日常
浴槽は……大人三人位なら入れそうな大きさだ。
無駄にでかいと言うべきなのか、これくらいは普通なのか。
おそらくはこれくらいで普通なのだろうと思う。
一つの都市の面積の中の住宅区の面積、その凡そ三割程度が非集合住宅だ。
それぞれの家の大きさは大体どこも同じに見える以上、おそらく普通の筈だ。
集合住宅との大きさの差を見ると、貴族の邸宅という言い方も出来そうだな。
おそらく他所の国の、本物の貴族の邸宅と比べたら半分もないだろうが。
「先輩?さっさと浸からないと風邪ひきますよ?」
……さっさと入るか。
掛け湯であったりシャワーであったりも、基本的に複数人で使用する前提で作られているのでアリスの横でさっさと洗う。
この行動自体に偽装以上の意味は無いのだから適当で良いか。
アリスが身体を洗い終えるのに合わせても良かったのだが……随分と洗うのが大変そうだ。
先に湯に浸かってしまう。
狼人族の身体構成は手の形状が凡人族にかなり近く、それ以外は後ろ脚で立ち上がった狼と表するべき程度には狼よりだ。
つまり皮膚は殆ど毛皮だ、顔の骨格も狼と凡人の中間と言うべきだろう。
アリスは本来は狼人凡人族。
つまり狼人族と凡人族の中間の様な身体構成だ、つまり肌と毛皮が混在している。
立ち姿もかなり凡人族よりで、骨格から凡人族よりと言うべきだ。
だが、記憶にあるアリスとの目の前のアリスは微妙に違う。
肌と毛皮の比率がかなり毛皮に寄っている、しかし骨格は四分の一狼人族のそれだ。
四分の一狼人族は、耳と尻尾、嗅覚に狼人族の名残が残る程度で、殆ど凡人族と言っていい。
つまり骨格だけ見るなら凡人族と言っていいだろう。
つまりアリスは体外は狼人族に、骨格は凡人族に『寄った』のだろう。
研究員から受け取った資料にあった、アリスの情報を思い浮かべる。
検査結果に載せられていた情報。
実験前と実験直後、その後の健康診断の計三回、数値が全てズレていた。
体重や保有栄養素等だけではない、身長や骨の長さ、臓器の位置や大きさ、処理能力。
概ね全ての計測値が増加を示していた。
誤解のしようがない程に身体機能が向上して、しかもその調整まで行っている。
横に書かれた参考数値は道具無しの筋力訓練の結果による筋力の増強度合い、道具有りの場合。
そしてそれらの方法で、計測された数値と同等に筋肉をつけるのに必要になるであろう時間が推測されていた。
私が混沌によって身体構造が丸ごと書き換えられている様に。
アリスはおそらく強化か進化に類する能力なのだろう。
「先輩……そんなにじっと見られると流石に恥ずかしいです。」
おっと、風呂場で二人きりの時に向ける視線ではなかったな。
というか恥ずかしいと言いながら、それほど恥ずかしがってるようには見えないが。
「あぁすまん、見れば見るほどアリスの身体が気になってな。」
「ッ――――」
あぁ言葉使いを間違えたな、これは本当に恥ずかしいそうだ。
湯に顔まで沈めていくアリスの手を掴んで引き寄せる。
大きな音を立てて湯に気泡が上がってきて弾ける。
構わず胸元まで引き寄せたら軽い拳が飛んできたが、恥ずかしいだけのようで逃げたりはされなかった。
そのまま抱きしめる様に抱える。
「ところでアリス。」
「……何ですか?」
アリスに関わる記憶は大体は思い出せた筈だが、全てではない。
質問と行動が既に逆な気がするが確認しておかなければならないだろう。
「今更過ぎる気がするんだが、一応確認をしておきたい。
私とアリスとの関係は……思い出せた記憶上で言って、仕事上の相棒、もしくはアリスの苦手な魔術系統の先輩としての指導役……程度にしか思い出せていない。」
「……はい、その認識で間違ってはいないです。」
「だがその程度の関係とは思えないほどにお前との距離が近いと感じるのだが。
実は恋人か夫婦のような関係だったりしたのか?」
一瞬アリスの表情を含めた全ての動きが止まったように見えた。
「……先輩と私は……まだ結婚もお付き合いもしてない……です。」
すごく言い辛そうにしながらもきっちり返答は帰ってきた。
成程、まだ……ね。
記憶喪失の間に既成事実を作ってでもとか考えていたかもしれないな。
しかし、これだけ好意を向けられているのに恋人ですらない……?
確かにアリスに関連する記憶はかなり思い出せている。
だがその記憶に自身の感情が、何を思っていたのかがすっぽりと抜け落ちている。
思い出した記憶が不完全?
いやどちらかと言うなら、今までの自分を思い出さないように自分自身で封印しているのかもしれない。
何の為に?
わからない、だが最初にアリスの事を大切にしないといけないと『思った』筈だ。
つまりは……記憶喪失も自分自身の感情に関係する情報を封印しているのも、自分で狙ってやったのかもしれない。
アリスの事を大切にしろと、自身に暗示までかけて。
なら……
「アリス、まだいろいろな事が思い出せていないし、思い出せた内容も不自然な穴が開いている。
当分は迷惑をかけるだろう……それでも傍にいてくれるか?」
その言葉に、もちろん上官から補助しろと命令されているだろうが。
それらを抜きにしても一緒に居てくれという思いを込める。
アリスは……その意味を分かってくれたようだ。
嬉しそうな笑顔を……ん?少し困ったような表情が混じったな。
「……はい」
湯あたりとかではなく、顔を赤くしながらも答えてくれた。




