特異個体
「とりあえず降ろすような荷物はないし、軽く状況の確認ついでに前線の支援をしてくる。」
偵察自体はもう既に出しているし、基地司令が出張る前線と言うのを見てみたくもある。
仕事をするのに必要な情報を確認するついでに戦闘地域を確認するのもありだろう。
「あ、では基地司令が戻れるようにD地点の支援をお願いします。」
D地点とは何処だろうかと思ったが、アリスが持ったままの水晶球を操作して地図を確認している。
「了解した、支援後に一度戻ってくるから、食料だけ用意しておいてくれ。」
准尉が敬礼で返事を返すのを確認して、その場を後にする。
アリスに食事を摂らせる為に置いていくというのも考えたが、まず確実に猛反対されるだろうし二人一組をわざわざ崩す理由も無い。
本来私とアリスの仕事は支援ではなく調査なのだが、調査中の後方の安全確保は当然の行動だ。
ヴィクターも特に何も言わなかったし、その辺りは自己判断で任されているだろう。
外は既に夜と言ってもいいだろう暗さだが、暗さは問題にならないのは私もアリスも一緒だ。
「アリス、D地点の支援を頼まれているが、他に優先するべき場所は確認できるか?」
「……特に無さそう……ですね、D地点は基地司令が出張るだけあって苦戦してますが、他は問題なさそうです。」
「なら、さっさとD地点を抑えて、ついでに前線が次に当たりそうな集団を潰してから戻ろう。」
基地の外、山の麓は森だ。
人の手が入っていない訳ではないが、車両類で移動できる道は限られる。
地面も整地されていない為に凹凸が激しく、普通の人には歩くのも大変だろう。
だがこの国の軍人は普通の人の範疇では務まらない。
完全装備の歩兵であってもその行軍速度は、一時間あれば車両無しでも約十三万尺は移動できる。
より上位の兵科に分類される代行者なら、その倍は余裕で超えられるだろう。
「アリス、D地点まで先導は頼む、周囲警戒はこっちでやろう。」
「了解です。」
アリスは返事を返しながら前に倒れ、両手を地面に着く。
そもそも人型の二足歩行で出せる速度なんて高が知れている、走る事を極めた生物の殆どは四足の動物だ。
アリスの骨格が四足のソレに変身していく、以前にも一度見たアリスの能力だ。
数秒と待たずにアリスは、防護服を着た狼に変身した。
アリスの装備は、その殆どが服に取り付けてある、わざわざ意識的に保持しなくても落ちない。
それでも人型用の防護服では、四足の形状に適合しないと思ったのだが、衣嚢の位置や可動域も合わせて事前に調整済みだった様だ、尻尾用の穴まで開いている。
一瞬このアリスに乗っていけば楽なのではないかと思ったが、アリスの負担が増えるだけだと冷静になって考えるのを止めた。
「では行きます、先輩の速度に合わせますから、無理のない範囲で追いかけてきてください。」
首を振って合図を出すとほぼ同時にアリスが出発する。
おそらく視覚領域も後ろが見える位まで広げてあるのだろうし、遠慮なく追いかけるとする。
アリスは四足になり、その速度を本来人型では追いつけない程に上げている。
一方私は、人型の振りをした別の何かだ、人型の振りをしているだけなので人型の限界は適応されない。
さらに森の中というのは、重力と地面を忘れれば加速する為の足場に困らない。
木の枝や幹を、腕や脚を使って加速していく為の足場にしていく、殆ど空中を飛んでいるのと大差はないだろう。
失速すると地面に落ちるのだが、アリスの移動速度なら問題なく飛んでいられそうだ。
結局、アリスに無理のない範囲での移動になった。
アリスは何か言いたそうだったが、到着したという事は既に前線だ。
アリスは味方の部隊の後ろで止まって、人型に戻りながら支援に来たことを伝えている。
一方の私が着地したのは敵の集団の後ろだ。
射撃武器を使う味方が攻撃している敵の後ろ、その危険性は言われるまでもなく分かっているが、特に問題は無い。
味方もまた、誤射を気にして射撃などしない。
魔導銃の射撃程度でどうにかなる程度の防御術式しか使えない様では、そもそも代行者に成れないからだ。
ついでに言えば、魔導銃の発射時の魔素反応から射線を読む事も可能そうだ。
さて、わざわざ敵の後ろに降りたのだからさっさと制圧しよう。
味方が魔導銃で攻撃しているのだから、こちらは物理的な攻撃手段で十分だろうか。
森の中だが構わず斧槍を掴んで振り回す。
長物を森の中の様な満足に振り回せない空間で扱うなど、本来なら悪手極まりない行為だ。
だが、振り回した先でぶつかる木や草は、斧槍最大の利点であり欠点である重さを利用して斬り飛ばせば良い。
ついでに刃先に切断力を強化する様に魔術で強化しておけば何の問題もない。
そもそも斧槍の使い方の一つは、相手の金属鎧ごと粉砕する事だ。
そして魔術による切断力強化も金属鎧を斬る為に考えられた物だ。
則ち、ただの木々や動物では斧槍の一撃は止められる訳が無い。
此処を襲撃していた特異個体は、岩の塊としか表現できない生物構造からして謎の生物だったが。
斧槍の突起に衝撃力を増す魔術を付加して、とりあえず叩いてみたら大きく割れた。
それに向き合っていた、おそらく基地司令の顔が驚きに染まるのを、真正面で見た。




