日常の勉強
閉め切った窓布の隙間から射し込む光を感じる。
寝具は彼女を放り込んだので、ずっと椅子に座っていたが身体に問題はなさそうだ。
眠ることはできないが、思考を停滞させることはできる。
それを眠ったと言えるのかは疑問だが、身体の調子は良さそうだ。
朝食は……そもそも食事の必要があるのだろうか。
空腹感は無い、活力も不足しているようには感じないが、もっと長い期間で診る必要があるだろう。
眠っていた間もいくらかの記憶が復元されていたようだ。
が、まるで意味を成していないな。
まるで一冊の本の全頁の全ての文節を散々に分解した、その一文節だけを見た様だ。
前後が繋がらない、状況も判らない、何時の記憶なのかも判らない。
時間を取って最初と同じ方法で記憶を掴むのが良いのだろうが、直ぐには無理だな。
「アリス、起きられるか?」
寝具がモゾモゾと蠢き、か細い声だが返事が返ってくる。
彼女は別に寝起きが悪いという事は無い……筈だ。
少なくとも記憶にある中で、不寝番の交代時や遠征先の宿舎では直ぐに起きていた筈。
そういえば眠りの魔術を掛けていたな。
「――――」
モゾモゾと蠢き続ける寝具の中から魔術らしき気配とその鍵言が聞えた。
不明瞭で聞き取れなかったが目覚めの魔術だろう。
同時に音を立てて寝具の中から彼女が出てくる。
「おはようございます先輩!昨晩は御迷惑おかけして申し訳ありません。」
彼女も軍属であるということを思い出すに十分なほどの迅速な行動だった。
私と任務に一緒につくのだから当然か、しかし記憶上彼女を階級で呼んだことも聴いたことも無い。
命令をした記憶もないし、その逆もまたない。
「おはようアリス、昨日スティルバス氏に報告していた通り記憶が欠落していて、しかもかなり深刻でね。
上官に報告するべきだろうと思うのだが、その上官すら判らない状態だ。
後で案内してもらってもいいかな?」
昨日の彼女の同様具合からかなり重度の記憶喪失なのはバレているだろう。
だから素直に現状を話す。
彼女を裏切ってはいけない、心の囁く儘に彼女に接する。
「了解です、朝食はどうしますか?」
彼女は一瞬だけ嬉しそうな顔をしていた。
何故だろうか、その顔が少し心に刺さった。
「あぁ、この身体は食事を必要としていないが。
食べてはいけないという事も無いだろう、行こうか。」
そうして彼女と一緒に病室を出る。
と同時に隣の部屋から男が……あー研究員の誰だったか。
「ドゥさん、アリシアさん、おはようございます。朝食は外で食べられるのですか?」
ふむ、病棟なのだから食事は本来運ばれてくるものか。
「えぇ、上官に報告に行かなければなりませんので。」
「あぁ成程、昨晩の事もありますし早い方がいいでしょう。
ただ、分かっていらっしゃると思いますがドゥさんはまだ要経過観察なので可能な限り早めに戻ってきてくださいね。」
そういって彼は部屋に戻っていった。
おそらく実験結果の整理や検証等でまだ忙しいのだろう。
「さぁ行きましょう。」
病棟を出る。
行先は、周辺の住居に比べてもやや大きめな……館?
「先輩の家ですよ?」
自分の家がわからないとは……
「ほら先輩、まずは着替えましょう。
あ、ゼブルさんおはようございます、大佐の所に行くので朝食と着替えとお願いします。」
家から出てきた執事服のエルフの男性に話しかけ、一緒に出てきた給仕姿のエルフの女性が一礼して館に引き返す。
彼女は男性についでとばかりに小声で話しかけている、男性の反応的に私の状態の報告だろうか。
やや涙ぐむ様な動作を男性がしているが、些か過剰な表現をしていないだろうか。
やや涙の拭い切れていない目のまま男性はこちらに向き直って一礼する。
「おかえりなさいませ、坊ちゃん。
まずはお部屋に参りましょう、このゼブルが必要なことは一通り覚えております、存分に御頼りください。」
このエルフの男性がゼブルと、女性の方の名前は出なかったから後で聞くべきか。
自分の住む家が大きく執事も給仕も居るとは想定していなかったが、助かるのは間違いない。
館の中に入る、靴は玄関で脱ぐのか。
そのまま部屋に案内される、着替えをと思ったら先に身体を拭かれた、当然か。
肌着と軍袴、襯衣を渡され着る。
上着は食事後ということらしい。
それから食堂へ案内される。
食堂では先程の女性が待っていた。
「ジェニアでございます。ドゥ様、父共々支えさせていただきます。」
親子なのか、エルフの見た目では年齢はよくわからないな。




