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忠告

「こっちはいつでもいいわよ」

 アデリシアは二人に声をかけた。


 アデリシアの手には部屋から持ち出した天位の杖が握られていた。シルヴァールのお蔭で酔いもすっかり覚めた事だし、体調も魔力も問題ない。準備は整った。


「んじゃ、食うもん食ったし、そろそろ帰るとしますか」


 ウォルターは腹一杯になって満足そうだ。

 食べも飲みもたくさんしていたようだが、顔色は特に変わった様子はない。それよりもあの細い身体の何処にあれだけの食べ物がどうやって詰め込まれているのか、アデリシアには不思議でならない。

 たくさん食べても太らないというのは、羨ましいの一言に限る。

 

「ああ、久しぶりに限界まで飲んだな」


 カルロも満足そうだ。こちらは少し顔が赤い。

 なんでも気に入った酒があったらしい。側には空になった瓶が何本か並んでいた。領地で生産された特級ワインだとかでとても美味しかったらしい。手土産とばかりにまだ開栓していない瓶を手にして離さないでいる。


「いいの?それ」

 アデリシアは黙って持ち出したであろう酒瓶を指差す。

「迷惑料だからいいんじゃね?」

 返事はウォルターから返ってきた。彼も相伴に預かる気の満々のようだ。なんだかんだ言ってこの二人は仲が良い。

「悪いとは聞いていないな。駄目なら止めるだろう」

 カルロも頷く。

「二人共、本当遠慮ないよね」

 アデリシアはくすくすと笑った。

「まあ団長相手だしな」

「そうそう。大体、書類仕事を俺等に無理矢理やらせるってのがいけないんだよ」

「巻き込むのが悪いな」

「アディ追っかけて騎士団ほっぽらかしてる時点でもっと駄目駄目じゃね?黙ってやってるんだから口止め料とかないとさ」

「割に合わないからな」

 うんうんと二人は頷く。

 ここまで開き直られると、ある意味清々しい。


「そういや、団長が後で来るって言ってたけど来ないな」

 カルロが顎に手を当てる。

「なんか用でもあったっけ?」

「ああ、それね、団長が来るまで二人を王都に送っちゃ駄目なんだって言われた」

 ウォルターの疑問にはアデリシアが答える。

「なんで?」

「さあ?詳しくは知らないけど、酒が入ってるから不安なんですって。失礼しちゃうわ。私、別に酒乱とかじゃないのに。もうお酒だって抜けてるわよ」

 アデリシアがぷりぷり怒って言う。

 ウォルターは首を傾げる。

 

 それはアデリシアの体調を心配して、って事じゃないのかなあ。

 

 何分にも、今日気絶して倒れたりした身なのだ。万が一、魔力切れを起こして倒れたりするのを案じているのではと思う。あの従兄弟もだが、自分でも考え付く事だ。しかしアデリシアには思い当たらなかったらしい。

 面倒見が良いということにしたとしても、他の団員との扱いにはやはり温度差がある気がする。女性だから、というだけでもないだろう。

 色々と過保護だよなあ、とウォルターはぼんやりと考える。


「やっぱり、俺残ろうかなあ」


 楽しい展開がありそうで、このまま帰るのは勿体無い気がする。


「そうだよ、シルヴァール副団長が代わりに帰った方が騎士団だってなんとかなるじゃん」

「ウォルター?」

「うん、やっぱりアディと離れたくないよなぁ」


 ウォルターはアデリシアを背後から抱き締めた。そのまま顔を傾けてアデリシアの肩口の髪に沈める。

 柔らかくて女性らしい良い匂いがする。そして、アデリシアの身体から団長と同じ石鹸の香りがほのかにすることに気付いて眉を顰める。少し気に障る。

 ライアンの屋敷に滞在しているのだからしょうがないとしても、同じ香りを纏っているというのはなんだか少し背徳的だ。他の石鹸だってあるはずなのに。わざわざそれを選んで使わせている辺り、下心が透けて見える。


「ううーん」


 ウォルターは肩口から顔を上げて、アデリシアの頭の上に顎を乗せた。

 

