相談
「やっと見つけた!」
廊下を曲がってすぐのことだった。
走ってきた人にいきなりぶつかられた。一瞬身体を緊張させたが、自分より小柄な姿に抱き着かれていることに、カティアはすぐに気づいた。
思わず抱きとめながら、手に触れる感触が高級感ばっちりの布地でカティアは内心焦った。
貴族の女性のようだが、一体どこの誰だ。
男でないだけ、まだましか。同じように抱き着いて動きを奪い、部屋に連れ込もうと手を出そうとしてきた馬鹿貴族を捌くのには骨がいった。今回は女性のようだからその心配はしなくて良さそうだ。
しかし、こちらは仕事中だというのにぶつかって来るとは。文句をつけようものならただでは済まない。いや、この生地の感触からして、ただでは済まないのはこちらの方か。
こちらとしても単なる侍女ではない。王女付の侍女だ。いざとなったら王女に泣きつくか。
「あの……?」
しがみつく腕をなんとか緩めさせてその人物を見ると、なんと行方を晦ましていたはずのアデリシアだった。いつもは着ないドレス姿に驚く。コルセットまで締めていて、正式な貴族の令嬢の服装だ。しかもさっき触った服の生地は一級品の類に入るものだ。
「アデリシア?」
我ながら間抜けな声が出てしまったのはしょうがない。
目の前にいるのは数日前行方不明になったと言われた親友なのだから。
片方の手には天位の杖が握られている。
「本当に、本当のアデリシア?」
「もちろん私よ!会いたかった、カティア」
半分目が潤んでいた。
「あんた、今まで一体何処に」
「うん、実はね、ざっくり言うと団長の所にいたの」
「は?」
カティアの目が丸くなる。
「何それ」
ざっくり過ぎる。
一体どういうことだ。
「正確には侯爵家の領地にいたんだけどね。だって本当にそうなんだもん。他に言いようがなくて」
訳がわからない。
そして、この話の内容は立ち話で済む内容でもなさそうだ。
「ちょっと待って。なんとか説明して少し仕事を抜けてくるから私の部屋で待ってて。いいわね?」
アデリシアが頷く。
カティアは鍵をポケットから出して、アデリシアの手に握り込ませた。
「ちゃんと詳しく説明してもらうからね?逃げないで待ってなさいよ!」
カティアは指差して示すと、王女の控え室へ向けて足を急がせた。
上がる息を抑えつつ、自室へと辿り着く。見れば、扉へ背を預けるようにしてアデリシアが立っていた。
アデリシアはカティアの顔を見てぱっと顔を輝かせる。
せっかく鍵を渡したのに部屋の中へは入っていなかったようだ。
部屋の主がいないのに中に入るのはとか考えたのだろうと推測する。案外、アデリシアは人に気を遣う。
鍵を戻されたカティアは、素早く扉を開けてアデリシアを中へと押しやった。廊下の外を見回して誰もいない事を確認してから念の為、と施錠する。
「いきなりごめんね」
所在なさげにアデリシアが謝る。
「本当にいきなりよね」
魔術師という職業柄か、それとも騎士団に所属によるものか、アデリシアの訪問は突然であることがかなり多かった。
几帳面さを訪問にも活かして欲しいと思うが、直されたことはない。そこら辺がアデリシアがアデリシアたる所以だ。
「まあ、あんたの場合今更なんだけど」
「えへ」
「褒めてないから」
そして、推奨してもいないのだと鋭く突っ込みを入れてから、部屋を見る。椅子が足りないのはわかっていることなので、いつものように寝台の上に座るよう勧めた。カティアも隣に座ってから切り出した。
「で、あんたの居場所を探してたはずの堅物団長に囲われてたってどういうことなの」
「ちょっと待って。囲われてないよ?ずっと団長の所にはいたけど、今はそう、書類を届けに来たの。それで、ちょっとだけ抜け出して来たんだ」
転移魔法を使った、とアデリシアはカティアに杖を見せる。
「抜け出したって、まだ囲われ継続中ってこと?私はあんたがいなくなったって呼び出されて居場所聞かれたりしたのに、それがなんであいつ本人の所にいたりすんの。とりあえずわかるようにちゃんと話して」
「え、うん、えっとね。何から話したらいいかな。いっぱいあってね」
アデリシアが迷う。
「どこからでもいいわよ。そういやアディ、そんなドレス持ってたっけ?見たことないけど」
「あ、ああこれ?団長に貰ったの」
「……ちょっと。まさか知らないわけないよね?男が女に服を贈るのは自分が脱がせるためだっていうけど、まさかそんな仲に」
カティアが目を眇める。
アデリシアは手を振って否定した。
