11話 転生うさぎの冒険者登録
冒険者ギルド。各国の街に一つはあるこの施設は、街に住む人達からの依頼や国からの依頼、後は魔物の狩りを仕事としています。10歳から冒険者への登録が可能で、伝手の居ない孤児などが冒険者になることが多いようです。
さて、わたしはその冒険者ギルドの受付前に居るのですが、とっても場違いです。服は汚れやほつれ一つない綺麗な白のワンピース、肌は日に焼けていない透けるように白い色をしています。どうみても、孤児ではなくて、何処かの富豪のお嬢様にしか見えません。
「えーと、冒険者の登録ですか」
「・・・わたしは10歳ですから、出来ますよね?」
首を傾げて尋ねると、受付嬢はうっと怯んだ様子で辺りを見渡します。わたしの親や護衛とかが居ないか探しているのでしょう。
「・・・わたし、一人ですよ?孤児ですから」
「あの、えと、その、し、少々お待ちください」
困り果てた受付嬢が、わたしに一言断ってから建物の奥に姿を消しました。この待っている間にもギルド内から視線を感じます。
――正直、居たたまれないのですが。
わたしが現実逃避気味に天井の明かりを見上げていると、ギルド入り口の扉が開く音が聞こえました。
「あら?ギルド内が騒がしいね。どうしたんだろ?」
――この声は・・・スライムさんを殺した冒険者です!
あの時はまだ何を言っていたか分かりませんでしたが、声はしっかりと聞いていたので覚えています。
思わず振り返りそうになりましたが、堪えました。積極的に関わりになる必要はありません。わたしの目的は冒険者になることです。
「うわっ!何この可愛い生き物!」
突然衝撃がきて抱き締められました。わたしの髪に顔を埋めて深く息を吸い込みます。
「ん~~ふはっ!なにこの良い匂い!」
――・・・まだ大丈夫です。反応しなければ関わらずに済みます。
「こら!何やってるのですか!そんなことをしたら迷惑でしょうが!!」
「ほら、その子を放しなさい。受付に居るということは依頼者でしょう?」
「しかし、綺麗な子だな。何処かご令嬢か?」
抱きついていた人が、剥ぎ取られるようにわたしから引き離されます。それから、猫耳がある黒髪の少女が、わたしに抱きついていた茶髪のサイドテールの少女にお説教をしています。
――お説教されているのにデレデレしていますね。反省の色無しです。
猫耳の女の子が段々とイライラし始めていますね。そんな中、金髪の綺麗な女性と赤い髪のかっこいい女性が、わたしを見ながら話し合っています。
――思いっきり関わってしまいました。何故こうなったのでしょう?
わたしが遠い目になっていると、ギルド奥に行っていた受付嬢が筋肉の凄い男性と一緒に戻ってきました。
「なんだ?随分と騒がしいしゃないか」
「セ、セラさん!?お越しになっていたのですね!」
「うん。ちょうどね。そしたらすごーく可愛い子を発見したので、確保しているの!」
「しているの!っじゃ、ありません!ほら、迷惑ですから!い・き・ま・す・よ!」
――猫耳さん、その調子でその人押さえていてくださいね。
筋肉の人が騒いでいる二人に苦笑した後、わたしを見下ろしました。身長差もあって威圧感を感じますね。
「それで、その子が冒険者になりたいって言ってる子か」
「「「えっ!?」」」
セラと呼ばれていた人以外の三人が驚いたように、わたしを見てきました。
「ち、ちょっと、本気ですか?親御様にきちんとお話したのですか?」
「冒険者は貴族やお金持ちの道楽では出来ないわよ?」
「何か、親に秘密の依頼でもあるのか?私達がやってやるぞ?」
突然取り囲まれて、説得を始めました。わたしが何か言う前に今度は受付嬢が話し出します。
「その子、自分のことを孤児だと言うんですよ?いくら何でも無茶があります」
「「「えっ!!?」」」
「ふぅん。孤児ねぇ・・・」
先ほどの三人がまた驚いた声を出す中、一人だけ妙に意味深な声音で呟きます。思わず振り返ると、セラさんが見惚れるほど整った顔立ちで微笑んでいますが、目が笑っていないです。振り向いたせいで目が合ってしまい、笑顔が深まりました。
――なんだか、目を付けられていませんか?
「こんなに日に焼けていない綺麗な肌をした孤児が居るはずありません!」
「こんなに落ち着いた孤児が居るはずないでしょう?」
「こんなに綺麗な服着た孤児が居るわけないだろう?」
三人娘が好き勝手に言っていますが、わたしがギルドに来たのは、冒険者になる為です。彼女達を説得する必要はありません。無視です。無視。
わたしは、顔を上げて筋肉の人と目を合わせてはっきりと言います。
「・・・誰が何と言おうとわたしは孤児です。保護者は居ません。規定では問題は無いはずです」
「まあ、確かにお前さんの言う通りなんだがなあ」
「ギルマス!いくら何でも、明らかなお嬢様を無断で冒険者にしたら、面倒なことになりますよ!」
――だから、お嬢様では無いんですってば!
