない魔素も高濃度になると様々な現象を引き起こす。
光が屈折する程の濃度になると周囲の生物に影響を与え始めるので、あまりアリスをここに長居させるわけにはいかない、直ぐに処理にかかろう。
『ミラ。』
『はいは~い、ちゃちゃっと処理しちゃうから君が使える混沌の半分くらい借りるよ~。』
『あぁ、どれくらいかかる?』
『これくらいなら30分で終わるよ。』
『了解した。』
三十分ならアリス一人でも処理できるだろう、その間に此方はミラの仕事振りと原因の対処法を考えさせてもらうか。
「アリス、三十分かかるからその間の護衛を頼む。」
「了解です。」
使い魔で出している分を含めた扱える混沌の総量の半分を放出する。
残り三割といったところだろうか、さらに二割を解析用に展開する。
今回は私が、というよりミラが手伝ってくれるから処理できるが、そうでないと処理できないというのは問題だ。
ついでに言うなら原因と対処法を報告する必要もあるので、そもそもミラに任せきりにするわけにはいかない。
放出した混沌はミラが直ぐに掌握したらしく処理を始めている。
ミラはそもそも世界の外にいる筈だ、どうやってこちらの世界に干渉するのかと思ったが、私と言う観測者がミラに情報を送りその座標情報を基に操作している様だ。
わざわざ私の混沌を借りているのはその情報の精度を上げる為と、あくまで座標上の情報でしかないが故の誤差で周囲に悪影響を発生させないための防壁としてが主な理由の様だ。
この黒い塊は……穴と称するべきだろうか。
魔術的に見るなら、召喚用に生物を通らせる門に似ている。
最も似ていると言っても門だけだ、通常召喚術は召喚主の魔素影響圏内に被召喚者を転送させる物で、召喚主と被召喚者の間に儀式的ないし呪術的刻印が必要な多重原理魔術だ。
呼び出す側にも呼び出される側にも多数の制約がありで、転送用の門だけ有っても機能しない。
その門も被召喚者が移動してくる為に、一瞬だけ開く事が出来る物で開き続けるのは基本的には無理だ。
何故と言われれば、その門を一瞬開くだけでも一流の魔術師の魔素貯蔵量を使い切ってしまう程に消費が激しいからだ。
その燃費の悪さ故に魔術界では未だに転移転送系魔術が実用化できていない。
召喚術で実用されている手段も、被召喚者側に施された刻印や制約で無理やり成立させている物でとても転用できるようなものではない。
ここに浮いている穴は、膨大な魔素を放出している点、通ってくる個体に制約や刻印が付けられていない点、召喚する場所の位置情報を提供している筈の召喚主が居ない点を除けば召喚術で使用される門に似ている。
魔素が放出されている点は、穴の向う側から漏れているとして後二点はどういう理屈なのか。
それが分かればミラに頼まなくても自力で対応できそうだ。