「違う違う。これは団長のお母様に選んで頂いたの。お財布はライアン団長だけど」
「母親公認か。この」
ある意味そちらの方が凄い。
カティアはアデリシアの頭を拳骨でぐりぐりと弄った。
「痛いってば」
「で、何よ」
カティアはアデリシアの顔を覗き込んだ。
「あんたがそんな顔して私の所に来るって事はなんかあるんでしょう。早く言いなさいよ」
「……うん。やっぱりカティアはすごいや」
アデリシアは微笑んだ。
「うん、聞いても怒らないでね?実はーー」
アデリシアは手にした杖を寝台に掛けて、話し始めた。
***
「あんたに首輪ねえ……」
アデリシアに経緯を聞いたカティアは拳を握り締めていた。
怒りというより悔しくてならない気持ちで一杯だ。なんとも残念過ぎる。
自分の知らない所でそんな面白いことが起こっていたとは。是非とも目の前で、最前列で見物したかった。
「大体は判ったけど。まさか、その従兄弟と一緒に本当に隣へ行っちゃう気なの?」
聞かれたアデリシアは首を横に振る。
「だって、私、団長の婚約者なんだよ?もうあっちに行く必要ないよね」
「でも向こうに相手は知らされてないんでしょ?で、愛しの団長様には全然伝わってなくて断る気満々な様子で?しかも好きだとも言ってくれない。だから、従兄弟があっちに連れてくって言ってるんでしょう」
「う……そうだけど」
「駄目駄目じゃん」
すぱりと切り捨てられてアデリシアは目に見えて落ち込む。
「そりゃあわかっているけどさ。期待したくなっちゃうじゃん」
「え?期待やめて国出ようとしたくせに今更何言ってんの」
カティアの的を射た指摘に、うぐ、とアデリシアが言葉に詰まる。
カティアはその様子にようやく溜飲を下げた。
彼女を責めたい訳ではないのだ。ただ、自分の知らない所で楽しそうなやり取りがなされていたことを知らなかったのが悔しかっただけで。
単に面白がっているだけと言われてしまえばそうかもれないが。
煮え切らないアデリシアの恋愛相談は今まで何度も聞かされている。ヤケにもなろうというものだ。
カティアとしては、見知らぬ侯爵夫人には共感を覚えた。いい加減に纏まってくれと思っていたのだ。
ライアンを焚き付けたいのは、カティアとて同じ気分だった。
「それにしても、あの氷の貴公子に口説かれたんでしょ。ああ、なんて羨ましいの!私も口説かれたい!ずるい」
カティアはアデリシアを枕でぼふぼふと殴った。
「やめて、痛いってば。でもそれたぶん冗談でやられた事だし」
腕で防御しながら、アデリシアは答える。
「冗談でも、一度でいいからあんないい男に口説かれてみたいわ。うーん、ぞくぞくしそう」
自分の身体を抱きしめてカティアは言う。
「いやー、遠慮したいわ。出来るなら替わって欲しいわよ。あの人に狙われる人は可哀想だと思うよ。だって何か怖かったから。きっとぞくぞくじゃ済まないよ」
「何それ自慢?」
「違うって。今だって冗談か本気かよくわからない所が特に怖いし。本気ならもっと凄いと思う。たぶんきっと絶対に逃げられなさそう」
アデリシアは想像して思わず身体を震わせた。
逃げ道は一つも残さないくらいに囚えて離さなそうだ。
「ふーん……?ま、女心のわからん堅物と甘く口説く氷の貴公子ならさ、私なら貴公子に一票。もしくはゆるふわ年下に一票。国なんか渡らなくたって十分面白そうじゃない」
けらけらと、カティアは笑う。アデリシアは頬を膨らませてむくれた。
「あんた他人事だと思って」
「だって他人事だもん」
「…………」
カティアはにやりと笑う。
アデリシアは絶句するよりほかはない。
「年下系も可愛いよねー。そっちにしとけばいいじゃん」
呼び出しに来た金髪の人だよね、知っているとカティアは説明した。
きょとんとしてアデリシアは聞き返した。
「ウォルターのこと言ってるの?あれ、年下じゃないよ。ウォルターは私達より7つは年上だけど」
「嘘」
カティアは真顔になった。
「本当に。見てくれが若いし、喋り方も人懐っこいから騙される人が多いけど年上。仕草もなんか可愛いけど、でも年上なのよ、なんか狡いよね」
「あれで年上?」
緩い金髪の笑顔が目に浮かぶ。
嘘だ。
あれはどう見ても、十代のそれに見える。詐欺だ。
「そう。あれで、なのよ」
「騎士団の不思議がまた一つ増えたわね……」
カティアは腕組みをして考え込んだ。
因みに不思議の一つは突如として噴き上がる厩舎の水、だ。後は突風だったり、消える書類だったり。
