戦いを挑む者
稽古を終えて、互いに労いながら食堂へと移動する。
朝食を共に食べ終え、マイカやシルヴァールと談笑する。しばらくたった頃だった。
先程から、表が少々騒がしい事に、ライアンは薄々気付いていた。
何かあるなら誰かが言って来るだろうとあえて放置していたら、しばらくして家令が珍しく困った表情で来訪者の存在を伝えて来た。
それも、三人もいるのだという。
最初は二人だったが、どちらが先にと言い合いをしていた所で、遅れて到着した者が更に加わったのだという。
それぞれの名前を家令に伝えられる。
しかし、名前を伝え聞いても思い当たらない。第三騎士団の者ではないようだった。
「聞かない名だな。そいつらは俺に一体何の用なんだ?」
「それが……ライアン様に剣での勝負を申し込みたいと仰っておいでです」
三人が三人共に挑戦するのは自分が先だと言い争って、収集がつかないのだという。
「剣の勝負だと?」
朝っぱらから元気な事である。
対応するのは構わないが、勝負を挑まれる理由が思い当たらない。
「ライアン殿はなかなか人気者のようですね。よくある事なのですか?」
マイカが楽しそうに尋ねる。
「いや、勝負など余りない事だが。一体何の用だろうか」
というか、早々にあってたまるかという気分だ。
訓練ならいざ知らず、剣による勝負事など頻繁にするものでもないだろう。
手合わせをしたがる第二騎士団長がいたなと思い当たるが、あれは規格外だ。
「騎士団ではなく、わざわざ侯爵邸にいるライアンに勝負を挑みに来る辺りがいいですね。何にせよ、行ったら分かりますよ」
シルヴァールは優雅に微笑んだ。
ライアンはシルヴァールを横目で見る。
他人事だから、と面白がっているのが丸分かりだ。
彼の言う通りなのは間違いないが、正直面倒くさい。だが、三人が言い争っているというのだ。自分が行かない限り落ち着くことはなさそうで、手が掛かりそうで辟易する。
「全く。食後もゆっくりと出来ないのか」
ライアンは渋々食卓に手を付いて立ち上がった。
続けていそいそと二人も立ち上がる。マイカの護衛も続けて席を立つ。こちらはしょうがないといった雰囲気が漂っている。
片眉を上げてそれらを見遣る。
やはり、見物に来る気か。
二人から何かを期待するような視線を向けられる。興味津々、と顔に書いてあった。
半ば呆れつつ、ライアンは食堂を後にした。
外に出ると、家令の言うように三人が言い争っていた。
ライアンの姿を見るなり、二人は敬礼、一人は向き直って姿勢を正す。
見覚えのある騎士団の敬礼だ。
二人は、騎士かと当たりをつける。若い。ウォルターより年下か。醸し出す雰囲気と筋肉のつき具合からいって、それ程在籍年数は長くない者達に見える。
「私に何か用があると聞いたが」
静かに問いかけると、勢い良く返事が返ってくる。
「はい!自分は第二騎士団所属、クルドであります!ライアン団長、剣による勝負をして頂きたい!」
「第五騎士団ダグラス、同じく勝負を望みます!」
「……魔術師ミラン、同じく勝負を希望」
どういう取り合わせだ。
特に三番目。
剣での勝負が出来るのか?
「お前達……所属する団には伝えて来ているのか」
眉間を押さえてライアンは問い質す。
頭痛がしそうだ。
「休暇申請済です!」
「非番です」
「……関係、ない……」
再び三者三様の返事が返ってくる。
「……で?何故、私はお前等と戦わなくてはならないのか説明してくれるかな?」
呆れつつ問い掛ける。
必要性が見当たらないと言えば、再び三人がそれぞれ話し始めようとしたので、ライアンは手で制止した。
「ああ、いい、三人同時に答えるな。お前、クルドだったか。説明しろ」
三人で答えられても煩いので、一人を指名する。
張り切ってクルドは前に進み出た。
「はっ!ライアン団長に挑み、勝てばアデリシア殿を手に入れる事が出来るのだと聞きました!」
「……何だと?」
ライアンは耳を疑った。
「不当にもこの館に捕われの身であるアデリシア殿をお救いすれば、我が手にすることが出来ると聞きました!」
力強く言い切られる。
残りの二人もさもあらんと強く頷く。
ライアンは気が遠くなりそうになった。
「自分はまだアデリシア殿にはお見知りおき頂いてないかもしれませんが、貴方に勝てば必ずや自分の想いは受け入れられると信じておりますっ」
「…………」
言うべき言葉が見つからなかった。
若さとは無謀という言葉の代名詞だっただろうか。
「不当……不当だって!あははははは!」
「く……ふふっ……」
背後ではマイカが爆笑、シルヴァールでさえ肩を震わせ、必死に笑いを堪えている。
「マイカ様、笑っちゃ悪いですよ」
