日常の勉強
朝食は麺麭と卵焼き、貝の出し汁。
だが味が……味が殆ど分からない。
味自体は感知出来ているのだが、情報だけで実感がわかないと言うべきか、檸檬を見て酸っぱいと思うそれと大差がない程度にしかわからないのだ。
「どうなさいました?」
その微妙な表情に気が付いたのだろうジェニアがこちらに声をかけてくるが、料理人に味がしない等とは流石に言い難い。
だが誤魔化してもおそらく気が付くだろう。
「どうも味覚が壊れているのか味を感じられなくてな、おそらくすぐ治るだろうからあまり気にするな。」
向かいに座るアリスと顔を見合わせ、二人とも少し悲しそうな表情を見せたが、すぐに気を持ち直した様だ。
やや微妙な空気感は残ってしまったが。
そのまま静かに食事を済ませる、無言だが日常通りの、極当たり前の食事風景だろう。
その日常の食事風景にアリスがいるのがどれほど当たり前だったかまではわからないが。
ジェニアが食器を片付け始め、ゼブルが上着を着せてくれる。
思った以上に装飾が多い、階級章と勲章と……あとは何だ?
肩掛けと肩当に、腕章にまで装飾が付いている辺り何かしら意味がありそうだ。
最後に制帽を渡されて被る。
「アリシア様、頼まれていた件は今日中に手配しておきます。坊ちゃんの事はよろしくお願い致します。
それでは行ってらっしゃいませ。」
ゼブルとジェニアが並んで玄関先で見送り、「行ってくる」と返してアリスと二人で家を出る。
装飾過多な制服が色々と邪魔だと思うが意外と理に適っているのかもしれない。
この無駄についた装飾が崩れないように気をつけて歩くだけで、自然と歩き方が矯正される様な気がする。
あくまで気がするだけだが、変な歩き方ができないのは間違いないだろう。
それで……上官に報告となると色々な手順等がある筈だが、まず何から聞いたものか。
「先輩の上官は気さくな方ですし、あまり緊張しなくて大丈夫ですよ。」
「そうか?入退室の作法とか敬礼とか色々ある――――」
「大丈夫です。」
「――――そうか。」
本当に大丈夫なのかその上官。
軍規とかいろいろと問題になりそうな気がするのだが。
「大佐は厳格さとは程遠い人ですし、そもそも国の性質上の問題で軍務一筋の人とか珍しいくらいですから。」
軍どころか国の問題なのか。
丁度昨日侵入した校舎の横を通り過ぎる、その近くの蔦に巻かれた施設がどうやら目的地の様だ。
大きさは、さっき出た屋敷とそれほど変わらないだろうか。
軍事施設なら当然いるだろうと思っていた門番……いや門すらないが、警備がいると思っていたのだが、居ないな。
アリスは特に気にする様子もなく入っていくのでそのままついていく。
入ってすぐの階段を上り二階へ、そして昇降機に乗る。
なんとなくわかった、警備は全部下か。
特定階からの特定の操作で地階に侵入できるようになるわけだ、……地下に閉じ込められたりしないのだろうか。
おそらく地下二階、廊下も何もない大部屋、倉庫だろうか。
碌に明かりも点いていない大部屋の隅にある扉に向かって歩いていく。
「アリシア、及びドゥウェイン入ります。」
アリスがそう宣言して扉を開ける……返事も待たずにいきなり開けたがもしかしてこれが日常なのだろうか。
部屋の中は書類が散積されている、その中心に置かれた執務机の前で書類の束を見ている男性がこちらを見ている。
「ドゥ、昨晩の事はもう聞いているぞ。
随分と穏便に事を済ませた様だが、もっとやってもよかったんだぞ?」
書類越しにそう投げかけてくるこれが上官だろう。
あれでも十分だと思ったのだが随分過激な上官だな。
「その件で幾つか報告がありますので少々お時間いただいても?」
返答する前にアリスが先に報告に入った。
「あ?マジかよ、道理でドゥらしくないなと思ったんだよ。
少尉、記憶ぶっ飛んだってどの程度ぶっ飛んだんだ?自己紹介からやり直した方がいいか?」
「あー一応報告書に纏めてありますのでこれで確認してください。簡潔に言うなら自分の家すら判らない程でしょう。」
一瞬だけ面食らった様な顔をして軽く笑う。
「ククッ、そりゃ災難だったな。相手方も何時ものお前のやり口じゃないもんだから相当焦ってたぞ。
実は裏でもっとえげつない攻撃されてないかってな、今頃自分とこの研究データが無事か必至に全部確認してる頃だろうさ。
あぁドゥ、一応改めて挨拶をしておこう。
俺がお前の上官のヴィクトリウス=トリガー大佐だ。任務中と他所のお偉方の前でなければヴィクターでいいぞ。」
厳格さとは程遠いとは聞いたが、豪快な人だな。
それに気さくだ、部下には慕われるだろうが、他所がどう思っているかはわからないな。
「あーでは大佐、まず先に仕事周りの話を済ませてしまいましょう。」
「おうよ。」
まぁこの手合いは付き合いやすい。
変人が上官でなくてよかったとしておこう。