心の中で叫び声をあげます。ギルド側が完全に、わたしを登録させる気が無いことに愕然としました。思わぬ弊害です。まさか自分の見た目が仇になるとは思いませんでした。さて、どうしましょうかと考え込んでいると、頭の上にぽんと手を置かれて優しく撫でられます。何だろうと顔を上げると、セラさんがわたしににこっと笑って、筋肉の人・・・ギルマスさん達と対峙します。
「ギルドの規定では、10歳以上の人族ならば誰であろうと冒険者になれるはずだよね?私だって10歳で冒険者になったけど、こんな揉めなかったよ?何でこの子はダメなのかな?」
彼女が追及すると、途端にギルド側の顔色が変わりました。セラさんの仲間達も驚いたようにセラさんを見ています。ちなみにわたしはついていけずにぼーっとしています。
「いや、しかしだな。身分や立場のある子供が、親に黙って冒険者になって万一があったら、本来責任の無いギルドにもとばっちりを食らうんだ。そんな可能性のある子供をほいほいと冒険者に出来るかよ」
ギルマスが反論します。まあ、組織を守る立場の人間ですからね。慎重になるのも仕方ないでしょう。そして、貴族というのは存在するだけで迷惑な連中なんだなと思いました。いや、きっと平民には分からない大事な仕事をしているのでしょうけど。
「ギルドマスター。彼女はずっと孤児だと言っているじゃない?そんなにギルドが責任を取りたくないのなら、私が責任を持ちますよ。君、名前は?」
「・・・え?トワです」
突然わたしに話が振られ、思わず反射的に答えてしまいました。彼女は満足そうに頷くと、ギルマスに向かってにっこりと笑いかけます。
「うん。じゃあ、トワちゃんは、私の紹介で冒険者に登録するよ。私達『白の桔梗』の仮メンバーとして、私達があらゆる責任を持ってこの子の面倒をみます。これで文句ないでしょ?」
「ち、ちょっと、何勝手に決めているんですか!?」
セラさんの突然の提案に、猫耳の人が慌てたように話に割り込んできました。他の二人も、何か言いたそうな顔をしていますが、黒猫の人に一任するようです。
「この際、貴族だとかは置いておきましょう。でも、10歳の子供に私達のパーティーは無理です!私達はAランクパーティーですよ?ギルドの依頼で、危険な場所にだって行きます。この子を連れて行っても足手まといになりますし、置いて行っても私達になにかあったらどうするのですか?貴方は影響力が高いのですから、ちゃんと考えて発言してください!」
猫耳の人が、セラさんに詰め寄って捲くし立てます。しかし、彼女達がAランクパーティーだったなんて、驚きました。事前にプリシラさんから聞いた話だと、冒険者になるとまずはGランクから始まり、最高でSランクまであります。Aランクパーティーの条件は、Aランク以上の冒険者がリーダーをしていて、他にAランクが一人以上、または、Bランクが三人以上必要だったはずです。彼女達『白の桔梗』というパーティーは、恐らくセラさんがリーダーでAランク以上の冒険者、残り三人がBランク以上のパーティーということになりますね。
「クーちゃんの心配は分かるよ?でも、元々私達は、それぞれ理由があって一緒に居るでしょ?トワちゃんだって変わらないよ。それとも、クーちゃんはこの子を見捨てるの?」
「そ、そういう訳では・・・」
なんだかこのまま流されていると、面倒な人と一緒に行動を共にすることになりそうですね。悪い人では無さそうですが、スライムさんを殺した人達でもありますし、今日は適当なことを言って退散しましょうか。別に、今日今すぐ冒険者にならなくてはいけないわけではありませんし。
「・・・あの・・・わたしは、今日はもう帰り」
「トワちゃんも、出来れば早く冒険者になりたいもんね?」
わたしの言葉を遮るように、セラさんがわたしに話し掛けてきました。その顔は相変わらずの笑顔でしたが、目は「絶対に逃がさない」と言っています。セラさんの顔が近づいてきて、わたしの耳元で囁きます。
「それに、私と一緒の方が、君も比較的目立たなくなるよ?目立つと色々と面倒でしょ?私達と一緒に行動すれば、多少は上手く誤魔化せると思うけど?」
「・・・」
――この人、わたしの正体に気付いています?
スライムさんの時でも、わたしの存在に唯一気が付いていましたし、やはり、一筋縄では行かないようです。彼女に目を付けられた以上は、逃げるのは骨が折れますね。ならば、提案通りに利用させてもらいましょう。
わたしは上目遣いに猫耳の少女を見上げると、両手を前に組んでお願いポーズをします。
「・・・お願いです。わたしを冒険者にしてください」
「うぐっ」
「ぐはっ」
何故か、隣に居たセラさんまで口元を押さえてうずくまってしまいました。小さな声で「ヤバい可愛すぎるどうしよう」とつぶやいています。わたし、早まりましたか?