賢者の仕業であることを知らないカティアとしては、怪異現象の一つと考えていた。第三騎士団へついて回る怪異はそれ程に有名だ。それに耐えられる人物でないと入団は出来ないのだと噂で聞いた事がある。
あっけらかんとした様子のアデリシアをカティアは目を細めて見た。
怪異が怖くないのだろうか。
まあ、天位であれば魔法で何とかできるのだろうとカティアは思った。
実害はなさそうだし、何よりライアンもいることだ。
アデリシアに恐れることはないのだろう。ライアンの心向き以外は。
ライアンの顔を思い浮かべて、カティアは即座に眉根を寄せた。
なんとも気に食わない。
「そうそう、ウォルターにはね、ちょっと可愛さを分けてほしいくらいなのよ。ただお酒飲むと変になるのが玉に瑕」
これ重要、とアデリシアが付け加える。
「何それ。ゆるふわに襲われでもしたの?」
「いや、ちょっとだけ……耳噛まれた、みたいな?」
アデリシアはなんとなく片耳を押さえながら話した。
耳は敏感な場所だ。性感帯の一つでもある。
そこを狙うというのはちょっとどころか、かなりの執着なのでは、とカティアは思うのだがアデリシアは気付いていないようだ。
ライアンの事しか頭にないから、アデリシアは気付かないのだ。
勿体なくも羨ましく思う。
「それって団長様の前で?」
「ん……?うん、そうだった」
「団長様が止めたの?」
「いや、別に。すぐウォルターは止めてくれたし」
「へえ……」
カティアは目を眇めた。
恐らくライアンが睨みをきかせたから止めたに違いない。
もっと周りを見れば、他にもたくさん男はいるのに。
こちとら男っ気の全くないと言って良い職場だ。アデリシアは折角の男所帯の騎士団にいるのに勿体無さ過ぎる。しかし、それに気付かない位にあの男が防御しているのだろう。
アデリシアを恋愛対象にしないくせに、これだ。
天位であるアデリシアを騎士団で利用するだけなのかと思いきや、他の男を近寄らせない過保護ぶり。荒くれ者の多い騎士団ではそれがアデリシアを守る術なのだろうが、自分の側に置いて他の男は寄せ付けない。言い寄る隙なぞ欠片も与えないのだ。そのくせに、アデリシアを受け入れようとはしない。
都合が良すぎるのだ、とカティアは苦々しくも思う。
だからこそ、ライアンの事をあまり高く評価出来ないのだ。
他の男が言い寄る隙でも与えなければ、アデリシアに永遠に幸せの鐘は鳴り響かないだろう。
それこそ、父親が強引に縁談を進めない限りは。
「で、これからどうすんの」
カティアはアデリシアに尋ねた。
勤務中に来るくらいだ。余程の事だろう。ただ、相談に来ただけではないだろうことはわかっている。
「うん。とりあえずこれから師匠に喧嘩売りに行って来ようと思って」
アデリシアは杖に手を伸ばした。
ゆっくりと寝台から立ち上がる。
「喧嘩って……呼び出されたんでしょ?話し合いに行くんじゃないの?」
いつになく好戦的な様子にカティアは問いかける。
「うん、話し合いで済めばいいよねえ。でもさ、たぶん、絶対に喧嘩売っちゃうと思う」
だから話し合いは無理、とアデリシアはからからと笑う。
こんなところは荒くれ者の集団ーー騎士団の一員なのだなとカティアはなんとなく納得する。
何気に違和感なく、騎士団の色に染まっている。
「そこで、カティアにお願いがあるの。もし私が師匠の所から戻らなかったら、団長に……ううん、第三騎士団の人なら誰でもいいから心配しないでって伝えて欲しいの」
「別にいいけど……」
「何もないならいいけど、あの人の事だからどうなるか予想がつかなくて」
今までの影響を考えると、喧嘩を売るのはむしろ逆効果ではないだろうか。
カティアは考え込む。
とはいえ、こんな状態のアデリシアに言っても聞かないか。
何しろアデリシアの師匠だ。師弟の仲はよくわからない。よくブツブツと文句をつけているのは知っているが、相手は賢者であるし、何しろ行動原理が不明だ。
備えはしておくに越したことはないのだろう。
「わかった。期限は」
「大丈夫なら向こうに帰る前にまたカティアに会いに来る。日没まで戻らなかったらお願い。方法は任せるわ」
「了解」
「ごめんね、カティア」
「馬鹿。謝るなら心配させないで」
カティアは立ち上がってアデリシアへ手を伸ばした。両腕でぎゅっと抱き締める。
幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。