「ウォルター、酔ってるの?」

「うん、酔ったみたい。離れたくないよ〜」


 ごろごろと喉を鳴らさんばかりに、アデリシアに頬擦りする。


「あはっ、どうしたの、猫みたい」

 アデリシアは笑って後ろ手でウォルターの髪に触れた。


「お、おい」


 酔ったなんて、大嘘だ。

 猫に見えても中身は虎だぞ。気づけ、アデリシア。


 カルロは舌打ちした。必死に視線を送るもアデリシアは全く気付く様子もない。

 ウォルターを睨みつけるが、当の本人は知らぬ振りだ。

 今まで彼が酔い潰れた姿をカルロは一度として見たことが無い。カルロはウォルターと酒での勝負で負けたため、賭けの代償でそれを他言することは出来ない。

 女性からよく可愛いといわれる容姿をここぞとばかりに最大限に活用し、酔った振りで女性に甘えるというのを常套手段にしているのをカルロは良く知っている。


「おい、ウォルターお前」

「煩いよ、カルロ」


 文句を言いかけたカルロの言葉を遮る。

 聞きたくない。そう考えたらアデリシアの耳が目に入った。耳を塞げば聞かなくてもいいよね、とウォルターは口を開けた。そのままアデリシアの耳をぱくりと口にする。


「ひゃんっ!ウォルター?や、何してるの……っ」

「うん?」

 唸ったウォルターの唇がもごもごと動く。

「ち、ちょっと耳を食べないで!」

 流石にアデリシアもこれには慌てた。


「なんで?アディは食べちゃいたいほど可愛いよ」

 耳を食みながら、ウォルターは笑う。


「いーやー!私は食べ物じゃないってば!間違えないでよ、この酔っ払い」

 腕を振り払おうとするが、思いの外、ウォルターの力が強くて外れない。アデリシアは慌てた。

「んんー」

 逃れようとすると逆に力を込められる。苦しい。


「助けて!ウォルターが壊れた!」


 アデリシアはカルロへ手を伸ばした。思わず杖を持っている手を差し出してしまい、カルロもつい杖を受け取る。


「違うってば、杖じゃなくて、私!」

「あ?ああ、済まない」


 片手にはワイン、もう一方には杖。両手が塞がっている。カルロは慌ててワインと杖を床に置いた。そして二人を見上げて、固まった。

 ウォルターは左手でアデリシアを拘束しながら、右手で首筋を撫でていた。れろりと耳朶を舌が這う。


「ん………っ!」


 アデリシアが息を呑んで固まる。カルロも動けなかった。


「さっきさ……副団長の氷が溶けて首筋が濡れて、とっても色っぽかった。ここを伝って服の中に水滴が消えてくの、皆が見てたよね」


 水が滑り落ちた跡をなぞる様に、つつ、と項から鎖骨、胸元のギリギリまでをウォルターが指で追う。


「あ……んっ」


 ぞくりと身体に震えが走る。思わず声が漏れた。微かに艶めいて聞こえた自分の声に驚いてアデリシアは頬を染める。耳から興味は離れたようだが、これはこれで恥ずかしい。


「嫌……お願い、ウォルターもう止めて?」


 いつもと様子の違うウォルターにアデリシアは焦る。


「うん、止めるよ……?」


 止めると答えるが、指の動きは止まらない。何度も往復して、肌の上を指は彷徨う。どことなく艶めいた動きで対処に困る。

 カルロは黙って見ているだけで役に立たないし、ウォルターは止まらない。

 一体どうしたら。


「……ライアン、団長……」


 思わず泣きそうになってアデリシアは名を呼んだ。


「ーーなんだ、呼んだか?」


 扉に手をかけてライアンが覗いていた。ようやく来たのだ。


「団長っ!」

 