「う、ぐ。わ、私がちゃんと守ってあげますから安心してください!こう見えてもAランクですから、幼子一人守るのなんて余裕です!」
顔を真っ赤にした猫耳さんが陥落しました。後ろで見ていた二人も「あれは卑怯だ「よね」」と諦めたような顔をしています。さて、後はセラさん達に任せてしまいましょう。
こうして、完全に陥落した『白の桔梗』のメンバー達によって、パーティーへの仮加入とわたしの冒険者としての面倒を見るということで決着がつきました。
「それでは、冒険者登録の手続きをいたしますね。といっても、トワちゃんはギルドカードを作ってお渡しするだけになります。『白の桔梗』の皆さんは、トワちゃんが鑑定部屋に入ってスキルの確認をしている間にパーティーへの仮加入手続きを済ませてしまいましょう」
受付嬢がそう説明をすると、わたしはカウンターの奥に入れられて、施設内の鑑定部屋と言われていた部屋まで案内されました。部屋の中は、中心に石板が置いてある以外は何もない殺風景な部屋でした。
「鑑定は、あちらの石板にこちらのカードを当てると出来ます。カードには、名前、種族、ランク、各スキルが記載されます。本人の閲覧許可がない限りは、ギルド職員でも見ることが出来ないのでご安心ください。分からないことはありますか?」
わたしは首を横に振ります。
「では、私は一度受付まで戻って『白の桔梗』の皆さんと手続きしてきますね。鑑定にそんなに時間はかからないと思いますので、終わったら、スキルの確認をして待っていてください」
「・・・わかりました」
わたしが返事をすると、受付嬢はにこっと笑ってわたしの頭を一撫でした後に部屋から出ていきました。
――わたしのことすごく子供扱いしてますよね?見た目は子供なので、仕方ないですけど。
そもそも、わたしはこの世界で意識を持ってからまだ半年も経っていませんでした。確かにまごうことなき子供です。わたしは、部屋の中心にある石板の前に立ち、受付嬢から貰ったまっさらなカードを、説明された通りに石板に当てました。
すると、石板が淡く光ると、表面に沢山の読めない文字が浮かび上がります。しばらくそのまま待っていると、光と文字が消えていきます。手にあるギルドカードを見ると、まっさらで何も書かれていなかったカードに文字が見えます。
――こうしていると、改めてファンタジー世界に来た実感が湧きますね。
このカードに書かれている文字は、わたし以外には許可した人にしか見えないらしいです。なんとなく、カードのスキル欄をタッチすると、拡大されて表示されました。
――まるで、スマホかタブレットですね。
前世のおかげで、使い方はすぐにわかりそうです。さて、では、カードに記載されているわたしの情報を、確認してみましょう。
『名前』トワ
『種族』月兎
『冒険者ランク』G
『コモンスキル』
〈原初魔法レベル2〉〈危険察知レベル8〉〈気配遮断レベル7〉
〈索敵レベル9〉〈俊足レベル8〉〈跳躍レベル9〉
〈魔力自動回復レベル2〉〈料理レベル3〉〈舞踊レベル7〉
〈槍術レベル4〉〈体術レベル4〉〈体捌きレベル8〉
『エクストラスキル』
〈人体変化〉〈魔力返還〉〈魔力体〉
〈魔力感知〉
『ユニークスキル』
〈異世界からの来訪者〉〈月の加護〉〈月魔法〉
――・・・ツッコミどころ満載なのですが!?
わたしは目を瞑って、大きく深呼吸をします。そして、もう一度カードを確認すると、今度は頭を抱えます。
――おっけいわかりました見間違えではないですね。
なんだか、初めてこの世界に来た時を思い出す混乱ぶりです。この一覧を見ただけでどっと疲れてしまい、内容を細かく確認する余裕はありません。後でいいでしょう。後で。
でも、最優先に確認しなければならないスキルがあります。ユニークスキルの三つです。疲れた頭で億劫になりながらも、まずは〈異世界からの来訪者〉をタッチして詳細を見ます。
〈異世界からの来訪者〉・・・異世界から転生し、異世界の知識、技能を持つ。
――これはスキルでは無くて称号なのでは?
このスキルを作った神様に小一時間くらい問い詰めてやりたいですが、内容はそのまんまなので、次に進みます。
〈月の加護〉・・・月が出ている時に身体能力と魔力が上昇し、以下の能力を得る。月光の量で上昇量変化。
〈月光浴〉・・・月光の当たる量で魔力自動回復量増加
〈血月の狂化〉・・・ブラッドムーンが出ている時、身体能力が更に増加
〈蒼月の進化〉・・・ブルームーンが出ている時、魔力量と回復量が更に増加
以前から月明かりを浴びると魔力が回復したりしてましたが、これが原因だったのですね。なぜこんな加護があるかは放っておきましょう。考えるだけ無駄です。はい次
〈月魔法〉・・・月魔法と重力魔法が使用可能になる。
月魔法をタッチした瞬間に、頭の中で、月魔法と重力魔法の知識がなだれ込んできました。恐らくは、存在を認識しておかないと使えなかったのですね。初めに見ておいてよかったです。
とりあえず、ユニークスキルについて調べ終えたタイミングで、部屋のドアが開き、受付嬢が帰ってきました。残りは追い追いにしましょうか。
こうして、わたしは無事に(?)冒険者になることが出来ました。