護衛が小さな声で主を諌めるが、効果はないようだ。爆笑は止まらない。
頼むから、二人共何処かへ行っていてくれないだろうか。
「くく……っ、アデリシアを捕らえた悪者ですって。ライアン、やはり人気者ですね?」
「うるせえ」
人気者、と言われても嬉しくない。
渋面でシルヴァールを睨みつける。
「アデリシアもなかなかやりますね。ここに来たのがうちの団員ならば非常に勇気があると評価しますが、減俸ものですね。それか耐久お仕置きコース」
「言ってろ」
くすくすと笑うシルヴァールをライアンは苦々しく見遣る。
やはり面白がっている。
「それよりお前ら、アデリシアがここに居ると誰に聞いたんだ?返答次第ではただで済むと思うな?」
ライアンは三人を見据えた。
何事もなかったように、アデリシアを騎士団へと戻す計画が狂うではないか。
「ああ、やはりここに閉じ込められているのですね」
「きっと救い出します」
「さあ、自分と勝負を!」
「……ああ?」
ライアンは眉根を寄せて聞き返した。
質問に誰も答えてはいないではないか。
滅茶苦茶、不機嫌と表情に出ているのだが、三人は全く気付かないらしい。
ライアンは、ちゃき、と剣の柄を鳴らした。
柄に手を当てたのを見て、二人がすぐさま剣を抜いた。もう一人は魔術師の杖を構える。
剣の構え、立ち方から大体の力量は測れる。
本当に何をしに来たんだ。こいつらは。
仮にも自分は団長位に立つ身なのだが。力量差も分からずに勝負を吹っかけるとは。片腹痛い。
ライアンは溜息をついた。
「だから、誰に聞いたのかを俺は聞いているんだが?」
ライアンは更に重ねて尋ねる。もはや口調は畏まった団長の言い方を崩している。
返事次第では容赦しない。そう考えていた。
「賢者殿が仰っていたのです」
何といったか、名前は忘れたがヒョロヒョロした魔術師が答えた。
「この屋敷からアデリシア殿を救い出してみせよ、彼女の救世主たれと。ですからここに来ました」
偉そうにふんぞり返って言い放つ。
聞いた瞬時に、ライアンのこめかみにびきりと筋が浮いた。
くそ爺め。
なんて事してくれやがる。
今度こそ本気で殺意が湧いた。
「賢者殿の情報ですから間違いないはずと思ってここまで来ました」
魔術師の言葉に残りの二人も頷く。
「さあ勝負をしてください!」
「いや、自分が先です。どうか先に」
「俺が先にここに着いたから、俺が一番だ」
再び三人が互いの順番を争い始める。
ライアンとしては、ジョルジュの仕業かと思っていたのだが予想は外れた。まあ、賢者であろうとジョルジュであろうと構わない。勝負を望むというなら、受けて自分が勝てばいいだけである。誰が先でも後でも同じだ。
「ーー煩い、黙れ」
低くだが、はっきりした声でライアンは言い放つ。
三人が動きを止めた。
鞘から剣を抜いて、ぶん、と振った。
「かかって来い。三人纏めて相手してやる」
***
「くそ、無駄に疲れた」
首元のボタンを緩めながらライアンは毒づいた。
傍らに長剣を立てかけて、ソファへどっかりと座り込む。
それもこれも賢者フレデリクのせいだ。
三人同時に相手するのは問題なかったし、すぐに勝利を収めた。が、彼らはその後が問題だった。何時間もかけて馬を走らせて、せっかく来たのだからアデリシアに会わせろと煩かったのだ。
勝手に来たくせに我儘な奴らだとライアンは思う。
突っぱねることも出来たが、せめて顔だけでも見たいと半泣きで訴えたのだ。男の涙を見ても欠片も心は動かない。
しかし、地味に食い下がって面倒くさかった。
しょうがないかと、家人にアデリシアの居場所を聞いてみれば、仕上がった決裁を届けに王都へ行ったと返事が返って来た。
あれだけ駄々をこねていたのに、それを聞くなり、あっさりと三人は王都へ帰って行った。
……無駄に振り回された気がする。
深々とライアンは溜息を吐き出した。
「ライアン様、未決裁の書簡はまだ残っていますからね」
家令が釘を刺してくる。
「……わかっている」
休憩が済んだらすぐに客間へ行けと言う事か。
兎にも角にも決裁を終わらせない事には、家令からも書類からも解放されないようだ。肩を落としながら、ライアンは立ち上がった。
その時だった。再び外が騒がしくなる。
嫌な予感がする。
ライアンは胡乱な視線を扉へと向けた。
「ライアン団長!何処に?ぜひ私と勝負をして頂きたい!」
扉の向こうから大きな声で叫んでいる声が聞こえてきた。
時折、馬の嘶きが聞こえるあたり、騎乗したまま叫んでいるのだろう。
先程聞いた口上と似たような内容だ。
「……またか」
頭を抱えてライアンは再びソファへと沈んだ。
その後、その申し出が何度か繰り返された事は言うまでもない。