 わあ、とアデリシアはライアンへと両手を伸ばした。

 ウォルターの腕の中にいるのに必死にもがく。その様子に、ウォルターは溜息を洩らす。

「あーあ」

 これまでか。ウォルターは力を緩めた。瞬間、アデリシアはライアンの腕の中へ飛び込んでいた。

「団長、団長っ!」

 アデリシアの目には薄っすらと安堵の涙が浮かんでいた。

「なんだ、どうしたんだ」

 抱き止めてからライアンは問い質す。

「あれ!あの酔っ払いを何とかしてください!」

 アデリシアはウォルターを指差して叫んだ。


「何の事?」

 指差されたウォルターは、両手を浮かせた状態できょとんとしている。

「何って耳を食べようとしたり、首とか何度も触ったりしたじゃない!」

「そうだっけ?」

「そうだよ!」

 ジト目でウォルターを睨むも効果はあまりないようだ。

「どんな感じで?」

「それはこうやって首の辺りを手で……」

 指で示しながら、アデリシアは側で自分の胸元を見下ろす形でライアンの視線が肌を追うことに気づき赤くなる。


「…………もういい!」


 アデリシアはライアンを突き飛ばすようにして離れた。今度はライアンの両手が宙に浮いた。

「何なんだ、一体」

 訳が分からずライアンはカルロへ視線をくれる。カルロは両手を上げて首を横に振るだけだ。何も言わず、床に置いた酒とアデリシアの杖をカルロは取り上げた。


「それより俺、ここに残りたいなあ」

 上目遣いでウォルターは訴えてみた。

「駄目、帰って!」

 即座にアデリシアに否定される。

「なんだよ、つれないな」

「いいの?賢者の爺ちゃんの件、伝言終了になっちゃうよ?」

「いいから!帰って!」

 真っ赤な顔で叫ぶアデリシアへ、ウォルターはこちらへ来るよう手で呼ぶ。

「こっちこっち」

「やだ」

 流石に警戒してアデリシアもならなか近寄らない。

「大丈夫、何もしないから」

「本当?」

「本当だって。大丈夫大丈夫」


 にっこりとウォルターに笑われて、アデリシアは恐る恐る近づく。

 ちょろい。

 なんだかんだ言って、アデリシアは素直だ。警戒心少ないよな、とウォルターは逆に心配になる。他の男には警戒し過ぎる位が丁度いいのだが、わかっていないのだろう。


「と見せかけてどーん」


 ウォルターはアデリシアの腕を引き寄せて、今度は正面からぎゅうと抱き締めた。


「うぎゃ!」

 変な声を上げて、じたばたと暴れるアデリシアの耳元にウォルターは小さく囁く。

「アディ、聞いて。俺等を王都に送った後は具合悪そうにしてみて?」

「え?」

 アデリシアの動きが止まる。

「よろけて倒れる位が一番いい。大好きな団長に構って貰えるよ?」

「なんで」

「やっぱりあっちの国には行って欲しくないからかな」

「ウォルター?」

「俺の言ったこと覚えておいてね。それで駄目なら俺がいるからさ」

 ちゅ、と耳に唇が触れて離れる。

「う、ウォルター!」 

 耳を押さえてアデリシアは飛び退いた。

 だからなんで何度も耳を狙うのだ。


「うん、わかった?勉強になったでしょ。俺も男だよ?あの従兄弟だって本当の兄じゃないんだから警戒しなきゃダメだよ。アディはちょっと警戒心薄過ぎ。あと、あいつの側にはりつきすぎ」

「…………」

 アデリシアは黙って睨みつける。


「睨んだって怖くないもーん」

 頭に手を組んでウォルターは、にへらと笑う。


「……ウォルターが、変」

 ぽつりとアデリシアが呟く。

 その言葉にウォルターは弾けるように笑い出した。

「だって最強の酔っ払いだもーん!あはははは!」


 一人で笑い倒して満足したのか、ふとアデリシアを振り返った。

「ね、驚いた?」

「……驚いたわよ……」

 行動はともかく、ただの酔っ払いではないことはよく分かった。


「おい、じゃれ合いは終わったのか?」

 ライアンが訝しそうに二人を見遣る。


「じゃれ合いってそんな」

「平気平気、終わってるから。ちゃんと帰るよ」

 ばんとアデリシアの背中を叩いてウォルターは答える。そのままずらした手でわざと耳を掠める。

「……っ……!」

 びくりとアデリシアは身体を震わせた。その行為にウォルターを睨みつける。

「さっきの、忘れないでね?」

 ウォルターは、片目を瞑って笑った。


「さっさと送っちゃってよ、アディ。じゃないと俺、酔ってるからまた変な事しちゃいそう」


 何が酔うだ。

 顔、特に耳の辺りを再び狙って手を伸ばしてくるウォルターの手を、アデリシアは容赦なく払い落とした。次いで追ってくる手も難なく払い落として、おまけとばかりに風で防御壁を張る。


 忠告は聞いた。もう十分だ。


 アデリシアは息を吐きながら、カルロから杖を受け取った。


「行くよ、二人共」

 直ぐに意識を集中して、準備に入る。

 

「アディ、僕一人じゃ寝れないよー。寂しくなるよぅ」

 甘えたように言うのはウォルターだ。

 ひと睨みして黙らせてアデリシアは集中を続ける。


「先に帰るけど、騎士団で待ってるからな」

 カルロが告げる。


 頷いて、アデリシアは杖を床に据えた。

 赤い魔方陣が広がって二人と書類の山を包囲する。


「王都へ」


 かつん、と杖で床を一突きすると、ウォルター達を飲み込んで陣は消えた。


 

頭痛が酷くなるから台風は嫌なのん……。

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