特異個体
基地に戻ると直ぐに食堂に案内された。
元からそういう話だ、それ自体は良いのだが……
「よぉ、戻ったか。」
一体食堂で何をしているんだ。
既に食事は食べ終わっている様だが、名目上部隊を率いてきているヴィクターがこんな所で油を売っていて良いのだろうか。
「大佐……指揮も執らずにこんなところで何をなさっているんですか。」
「怒気を放つな怒気を……アリスはもう少し精神修養が必要なんじゃないか?」
確かにアリスには、相手を問い詰めようとする時には怒気が出る悪癖がある。
本当に怒っている起こっていないに係わらずに怒気が出ていることに、アリス自身もよくわかっているらしいが、改善策が笑っている表情にすれば差し引き零だと言いたげな笑顔で、改善の兆候はまるでない、する気が有るかも不明だ。
それは今は如何でも良い。
アリスの言う通り、大佐は此処で何をしているのかだ。
「あ~そんな顔すんじゃねぇ、全く揃いも揃ってサボタージュかと言いたげな顔しやがって。」
それがどんな顔なのかは分からないが、そういう顔をしていたらしい。
実際職務放棄以外に思い浮かばないのだが。
「そうじゃなくてお前らの棚上げされた休暇の要望を聞いておこうとだな。」
……それ今である必要性が無いのでは。
此処で休暇を再開すれば軽い観光や旅行程度は勿論出来るだろうが、まず作戦を済ませてからにするべきだろうに。
「……それ今確認する必要あります?」
アリスも全く同じ意見の様だ、思わず口に出てしまっただけの様だが。
とりあえず考えておくか、使い魔も周辺一帯の捜索をほぼ終えた様だし、終わらせるだけなら後は現地に行って歪みを封鎖するだけだ。
その方法をどうするかが悩み所だったのだが、それもミラが解決してくれた。
使い魔越しでは出来ないので直接行く必要はあるが、封鎖処置後の後始末まで手伝ってくれるのだから此処は手伝って貰おう。
……ミラの事をアリスに説明をしておく必要はあるが。
「……作戦終了後にそのまま休暇入りした方が邪魔が入り難くなるからな、考えておいてくれ。」
作戦地で休暇入りすると邪魔され難い?あぁ、命令を受けるにしても通常手順なら一度所属基地に戻る必要が発生するから、多少緊急度の高い任務でも他に回され易くなるという事か。
もちろん例外はあるだろうから、あくまでも邪魔が入り難いだけだろうがこの違いは大きい。
……だがそれなら。
「あー大佐、それなら国境超えて東側の偵察任務とか回して頂いても?」
「ん、東だ?国境防衛線の警戒レベルを上げたところだから、偵察任務に一人二人程度なら追加でねじ込めるが……またどうして東に、と言うか今休暇の話だったよな?」
「いえ、最近知り合った新しい情報屋から、東に怪しい動きがあったと連絡がありましたので。」
「またお前は変な伝手を手に入れよって……その情報は諜報部に流してもいいのか?」
「問題無いです、情報ついでに情報提供者の保護も頼まれているので、手早く済ませてしまうついでに仕事もしておこうかと。」
「あー、まぁわかった東の偵察に捻じ込んでおく、ただ休暇の再取得は先延ばしになるぞ、アリスは問題ないか?」
「あ、先輩と一緒ならそれで大丈夫です。」
アリスももう少し自分の意見を出してくれて良いのだが、基本的には私の傍に居れるならそれで良いという姿勢だ。
如何してアリスが私に付いて居る事優先するかについては……もう少しで思い出せそうなのだが、まだ思い出せないな。
確か事故絡みだった筈だが、そもそもの事故について記憶が保護されていて思い出せない。
ただ、アリスと初めて出会ったのはその時だった筈だ。
「先の話はともかく、今は作戦中ですし方針等を決めてしまいたいのですが。」
「あぁすまんな、とりあえず目の前の仕事を片付けてくれ。」
私とアリスの仕事振りに対する信頼なのか、かなり適当な対応をしている。
だがそもそもヴィクターがここで職務放棄して、休暇の確認なんて誤魔化しをしている事を私もアリスも忘れてはいない。
「で、大佐。部隊の指揮はどうなさったのですか?」
「お、おう……ちゃんと出来る奴にやらせてある……ぞ?」
アリスが再び追及を始めたが……そういえば基地司令の挨拶がまだだったか。
つまり仕事の優先順位とその場所の問題で、今は何もすることが無いというのが妥当なところか。
「あー大佐、基地司令殿には会いましたか?」
「あっ。」
とりあえず助け舟を出しておこう。
アリスもそれだけ言えば直ぐに理解した様だ。
「もう大佐、それならそうと先に仰ってくださいよ。」
流石にヴィクターも苦笑いを浮かべている。
「だからサボってるんじゃないんだって言っただろうに。」
食堂には他にも基地の駐留部隊が居るが、そこまで体裁に五月蠅い軍隊でもない。
いや五月蠅い部隊は居ない、が正しいか。
ふと使い魔の視界が頭の中に表示される。
これは、歪みの監視をさせている使い魔の眼だな。
『あー、ちょっとよろしくないのが溢れてきてるよ。
君の国の軍隊でも対処はできるだろうけど、事前通告しとかないと危ないんじゃないかなと思って。』
『む、気遣いに感謝する。』
これは……液体か?
不定形で単純生命体の様な……この使い魔からは既に離れてしまって確認しにくい。
この使い魔は歪みの監視に置いておきたいし、他の使い魔を回そう。
「アリス先に食事を済ませろ。
……陸曹、E地点の前線に向かってきている集団の更に向こう側、写せる所まで拡大してくれ。」
「ハッ」
丁度すぐ傍を通りかかった陸曹に命令を出す。
食事に戻ってきていたのだろう手には料理が載せられていたが直ぐに机に置き、食堂の壁に基地の魔導探知機から送られてくる映像を映して操作し始めた。
「これで限界です、此処がどうしましたか?」
実に手早い操作だったが大体どこを映しているかは十分にわかる。
ヴィクターもこれくらい最新機器の操作に慣れて欲しいものだ。
使い魔の一体が先程の個体を補足した。
今映っている映像の位置と少しズレがあるな。
「すまない、西にもう少しだけ移動してくれ。」
返答するまでもなく即座に操作して返してくる。
魔導探知機の原理は、術式を乗せた魔素を散布し、魔素が近辺の情報を保存し、それを回収する方式だ。
かなり高い精度での情報収集が可能なのだが、探知圏外はほとんど見えない、しかし光情報も魔素は保存しているので全く見えない訳ではない。
つまり
「ん、今何か映ったぞ。」
何事かとその映像を覗く他の隊員が呟いた。
相手は液体故に光情報だけでは見えにくいのだが、液体故に光情報に癖があって見つけやすい。
私だけなら既に使い魔で上空から補足しているが、今の目的は基地に敵の情報を確認させることだ。
「まただ、水面に光が反射するような……こいつは……!」




