身体の状態
一先ず服は検査用の被験衣に着替えて第八多目的診察室に向かう。
健診衣とか患者衣ではなく被験衣という理由は、単純にそっちの用途の方がこの国では主流だからだ。
多目的診察室に入ると中は……診察室というよりも研究室と言った方がよさそうな部屋だった。
壁一面を覆う棚にびっしりと詰められた薬品類に、つい先日見たカプセルの同型機もある。
これで照明が暗かったならかなり危険な気配を漂わせるだろう。
ところで壁際に置かれているその大きな釜は調剤用なのだろうか、釜で?
あと薬瓶に髑髏印や汚染印が貼られているのもあるのだが、さすがに他の棚と違って鍵付きの箱にしまわれている。
透明で中身が見えてしまっているのは大丈夫なのだろうか。
この部屋の配置を考えた人は研究者だろうな。
他にも安全管理的にどうなのかと言いたくなる様なものが諸々確認できてしまった。
そうこうしているうちに研究員が入ってくる。
「じゃぁ始めようか、と言っても実はもう既に室内の測定器で調べ始めてるんだけどね?
とりあえず精密測定するからこっちにある医療カプセルに入ってね。」
カプセル自体は二機並んでいるが、片方は調整中の紙が貼ってあるので迷うことなくもう片方のカプセルに入る。
む、呼吸器が付いてないな。
「今日は注水しないから呼吸器はいらないよ、蓋は閉めるけどね。」
目敏く気付いた研究員が教えてくれる。
確かに注水しないなら問題ないか、角度もほぼ直角に立っていた前回と違って横だ、それに背凭れが出ている。
長椅子で寝る人用に折り曲げた様な形に近いが。
「じゃぁ閉めるよ。」
わざわざ一声かけてから、研究員がカプセルを操作して蓋を閉める。
確かに急に閉まったら驚く人もいるか、気遣いは大事だな。
そしてカプセルに水が……などという事故は起きないが、高濃度の魔素が流入してくる。
本来魔素は視認できないのだが、特別な目が有るなら自然な状態でないマナを視認することができる。
自然な状態でないというのは、簡単に言えば魔術によって干渉されている状態だ。
カプセル内に流入してきた魔素は、本来そう言った特別な目にも見えなくなるように不可視化する魔術が掛けられている様だが……視えるな。
魔術行使の隠匿を破るのには役に立ちそうだが、日常には邪魔になりそうだ。
物の見え方と合わせて、視界を調整する魔術を考える必要がありそうだ。
「ドゥ君、聞こえてるかい?聞えたら返事をしてほしいな。」
カプセル内に声が響く。
「はい、聞こえます。」
わざわざ返事が欲しいという事は発声時の身体の動作が取りたいのだろう。
「色々指示を出していくから、今みたいに指示通りに反応してね。
じゃぁまず深呼吸から、吸って――――」
動作を指示され、それに応える。
単調な作業だ、少なくとも此方は退屈で仕様がない。
勿論、向こうはそうではないだろうが。
淡々と受け応えを続けた。
だいたい二時間程が過ぎた頃に、今日はこれで終わりにしようと言われた。
今日は、か。
溜息と共に頭を抱える動作をしそうになったが堪える。
退屈なのは私だけで、向こうは忙しそうだ、流石に失礼だろう。
「お疲れ様、ごめんね?退屈だったでしょ。
本当はもっと色々したかったんだけど、何気ない所作の一つ取っても未知のデータが出ててね。
同じ動作の繰り返しまでして貰う事になっちゃったし、かなり時間かかっちゃったね。
次回はもう少し内容考えるから、明日は自由に過ごしてくれていいよ。」
連日はやらないのか。
「分かりました、次は明後日ですか?」
「そうだね、一応そのつもりで居てもらっていいかな。
機材とかの都合でズレるかもしれないからその時は連絡するよ。」
「了解です、お疲れさまでした。」
診察室を出て、部屋に戻る。
研究員は隣の部屋に泊まっている筈だが付いては来なかった。
取れた情報の整理と検証で忙しいのだろう。
部屋には誰も居なかった。
アリスが居るかと思ったが、流石に二時間もかかっているし、彼女自身にも用事はあるだろう。
私は私で実験の報告書を仕上げてしまうか。
午前中に大佐に機密等で問題無いかの確認はしてあるので、それに沿って修正して入力していく。
そういえば昨日も端末を自然に扱えている。
身体が覚えている訳ではない、昨日と今日とで端末に文字を打ち込む速度が三倍以上違う。
記憶喪失と言っても言語機能が落ちていないのだから、そっちで記憶しているのだろうか。
そもそも今脳はどうなっているのか、ミラは脳を含めて色々潰れてたと言っていた筈だが。
自己診断せず、偽装もなしで診断を受けたのだから、その結果を待つべきだろうが気になる。
調整は終わったと言っていたからその時にちゃんと聞くべきだったか。
しかしわざわざ聞きに行く程の事でもないように思う、後回しでいいだろう。
報告書を書き終えるのにそこまで時間はかからなかった。
清書であって一から書きだした訳ではないからだな。
あとは紙に……いや研究者相手なら魔素情報媒体の方が良いだろうか。
後で聞いてからにしよう。
外を見ると既に日が沈んでいた。
そろそろ夕食の時間だろう、アリスが接近してくるのを感じる。
そういえば昼は食べてないし朝も外で食べた訳だが、病人食でも出るのだろうか。
そんなことを考えていると部屋の前まで来たアリスがドアを叩く。
「ご飯の時間ですよ~っと。」
返事も聞かずにそのままドアを開けて入ってきた。
ついでに二人分の夕食を乗せた盆を持っている。
ふむ、米と肉野菜炒めと鶏肉の汁か。




